頭上から「黒い油の雨」が…プーチン、ウクライナドローンになす術なしの深刻事態 「ロシアが誇った『陸の架け橋』、いまや『地獄のハイウェイ』に」(集英社オンライン) - Yahoo!ニュース

頭上から「黒い油の雨」が…プーチン、ウクライナドローンになす術なしの深刻事態 「ロシアが誇った『陸の架け橋』、いまや『地獄のハイウェイ』に」

配信

集英社オンライン

集英社オンライン

米国戦争研究所(ISW)は、2026年春の時点でウクライナ軍が「ドローン優位」を達成したと評価した。Forbesが6月3日に配信した記事によると「ウクライナのドローンはロシアのトラックなどの車両やその縦隊、燃料貯蔵庫などを攻撃しているばかりか、主要な補給ルートに地雷も投下し始めたと報告されている」。

 

経済誌プレジデントの元編集長で作家の小倉健一氏は「ウクライナが見せているのは、戦争の定義そのものの書き換えだ」と指摘する。 【画像】ウクライナ戦争で使用される戦術ドローンのうち、最も多用されるFPVドローン

ウクライナ軍「ドローン優位」の実状

戦争の勝敗を決めるものは何か。長らくそれは、戦車の数であり、砲弾の備蓄量であり、動員できる兵士の頭数だと信じられてきた。物量こそが正義であるという論理は、二十世紀の戦場を支配し続けた。 だが、2026年現在、ウクライナの戦いを眺めていると、その常識が音を立てて崩れていくのがわかる。鍵を握っているのは、巨大な軍事大国の財力ではない。一機あたり数百ドルから数千ドルの、安価な無人機(ドローン)の群れである。 米国戦争研究所(ISW)は、2026年春の時点でウクライナ軍が「ドローン優位」を達成したと評価していた。これは「数」の話ではない。前線での近接戦闘から、はるか後方への精密打撃に至るまで、無人機を多層的に使いこなす技術の成熟を意味している。 注目すべきは、ウクライナが世界で初めて「無人機部隊(USF)」という独立した兵科を創設した点だ。陸海空のすべての領域で無人システムを統合運用するこの組織は、もはや実験的な部隊ではなく、戦争を遂行する中核そのものになっている。

すべての攻撃UAVのクルーに対し「月間最低10人のロシア軍兵士の無力化を」

この部隊を率いるロベルト・ブロヴディ少佐が導入した運用基準が興味深い。「スタンダード10」と呼ばれるその指標は、すべての攻撃UAV(無人航空機)のクルーに対し、月間最低10人のロシア軍兵士を無力化することを求めるものだ。 一見すると「ただの数値目標」に思える。だが、ここに発想の転換がある。ドローン戦を、職人芸の散発的な攻撃から、予測可能で再現可能な「工業的システム」へと変えたのである。 実際、USFはウクライナ軍全体で視覚的に確認された交戦の35%以上を単独で担い、1日に1万1000回を超える戦闘ミッションを遂行している。2026年3月だけで、検証済みの攻撃目標は15万件を超えた。 この圧倒的な作戦規模を支えているのが、ウクライナの生産能力だ。

 

 

 

 

 

ロシアもウクライナを模倣し、独自の無人システム部隊を設立

2025年には250万機から400万機のドローンを製造し、2026年には年間700万機という目標を掲げている。かつて軍用ドローンは、巨額の予算を持つ超大国だけが扱える高価な兵器だった。ウクライナはその経済性を根本から覆した。 さらに巧みなのは、西側諸国の資金を取り込む「合弁生産モデル」である。デンマークは武器を供与するのではなく、ウクライナ国内の兵器生産に直接資金を投じる方式に転換した。 ドイツやリトアニア、ノルウェーもこれに続いている。戦場で実証された技術と、欧州の資本が結びついたのだ。 では、ロシアのプーチン大統領は手をこまねいているのか。決してそうではない。 ロシアもウクライナを模倣し、独自の無人システム部隊を設立した。製造コストを約1500ドルまで下げた「モルニヤ」ドローンを110万機も発注し、シャヘド型ドローンを1日300機から400機規模で投入している。 だが、両者のアプローチには決定的な違いがある。ウクライナが現場の試行錯誤から生まれる分散型のイノベーションで戦っているのに対し、ロシアは国家主導の中央集権的な大量生産に依存している。 少数のモデルを大量に作ることには長けていても、戦場の刻々と変わる状況に追従する速さで、ウクライナに後れを取っているのだ。

「ロシア軍は準備ができていない。状況は極めて危機的だ」

この差を、ほかならぬロシア軍の内部が認めている。2026年4月、当時の国防相アンドレイ・ベロウソフは、プーチン大統領に対し、ウクライナがドローン戦で「著しい」技術的優位に立っていると密かに報告したという。 ベロウソフはロシアの無人技術開発を主導した張本人である。その人物が「ロシア軍は準備ができていない。状況は極めて危機的だ」と漏らした事実の重みは大きい。 技術の進化は、戦場の風景そのものを変えた。最も象徴的なのが「光ファイバー制御ドローン」である。機体から細いケーブルを繰り出しながら飛ぶこのドローンは、操縦者と物理的な有線でつながっているため、どんなに強力な電子妨害も一切効かない。 前線では「鳥がドローンのケーブルで巣を作っている」と報じられるほど、無数の光の糸が地面を覆っているという。さらにウクライナは、電子戦の干渉を受けない気象観測用の気球を使い、攻撃ドローンをロシア軍の後方深くへ密かに運ぶ戦術まで編み出した。

