先月の上旬に観に行ったのだが、軽々に感想を書き始められなかった「ザ・空気」。

出演している役者は観たことがある人ばかり(・・・というよりも、好きな役者が揃っていると言った方が適切だと思う)なので、何も考えずにチケットを取ったのだけれど、これは色々と考えさせられる作品だった。

 

 

 

チラシに書かれている「上からの圧力?そんなもの、感じたことはないですねぇ」というコピーとは裏腹に、物語は「上からの圧力」との戦い!!

 

ある報道番組が、報道の自由に関する特集を放送しようとしている。

編集長・今森(田中哲司)と、キャスター・来宮(若村麻由美)は打ち合わせに余念がないが、そこにアンカー・大雲(木場勝己)から「戦略的にいこう」と横槍が入る。

最初は、細かい表現の変更に過ぎなかったが、やがて特集そのものの意図を変えてしまうような方向へと向かって行く。

それが、大雲の戦略なのかはてなマーク

だが、来宮は一歩も譲らない。

そして、かつて恋愛関係にあったことを匂わせる今森&来宮と「空気」との戦いが始まる。

 

舞台上には登場しないプロデューサや、会社の上層部は自主規制に傾き、若手ディレクター・丹下(江口のりこ)や編集マン・花田(大窪人衛)は上からの指示に振り回される。

報道の自由に関する特集において、その内容に自主規制がかかるという本末転倒な展開は、随所に笑いが散りばめられてはいるのもの、ただ笑ってばかりはいられないテーマを含んでいる。

憲法改正が議論されている今、強ち「あり得ない」と笑い飛ばせる話でもないのだ。

 

物語は会議室やエレベーターホールなど、放送局の中だけで進んでいく。

大きな場面転換があるわけではなく、エレベーターといくつかのドアの開閉によって、観客に別の部屋、別の場所であることを無理なく認識させる。

また、セットの上部を使い、同じ時刻の別の場所を繋ぐ(例えば携帯電話で話をする)見せ方も、(よく使われる演出ではあるかもしれないけれど・・・)有効的だった。

 

直接的ではないが、前任の編集長が自殺していることがわかり、来宮が思い詰めたように非常階段に出ていくシーンが挿入されることで、「上からの圧力」と死が結びつく。

その上で今森が飛び降りる場面があるのだが、それでも少し唐突な感じはする。

 

演出としては、見せない上手さがある。

今森が飛び降りる場面も、観客席から今森は見えず、今森を見ている登場人物の反応(演技)によって、今森の動きを思い描く。

舞台に登場せず、台詞の中にだけ存在するプロデューサーや上層部の人々も、おそらく観客の頭の中で異なる人物像が創り上げられていると思う。

 

ラストシーンは、その2年後。

今森は杖をつきながらも歩けるまでに回復し、昔の同僚と再会する。

憲法は改正され、それぞれの道を歩んでいる5人。

放送局という組織の中で自分がいる場所を失ってしまった今森は、ひとりで取材し報道することを選択する。

報道に見切りをつけた丹下は、会社を辞めて別の職についている。

大雲と花田は放送局に残り、同じく残った来宮は役員に昇進している。

 

かつて、報道の自由のために戦った二人は、今では相容れない関係になっている。

来宮の「一緒にいること自体が危険」というセリフの後、一度は立ち去った彼女が今森の元に戻り、ベンチで二人が寄り添うラストシーンが切ない。