感謝です。

いつも、いろいろと、考えさせられます。

 

日本曹洞宗の大本山、北陸の永平寺の分厚い「板の床」は、ピッカピカです。

寒い冬でも、冷たいバケツの水で、広い床も、長い階段も、

坊さんが、たすき掛けして、白い息を吐いて、一斉に磨いていきますから。

すべてが、「神聖なる修行」です。

 

わたしも

「眼蔵会・げんぞうえ」という主著『正法眼蔵』の提唱を聴くために

7日間、坐禅に行きましたが、

勿論、毎朝「トイレ掃除」もしました。

トイレの床は、タイルを敷き詰め、つるつるで奇麗です。

 

また、トイレを使用する時は、

最初に「トイレ(東司とうす)のインドの神様」を拝みます。

使用した後も、その神様を拝んで、感謝して出ていきます。

 

学校で、トイレ掃除を学べば、注意して使用し、汚すこともなくなると思います。

 

ユダヤ教やキリスト教では、神が罰として、アダムに労働をさせます。

勿論、これは「バビロン捕囚期の作り話」ですが、

「労働を喜びとして考えない深層心理」となっているのでしょうね。

 

勿論、「エデンの園」では、「労働」は存在しませんでした。