 

 

 

ロシアが誇った「陸の架け橋」は、いまや「地獄のハイウェイ」

高高度の気流に乗って防空網を音もなく越え、敵の背後でドローンを切り離す。迎撃の困難な、まったく新しい脅威である。 そして2026年、ウクライナのドローン戦は決定的な段階に入った。

 

兵站の完全封鎖」と名付けられた中距離攻撃キャンペーンである。

 

 

標的は前線そのものではない。

前線から30kmから180km奥にある、補給路、弾薬庫、燃料輸送車だ。

 ウクライナの第一アゾフ軍団の将校はこう語っている。

 

 「敵の大砲を1門破壊するより、

その大砲に弾薬を届ける3台のトラックを破壊するほうが、

はるかに効果的だ」

 

 この指摘こそが、ロシアの戦争遂行能力をじわじわと絞め殺していく。

中距離攻撃は2026年1月に41回、2月に61回、3月には115回と指数関数的に増えた。

 

クリミア半島へ至る大動脈、

ロシアが誇った「陸の架け橋」は、

いまや「地獄のハイウェイ」と化している。

 

 打撃の射程は、ロシアの国家経済そのものにまで届いている。2026年5月の1ヶ月だけで、ウクライナはロシア国内の18の主要な石油・ガス施設を攻撃した。リャザン製油所には99機のドローンを投入し、ロシア国民に「黒い油の雨」が降ってくる事態を引き起こした。

プーチン政権にとっての経済的生命線が切断される

モスクワ首都圏のカポトニャ製油所、

ヴォルガ川流域のシズラン製油所も次々と機能を停止した。

影響を受けた施設の精製能力は、ロシア全体の実に4分の1にあたる年間8300万トンに達した。

エネルギー輸出を戦費の根幹とするプーチン政権にとって、これは経済的生命線が切断されることを意味する。

 ロシアは5月だけで過去最多の8973機のドローンを撃墜したと発表した。

だが、この数字こそが事態の深刻さを物語っている。

これほど撃ち落としてもなお、

突破した少数のドローンが甚大な経済的損害をもたらしているのだ。

 安価な無人機を大量に放つことで、敵の防空網の処理能力を飽和させる

撃墜できても勝てない、という「コスト強要のジレンマ」にロシアは陥っている。

 

 

 その証拠に、5月末のタガンログ基地への攻撃では、

世界に12機から14機しか存在しないとされる希少な戦略通信機Tu-142MRが、

安価なドローンによって地上で破壊された。

核抑止の一翼を担う代替不可能な機体が、数百ドルの機械に葬られたのである。

 

 

 

巨象の足を一本ずつ切り落としていく

今、ウクライナが見せているのは、戦争の定義そのものの書き換えだ。物量で勝る者が勝つのではない。

 より速く適応し、より賢く非対称な手段を見つけた者が、巨象の足を一本ずつ切り落としていく。

安価で自律的な無人システムが、はるかに巨大な正規軍の防空網をすり抜け、

その兵站と経済の根幹を体系的に崩していく――この現実を、私たちは目撃している。

 

 それは遠い国の出来事であると同時に、これからの世界の戦争がどう形を変えていくのかを示す、最も鮮明な実証実験でもある。

 「ドローン優位」を確立したウクライナの戦術は、プーチン政権の経済基盤を揺るがすだけでなく、

従来の軍事常識を根底から覆した。

 圧倒的な物量を誇るロシア軍が、安価な無人機の群れに翻弄され、

頭上からの「黒い油の雨」になす術もなく立ち尽くす姿は、まさに新時代の戦争の縮図と言える。

 持たざる者が知略と技術で巨象を討つ――。

戦場の主導権が完全に移行しつつある中、このハイテク非対称戦の結末は、

ウクライナの勝利のみならず、今後の国際秩序と地球規模の安全保障の未来をも決定づけることになるだろう。

 

 文/小倉健一

小倉健一

【関連記事】

 

 

 

台湾最大野党・国民党主席はなぜ訪米したか?スタンフォード、ハーバード大学に訪問した理由、トランプとの会談はあるのか?

配信

Wedge(ウェッジ)

(picture alliance/アフロ)

 台湾最大野党国民党の鄭麗文主席が6月2日から訪米中である。4月に北京で習近平国家主席と会談したばかりで、トランプ大統領とも会談すれば短期間に米中首脳両方と個別に会談することになり台湾の野党党首としては異例のことだ。今のところトランプと会談する予定は入っておらず、米政府高官と会うにとどまる見通しとなっている。 【写真】アメリカと台湾の歴史的関係性

静観する中国

 そもそも訪米して米政府高官と会うような台湾要人と、習近平はなぜ北京で会談したのだろうか。そこには、鄭麗文の微妙な立ち位置がある。  台湾独立派の頼清徳総統に対し、独立に反対する立場をとる鄭麗文は、習近平にとって好ましく、また、米国からの大量の武器購入を遅延させるなどしたところも評価が高いと言える。そのような二人が会えば、温かい雰囲気に包まれてもおかしくはなかった。  ただ、実際は様子が少し異なった。習近平は鄭麗文に直接個別会談の機会を与えたとはいえ、その様子は相思相愛には見えなかった。高市・トランプ会談の時の高市首相のように、満面の笑みでぐいと身を乗り出す鄭麗文に対し、習近平は、表情を変えず半歩ひいたように見えた。身長178センチの鄭は、気を遣ってかハイヒールを履いていなかったが、それでも大きく見えた。習近平側は、頼清徳の民進党に対する牽制として会っているにすぎず、二人の温度差は大きいように見えた。  そして訪米である。これまでであれば台湾の要人が、訪米して米政府要人と会うなどということになれば、中国政府は、厳しく批判するのが常であった。ただ、今回はそのような批判は見えてこない。そこには今回訪米するのが習近平と会談したばかりの鄭であり、その訪米が中国の思惑と合致する部分が多いという特殊性がある。  鄭麗文は、北京で受け取った平和のメッセージを米国に伝えると明言している。ここでいう平和の内容は明らかにされていないが、台湾が独立することに反対するということとも考えられ、そうならば鄭が中国のメッセンジャーの役割を担っているとなる。また、鄭麗文の評価が訪米で高まれば、中国政府が厄介者とみなす頼清徳に対する当てつけになるという見方もできよう。  そして、台湾への米国の武器輸出を遅延・減額させた鄭麗文の訪米によって、米側の武器輸出を揺さぶると見る向きもあるかもしれない。

 

 

 

旅程は西海岸・サンフランシスコから

 鄭麗文の米国訪問の旅は、首都ワシントンや経済の中心地ニューヨークからではなく、西海岸のサンフランシスコから始まった。  19世紀半ば、金が発見されるとゴールドラッシュが起き、世界中から多くの人がカリフォルニアへ詰めかけた。その玄関口になったサンフランシスコの港に大量の中国人も太平洋を越えて殺到した。その後、彼らは今日まで続くサンフランシスコのチャイナタウンを築き、大陸横断鉄道の建設に携わるなど米国の発展に貢献した。鄭麗文がまずサンフランシスコに到着したという話を聞くと、多くの米中関係者は、その歴史に思いをはせることになったはずである。

 

 

  到着の翌日、鄭麗文が向かった先は、サンフランシスコ郊外のスタンフォード大学であった。大学内のフーバー研究所において同大の研究者らとの非公開の座談会に臨んだのであった。

 

 

  フーバー研究所は、孫文の後継者として長く国民党を指導した

蒋介石が他界した後、その日記の保管場所とされた場所であった。

史料の安全性が評価されたとされるが、他にも蒋介石の義弟である宋子文をはじめとする中華民国の重要人物の文書もここに所蔵されているなど中華民国との縁も考慮されたとされる。

蒋介石日記の原本は裁判を経て今は台湾に返還されているが、スタンフォード大学が米台ゆかりの場所であることには変わりはない。

 

  この座談会において鄭は、台湾の強みである半導体産業などを生かした上でAIによる国防戦略を構築することを説明した。また、台湾の自信は米国の支持に基づいており、米国とのパートナーシップを深めたいと述べた。それに対して参加者からは、

米国からの武器購入のための予算について立法院で遅延・減額させている張本人の鄭が、

台湾代表のような顔をして訪米して台湾の防衛について語っている姿に

疑問を呈する発言がなされたという。

 

  ここにも鄭の微妙な立場が表れている。その後、鄭は、東海岸のボストンへ向かった。

 

 

 

 

ハーバード大学も訪問

 東海岸ではハーバード大学を訪問した。同大においては、ケネディスクールのグレアム・アリソン教授主催の非公開セミナーに参加した。アリソンは、先日の米中首脳会談において習近平国家主席が触れた「トゥキディデスの罠」の提唱者としても知られている人物である。

 ハーバード大学も、中華民国とゆかりが深い。同大の総合図書館であるワイドナー図書館の西隣に高さ約5メートル重さ約27トンもの巨大な石碑が立っている。1936年の大学創設300年を記念して、同大で学んだ中国人たちが寄贈したもので、今後米中両国が意思疎通を深め互いに発展していくことへの切なる願いが彫られている。  この文を書いた胡適をはじめ、多くの中華民国の有力者がこの石碑寄贈プロジェクトに関わっていたため、ハーバードと中華民国のつながりを象徴するものとして認識されている。メインキャンパスのワイドナー図書館の隣という一等地に設置されており、以来移動されてもいないことから大学側が如何に重視していたかがわかる。

トランプは会談するのか

 鄭麗文訪米の一番の目的は、4月の訪中によって中国寄りと見なされるようになった自らのイメージを、伝統的パートナーである米国を軽視しているわけではないと説明することで、修正することにあるだろう。そして、自分が米中どちらの大国とも渡り合える台湾唯一の指導者であると示せればしめたものといったところだろうか。

 

 

  鄭個人のレベルを超えて考えると、別の目的もあるのが見えてくる。米中首脳会談後、

トランプ政権が台湾を置き去りにしつつあるようにみえる今、

米国と中華民国、すなわち台湾との過去のつながりを米国民に思い出させ、

そのつながりをかつてのように強くしたいというのである。

 

  強いものを好むトランプにとって、野党党首である鄭麗文に会うことにメリットを見出すことはないかもしれない。

もとより台湾関係者と会うのは、対中国を考えると通常なら慎重にならざるを得ない場面である。

  ただ、鄭麗文は台湾関係者と言っても、独立派の与党党首の頼清徳に反対する立場であり、

習近平自身が北京で直々に会談してもいるため、ことは一筋縄ではいかない。

 

逆に台湾からの使者である鄭に会うことが、

中国を利するとすらとられかねないのである。

 

  トランプは鄭麗文と会談するだろうか。それは

会談することがどれだけ米国内の耳目を惹きつけることができるか

そしてそのような会談をして

国民の関心をそちらに惹きつける必要にかられるかによるだろう。

 

  鄭麗文の旅程にもワシントンは入っており、トランプの気が向けばいつでも会えるようにはしてあるはずである。

現状では、米メディアの鄭訪米への関心はそれほど高くない。

  しかし、トランプ政権下、何が起こるかわからない。

状況次第ではいかようにも変化しうる。

鄭が米国を離れるまで注視していかなければならない。

廣部 泉

【関連記事】

感謝です。

 

非常に考えさせられます。

 

何が幸福か?解らない。

 

意識する人はする、全くしない人はしない、

ただ私が同僚の若い子達や我が子の同級生の

「食生活」が気になるのは、「昭和世代」だからか…

 

戦後、兵隊さんたちが日本に戻って来て、

ベビーブームの「団塊の世代」だった!

 

生母が心臓病で、かつ家庭が、経済的に貧しかったので、

(父親が問題ではなく、真面目に、必死に働いていたのに…)

食事は、出されたものを、頂く、だけ。

 

自分は、何が食べたいという、選択は、一切なかった。

出来なかった。

その結果、食事に対して、追及していくという、欲望が育たなかった。

(食事の世界は、自分の人生で、欠けている部分、空白の部分となっている)

 

海外旅行も「飲まず食わずで」ただ「見るだけ」!

教会や、イスラム教のモスクや、ヒンドゥー教寺院の美術品、

美術館の芸術作品や、「(日本では高額の)オペラ」を観るだけ。

 

○ ○ ○

 

英国人は、食事に関心がない分、

恋愛に関心があるのかも?

 

「食欲」「性欲」「名誉欲」「権力欲・支配欲」、・・・

自分は、どんな「欲望」に支配されているのか?

 

しばし、考える。

それが、自分を支配しているのを自覚して、

それから、自由になることができるから・・・

もう、残ろ時間は、短い。

この1年で、人生の決着を、つけなければならない。

ぐじぐずしては、いられない。

 

 

 

 

小さくて貧しい国に“ある武器”で翻弄される大国…我々は非対称の時代を生きている!(Wedge(ウェッジ)) - Yahoo!ニュース

 

小さくて貧しい国に“ある武器”で翻弄される大国…我々は非対称の時代を生きている!

配信

Wedge(ウェッジ)

(Zeferli/Isti2/gettyimages)

 2026年5月12日付フィナンシャル・タイムズは、国のパワーが、規模や経済レベルによってではなく、不均衡を梃として活用する能力によって左右されるようになっていると指摘するナダー・ムサヴィザデの論説を掲載している。

 

  安価なドローンとミサイルを使って、経済規模が小さく制裁で活動を制約されているイランが、ホルムズ海峡を封鎖し、世界で最も重要な石油の要衝を武器化したことで、世界経済はそれに適応することを余儀なくされている。

 

  紅海においては、フーシ派のドローン攻撃によって、海運のリスクプレミアムは跳ね上がっている。多くの海運会社は、この2年間、スエズ海峡を避け、喜望峰ルートを使用するようになり、10 〜14日余計にかかり、費用も嵩んでいる。

 

  西太平洋の領有権争いの島(台湾)において、一つの会社(TSMC)が世界の最先端半導体の90%以上を製造している。NvidiaとAppleの活動も、幾つかの軍の運用も、この狭い地域の設備に依存し、その能力は、あと10年は他の会社によって代替することはできない状況である。

 

  これら三つの例は、同じ現象である。我々は、非対称の時代を生きており、国のパワーは、規模や経済レベルによってではなく、不均衡を梃として活用する能力によって左右されるようになってきている。

 

  不均衡は様々な形態を取りうる。それによって結果が異なってくる。作戦のレベルでは、現代の紛争の力学では「混乱をもたらす者」が有利になる。

 

  ウクライナの安価なドローンがロシアに高額の被害をもたらしている。インフラ・制度のレベルでは、ある主体が保持する立場に他者が依存するということが起こる。

 

  ドル決済、半導体チップの製造、レアアースの加工、ハイパーコンピューター、コンテナ・ターミナル、海底ケーブル修理船、これらの分布は不均衡である。政治のレベルでは、どの国もある政策を一旦採用したとしても、それを継続できるわけではない。

 

  権威主義体制の国家は、対外的に戦略的競争を行うに際しての国内の政治的コストから切り離されている。ところが、民主主義国家は、選挙のサイクルに組み込まれ、そうはいかない。

 

  中国やロシアのような権威主義国家は、数十年かけてインフラ・制度面での要衝を構築することができる。そうしたインフラ面での要衝が今度は圧力をかける武器ともなる。

 

 

 世界経済の中心に位置するようなビジネスは、こうした脆弱性に対する備えを取り始めている。Apple社は中国依存からの脱皮を図り、米国で使用されるiPhoneの半数をインドで生産する計画である。  国家が強靭性の維持を行動原則とする中、企業が成功するためには、カナダやシンガポールのような国のアプローチをモデルとすることである。それは、自給の度合いを高め、他者が梃を効かそうとするのに対して立場を強め、自らも不均衡による優位を生み出すことである。 * * *

新たな3つの側面

 この論説の著者ナダー・ムサヴィザデは、かつて国連事務局で勤務し、現在は、地政学リスク等のコンサルタントとして活動している。コフィ・アナン国連事務総長時代の1997〜2003年に国連事務総長特別補佐官を務めた。イラン系デンマーク人である。  この論説では、例をあげ、規模が大きく経済レベルが高い大国が、依存関係を梃に、それよりも小さく貧しい国に翻弄されることを、「非対称の時代」と呼ぶ。が、そうした「小よく大を制す」という現象は、歴史的に前例がないわけではない。  70年代の二回の石油危機は、産油国が石油という産品を経済分野で「武器化」し、先進国を含め世界中がその影響をこうむった事例である。ベトナム戦争(米国と北ベトナム)やアフガン戦争(ソ連とアフガニスタン)は、地勢や人心などの現地情勢、本国からの距離等の要因もあり、大国が容易に小国を屈服させることができなかった事例である。そうした中、ムサヴィザデが今の時代を「非対称の時代」と呼ぶのは、どのような点に新規性があるのだろうか。

 

 

 

  第一は、技術の進歩によって、相対的に小さく貧しい国でも、

規模が大きく経済レベルが高い大国に「混乱をもたらす」ことが可能になっている。

安価なドローンが紛争のあり方を大きく変えているのがその良い例であろう。

ムサヴィザデが「作戦のレベル」で述べている点はこれに当たる。

 

 

 

 第二に、人間の活動が高度に組織化されたことで、情報や物資の流れにおける、ある一点の要衝を押さえたり、破壊したりすることの影響が極めて甚大に及ぶようになっていることがある。

論説では、「ドル決済、半導体チップの製造、レアアースの加工、

ハイパーコンピューター、

コンテナ・ターミナル、海底ケーブル修理船」と多様な例が挙げられているが、

ムサヴィザデがいう「インフラ・制度のレベル」である。

民主主義国家は不利に

 第三は、近年、大国間競争が激化しているが、ここで論じている

「非対称性の武器化」が専制主義国家の得意技としてクローズアップされるようになっている。

ムサヴィザデがいう「政治のレベル」である。

 

  「非対称性の武器化」においては、専制主義国家は、いくつかの面で民主主義国家よりも優位に立っている。

まず、前述の要衝を形成するための政策手段の投入を長期にわたって実行するのは、

専制主義国家の方が民主主義国家よりもはるかに得意であろう。

 

  また、「非対称性の武器化」を実際に発動すれば、相手国も困るが、自国にも困る人が出てくる。

中国が日本への措置として、旅行客を行かせないようにしようとすれば、

中国の旅行社も見込まれていた利益を喪失することになる。

そうした

「困る人」を黙らせるも、専制主義国家の方が民主主義国家よりもはるかに得意であろう。

 

  その意味で、「小よく大を制す」は昔からあることだが、ムサヴィザデが着目する

三つのレベルにおいて、時代の推移で、従来とは異なった状況が生じている。

 

民主主義国家にとって特効薬はない。

要衝で締め上げられるような事態にならないよう、

優先度の高い分野から、官民での問題意識の共有と解決を図っていくことが肝要である。

岡崎研究所

【関連記事】

 

 

 

 

習近平政権の崩壊が内部から始まった…大学教授が読み解く「北京でトランプとプーチンに会った本当の理由」(プレジデントオンライン) - Yahoo!ニュース

習近平政権の崩壊が内部から始まった…大学教授が読み解く「北京でトランプとプーチンに会った本当の理由」

配信

プレジデントオンライン

調印式に臨むロシアのプーチン大統領(左)と中国の習近平国家主席=2026年5月20日、北京の人民大会堂 - 写真=共同通信社

5月、米中首脳会談と中ロ首脳会談が北京で開かれた。

 

静岡大学教授の楊海英さんは「各国首脳が北京入りし世界の中心を印象付けたかもしれない。

しかし本当のところは、習近平には北京を離れられない事情がある」という――。

(聞き手・構成=伊田欣司) 【画像をみる】習近平と歴史的状況が酷似している明朝のラストエンペラー 

 

■トランプ、プーチンと立て続けに会談  2026年5月の北京は、「世界の中心」をみごとに演出した。5月13日から15日にかけて、トランプ大統領が9年ぶりに訪中し、習近平国家主席との首脳会談に臨んだ。同時期にイーロン・マスク氏、エヌビディアCEOのジェンスン・フアン氏、アップルCEOのティム・クック氏ら17人の企業幹部も北京入りし、世界経済の地殻変動が北京で起きていることを強く印象づけた。  5日後の20日には、プーチン大統領が人民大会堂に姿を現した。習近平氏は「中露関係は過去最高レベルにある」と誇示し、中露善隣友好協力条約の延長で一致した。米中接近と中露結束。相反する二つの極を同時期に北京へ呼び寄せ、「盤石な指導者」として世界に向けて強烈にアピールした。中国メディアは「万邦来朝(ばんぽうらいちょう)の時代がきた」と書き立てた。過去の王朝が夢みたような「世界中の国々が中国皇帝のもとに集まる」が実現するというのだ。  しかも習近平氏は、トランプ氏相手に一歩も引かない振る舞いを見せた。台湾への武器輸出停止を「核心的利益の中の核心」として要求。米関係者によると、実務者級会談では、高市早苗首相の防衛力強化路線を「新型軍国主義」と名指しで批判した。トランプ氏が「素晴らしい指導者だ」と高市首相を擁護したことで、習近平氏が激昂したとする報道もある。プーチン氏との会談でも、習近平氏は『軍国主義を美化し復活させようとするあらゆる挑発行為に反対する』と述べ、日本の防衛政策を牽制する趣旨と受け取られた。

 

 

 ■北京を離れられない習近平の事情

  もちろん、2つの首脳会議が開かれたといって、トランプ氏とプーチン氏が朝貢に訪れたわけではない。むしろ「習近平氏が動けないから、遠路はるばるきてもらった」というほうがしっくりくる。  習近平氏は、2025年10〜11月の韓国訪問を最後に外遊していない。いや、出られないのだ。「万邦来朝」の演出から受ける違和感が、北京の淀んだ空気のようにじわりと私の胸に沈殿した。  中国の政治で、最高指導者が長期にわたって首都を離れないときは、しばしば表に出せない事情がある。トランプ氏たちが歩いた赤い絨毯の下に何が埋まっているかを疑わねばならない。

 

  強大な権力を誇示する一方で、実は北京を離れられない習近平氏。

  華やかな外交ショーの裏側で進行するのは、彼の時代が迎えた“終わりのはじまり”かもしれない。

 

 

 

■国防相経験者への「死刑判決」が意味するもの  世界最強を演じる指導者が、北京を離れられない理由はいくつかある。最大のものは、習近平氏が権力の拠り所である人民解放軍を完全に掌握できていないことだ。  象徴的なのが、2026年5月7日に下された元国防相2人への判決である。中国の軍事法院は、元国防相の魏鳳和氏(収賄罪)と、後任の李尚福氏(収賄罪および贈賄罪)に対し、執行猶予2年付きの死刑判決を言い渡した。政治的権利の永久剥奪、全財産の没収を伴う。魏鳳和は核ミサイル部隊を統括するロケット軍の初代司令官として巨大な軍予算を握り、李尚福は装備発展部長として兵器調達の利権を掌握した人物だ。いずれも習近平氏自身がみずから抜擢した腹心中の腹心である。  執行猶予つき死刑は、2年後に無期懲役へ減刑されるのが通例。だが、今回は減刑後の仮釈放が一切認められない条件がついた。実質的な終身刑である。  注目すべきは、彼らの汚職が国防相時代ではなく、司令官や装備発展部長として軍の中枢で権限を握っていた時代に起きたとされる点だ。軍の兵器調達と核戦力の核心部分が長年にわたって腐敗していた事実を政権が暴いたのである。

 

 ■そして「皇帝と処刑人」だけが残った

 

  ここ数年の粛清がもたらした軍中枢の空洞化は、現代中国で前例がない。  軍の最高意思決定機関である中央軍事委員会(CMC)は、本来7人体制で運営される。しかし2023年以降、李尚福氏、何衛東氏、苗華氏の3人が失脚。さらに2026年1月には、CMC副主席であり習近平氏の幼馴染といわれる張又侠氏、そして劉振立氏の2人が粛清の波にのまれた。「習近平の“毛沢東化”が止まらない…中国最後の“ブレーキ役”粛清で、これから起きる『対台湾』3つのシナリオ」で解説した通りだ。  現在のCMCメンバーは、習近平氏と張昇民のわずか2名。張昇民は軍の規律検査担当トップ、すなわち「処刑人役」だ。プロの作戦指揮官が一人残らず消え去り、最高指導部が「皇帝と懲罰機関だけ」になっている。実際の戦争を指揮するには心もとない異常な空洞状態に陥っている。  腐敗はさらに深い層に及ぶ。ロケット軍では、ミサイル燃料が闇市場へ流出し、代わりに水が注入されていたという話もあるのだから驚く。国家の核抑止力を支えるべき部隊が内部から腐食していた。  中国産兵器の脆弱さも露呈した。ベネズエラで米軍がマドゥロ大統領を拘束した際、配備されていた中国製の最新鋭防空レーダーは米軍の動きを一切検知できなかったと報じられた。  いまや中国は、台湾侵攻に不可欠なリソースをいくつか失っている。米国のベネズエラ・イランへの軍事行動により、原油調達ルートの一部が遮断された。台湾への大がかりな侵攻作戦は当面遠のいたと見られている。  しかし予断は許されない。窮地に立つ独裁者ほど、自分の失政から目をそらすために制御を失う危険性がある。国内問題は山積みだ。

 

 

 

■軍の空洞化よりも深刻なこと

 

  軍の中枢が空洞化したこと以上に深刻なのは、習近平氏が耳を傾けるべきブレーンを次々と失っていることである。  「台湾侵攻は無謀だ」「軍拡より経済を優先すべきだ」と直言できる軍人や側近を習近平氏は排除してきた。周囲にはイエスマンだけが残っている。軍内部では「やりすぎだ」と不満が高まっていると伝えられている。  独裁者の疑心暗鬼は、自らを守るための行動に見える。しかし実際には、自らを孤立させる過程でもある。  経済問題も大きい。  16〜24歳の若者失業率は、2026年3月時点で16.9%。中国の不動産市場はなお調整局面にあり、約145兆元規模の下落が見られた。2026年5月の為替レートで計算すれば、2900兆円前後が失われたことになる。不動産が家計資産の大部分を占める中国では、この影響は庶民生活に直結する。2026年の成長率予測は4.4%(伊藤忠総研)と、2025年の5.0%から減速する見通し。物価も安定しておらず、CPIは月ごとに上下している。数字を並べるだけで、中国経済が重い停滞に沈んでいることが浮かびあがる。

 

 

 ■中国はどこで着火するかわからない状態 

 

 中国国内の抗議行動やデモを集計するサイト「昨天」プロジェクトによると、中国国内の抗議活動件数は2026年1月50件、2月43件、3月76件、4月74件と高水準で推移している。内容は、民主化を求めるなどの政治運動ではない。賃金未払い、火葬場建設反対、銀行預金が引き出せない、工場の突然閉鎖――生活に密着した権利主張が中心だ。  注目すべきは、少数民族が多い地域ではなく、漢民族の地域で多発している点である。  現在の中国は「乾ききった薪の山」で、どこで着火するかわからない。  疑心暗鬼に陥り、側近を粛清し、孤立を深めて制御を失った指導者――ちょうど60年前にも同じ構図が見られた。文化大革命がはじまる時期である。

 

 

 

■疑心暗鬼が疑心暗鬼を呼ぶ  トランプ大統領との首脳会談が終わった翌日は5月16日。中国の近現代史に詳しい読者はピンときただろう。1966年5月16日、毛沢東が文化大革命を発動した「五・一六通告」からちょうど60年、暦が一巡する還暦にあたる。  単なる日付の一致で思いだされるのではない。現在の中国政治を観察していると、60年前の状況が彷彿とよみがえるのだ。  五・一六通告とは、共産党・人民解放軍・政府・文化界に潜む「反革命分子」と闘争せよと呼びかけた共産党中央の文書である。10年に及ぶ文化大革命の出発点ともいえる。  重要な点は、五・一六通告が「疑心暗鬼に陥った指導者が、内側の敵を探しはじめた瞬間」を象徴していることだ。  文化大革命はある日突然、はじまったわけではない。助走期間がある。  毛沢東が指揮した大躍進政策(1958〜1961年)が失敗に終わり、彼の権威は大きく傷ついた。責任をとるかたちで国家主席を辞任したあと、彼は周囲への不信感を深めていった。まず、大躍進の問題点を率直に指摘した彭徳懐(ほう・とくかい)を政敵と見なし、失脚させた。次に、歴史家・呉晗(ご・がん)が執筆した京劇『海瑞罷官』に自分への政治的批判が隠されていると読み取った。  彭徳懐と呉晗の間に直接の関係はなかった。しかし毛沢東は両者を結びつけ、自らを取り巻く「敵」の存在を確信していった。疑心暗鬼が疑心暗鬼を呼んだ果てに文化大革命が幕を開けた。  習近平氏と毛沢東の類似については、前回の記事で詳しく解説した通りだ。

 

 

 

 ■皇帝の孤立のなかで王朝は崩壊へ

  2026年5月の習近平を見て、私の脳裏に浮かんだ人物は毛沢東だけではない。  さらに古い時代に生きたひとりの皇帝の姿。権力を握りながらも周囲を信じられず、忠臣を遠ざけ、最後には孤立のなかで王朝の崩壊を迎えた人物だ。  習近平氏を理解するうえで、いまや毛沢東以上に重要な存在かもしれない。

 

 

 

■失政→粛清→孤立→自滅の一本道

 

  もうひとりの先例とは、明朝のラストエンペラー・崇禎帝(すうていてい)である。  崇禎帝は1627年即位の第17代皇帝。彼は在位中、将軍たちを次々と処罰していった。財政難を訴える文官も遠ざけた。  1644年、農民反乱軍を率いる李自成(り・じせい)が北京へ迫る。弱体化した軍では、十分な抵抗体制を築くことができない。首都は陥落し、彼は宮殿の裏手にある景山で槐(えんじゅ)の木に縄をかけて自ら命を絶ち、明朝は滅びた。  自らの失政で窮地に陥り、疑心暗鬼から周りがみんな政敵に見えてくる。腐敗を正す名目で、側近たちをも次々と粛清する。ますます孤立して、暴走が止まらなくなり、最後は破滅する。中国の皇帝が歩むひとつのパターンだといえる。

 

 ■崇禎帝が自害した場所 

 

 私だけでなく、習近平氏と崇禎帝の類似を指摘する研究者は中国にもいる。人間のタイプが似ているというより、歴史の構図として重なる部分があるのだ。  崇禎帝が自害した景山は中南海の北側、故宮のすぐ裏に位置している。現在は景山公園があり、「崇禎皇帝自縊処」として槐の木がある。崇禎帝が自害した当時の木ではなく、1996年に移植されたもの。斜めに傾いた太い幹が特徴的だ。  習近平氏は写真や映像で見ると、いつも首が傾いている。中国のネット空間では、「斜めの首」は検索すると危険なワードとして知られている。関連して、景山公園の「斜めの木」まで危ないと警戒されている。習近平の首にこじつけたという意味だけでなく、皇帝自害の強調が最近はよろしくないというのだ。  権力の絶頂に立つ人物ほど、失脚の歴史に敏感になる。とりわけ中南海の近くに、皇帝自害の歴史が残っているのだからなおさらだ。習近平氏が日々執務する場所から目と鼻の先。彼が崇禎帝の末路に自らを重ね、過剰に防衛本能を働かせてもおかしくない。

 

 

■消えた本と消えた銅像 

 

 崇禎帝への警戒は、出版の世界にも及んでいる。中国の明史専門家が著した崇禎帝に関する書籍が、新装版として刊行されたのち、回収となった。歴史研究そのものが、政治的リスクになる現実は、かえって「統治の脆さ」を感じさせる。  明朝を倒した李自成は、これまでの官製史観では「正義の農民蜂起軍」を率いた英雄として語られてきた。しかも李自成は、習近平氏と同郷――陝西省の出身である。おそらく習近平氏は、幼少期から郷土の英雄が果たした明朝打倒の故事を聞かされていたに違いない。  ところが数年前、不可思議なことが起きた。北京郊外にあった李自成の銅像が撤去されたのである。李自成もまた、タブーのひとつになったと見られている。かつて「農民革命の英雄」として称賛された李自成の名は、現在の中国では別の意味をもちつつある。王朝を倒したのは外敵ではなく、内側から蜂起した民衆だったからだ。

 

 ■支配者が抱える「逆説」

  1644年に李自成の軍は北京を陥落し、彼は「大順」を国号として皇帝の座に就いた。崇禎帝の明はそれまで満州軍と戦っていたから、李自成は戦争を引き継ぐことになる。  しかし入城後、李自成軍の内部で腐敗が広がった。酒宴が繰り返された。当時、中国北方では女真族(後の満州族)が清を建国し、明朝の残存勢力と組んで南下しつつあった。その脅威に対応しなければならない局面で、李自成軍は決戦を後まわしにした。李自成の部下が、対満州戦線を支えていた将軍の愛妾を奪い、将軍は満州側へ投降。結果として満蒙連合軍に敗れ、李自成政権は短命に終わった。腐敗が政権を滅ぼすという歴史の教訓だけが残った。  この教訓をみごとな文章で表したのが、毛沢東の前期ブレーンだった郭沫若だ。彼は1944年、明朝滅亡300周年にあたる甲申年に『甲申三百年祭』を執筆。主題は「李自成のようになるな。勝利後の腐敗が政権を滅ぼす」という警告である。1949年、毛沢東が北京入城前夜に全党を戒めるために語り、のちに教科書にも掲載された名文だ。  習近平氏が『甲申三百年祭』の警告を知らないはずはない。彼が反腐敗に熱心なのも、政権が内部から崩壊することを恐れてのことだろう。  しかし反腐敗を掲げ、有能な将軍たちを粛清したことで、軍内部では不満が高まっている。皮肉なことに、李自成に倒された崇禎帝の道と重なる。習近平氏が李自成を恐れれば恐れるほど、崇禎帝に近づくように見える。  不満分子をあぶり出す現代の「五・一六通告」がいつ出てもおかしくない状況だ。表向きは強権化しながら内部は弱体化する――現在の中国は、文革の論理と王朝末期の論理を同時に体現している。文革は終わっていない。  崇禎帝を追い詰めたのは、北から攻めてきた清軍ではなく、国内で蜂起した李自成の農民反乱軍だった。この一点だけを押さえておけば十分だろう。

 

  中国政府が最も警戒するのは、外側より内側の火種だ。漢民族地域で相次ぐ抗議活動、経済の停滞、軍内部の「やりすぎだ」という声……これらは互いに無関係ではない。どこで結びつき、燃え上がるかはわからない。  歴史を知る者として、現在の北京に既視感を覚える。中国の未来だけでなく、日本の未来とも無関係ではない。

 

 ----------

 

 楊 海英(よう・かいえい) 静岡大学教授/文化人類学者

 

 1964年、南モンゴル(中国・内モンゴル自治区)出身。北京第二外国語学院大学日本語学科卒業。1989年に来日。国立民族学博物館、総合研究大学院大学で文学博士。2000年に帰化し、2006年から現職。司馬遼太郎賞や正論新風賞などを受賞。著書に『逆転の大中国史』『独裁の中国現代史』など。 ----------

静岡大学教授/文化人類学者 楊 海英

【関連記事】