宮沢賢治のシャープペンシル | Vintage Mechanical Pencil(シャープペンシル)の魅力

Vintage Mechanical Pencil(シャープペンシル)の魅力

シャープペンシルのコレクターです。味わい深いビンテージペンシルの魅力を感じてください。

少し前に出版されました「大人の文房具」という雑誌で、
作家の使用していた文房具が掲載されていました。
その中で一人だけ、「シャープペンシル」を使用してた作家として
「宮沢賢治」が紹介されていました。
あの「雨ニモ負ケズ・・・」の詩も手帳にシャープペンシルで書かれていたようです。

 

 

使用していたシャープペンシルとして「早川式繰出鉛筆」を挙げられていましたが、
年代からの推測のようでした。
そのため、シャープペンシルの歴史の観点から、使用していたシャープペンシルを限定できないかと思い、
少し考察してみました。

 

 

 

まず、手帳と一緒に掲載されている古いシャープペンシルから。
写真提供として「林風舎」と記されています。
これは岩手にある「林風舎」という宮沢賢治世界に浸れるのお店のようです。
お店のオーナーは宮沢賢治の弟のお孫さんだそうです。
そのため、このシャープペンシルの写真もこの「林風舎」から提供されたものであれば、
宮沢賢治が使用してたものという可能性が高いですが、
一緒に写っている「プラチナ万年筆」から発売されている復刻版早川式繰出鉛筆の写真と
出どころが同じであれば参考資料として掲載されているだけに過ぎません。
調べてみると”復刻版早川式繰出鉛筆”の広告資料に同様の写真が載っているため、
このシャープペンシルは宮沢賢治の遺品ではないことがわかりました。

 

 

 

実際どのようなシャープペンシルを使用していたかをネットで検索してみると、
・「山歩きの時、首から手帳とシャープペンシルをぶら下げていた」
・詩集の中に「シャープ鉛筆 月印」というくだりがある。
ことがわかりました。

 

 

 

まず、”シャープペンシルをぶら下げる”という状態を考えると
リングトップのペンシルであったことが推測されます。
仮に1921年(大正10年:宮沢賢治25才)に所有していたとすると、
”EVERSHARP”のリングトップ型ペンシルや、以前紹介した早川製のペンシルだったのかもしれません。

 

 

 

次に詩集の中にある”シャープ鉛筆”という呼び名。
これはまだ調査中ですが、今まで調べた中では1921年(大正10年)から使われ始め、
昭和初期まで使われていたようですので、宮沢賢治が25才から亡くなる37才まででは
普通に使われていた言葉だったと思います。

 

 

 

最後に”月印”という文言。

 

 

 

まず最初に思いつくのはやはり「ステッドラー」だと思います。
ステッドラーのトレードマークである“三日月”を指していることが想像されます。
鉛筆メーカーとしては古く、日本にも輸入されていたと思いますが、
以前紹介したブログにも記載している通り、ステッドラーがシャープペンシルを販売し始めたのは
1937年(昭和12年)からなので、宮沢賢治が亡くなった(1933年)後になってしまいます。
そのため、ここで指している”シャープ鉛筆 月印”はステッドラーのシャープペンシルではないと思われます。

 

 

 

次に”月印”として思いつくメーカーは”月星鉛筆”だと思います。
戦前の最大手問屋である市川商店が製造販売をしていました。
この月星ブランドでシャープペンシルも製造していたかは不明です。
しかし、この市川商店は問屋でもあったため、シャープペンシルは
プラムやウィングなどのメーカーのものを取り扱っていたので、作っていなかったかもしれません。

 

 

 

そのため、その他に”月”に関連しそうなシャープペンシルのブランド名を調べてみると、
”月矢印”と”ツキドモエ印”のシャープペンシルがあることがわかりました。
”月矢印”は、麻布区にあった藤田製作所のブランド名”月矢印特許シャープペンシル”として、
1924年(大正13年)の”全国文具界大観”に広告が掲載されています。
”ツキドモエ印”は、日本橋区にあった堀江商店のブランド名でツキドモエ印シャープペンシルを
販売していたことが、1929年(昭和4年)の”日本文具製造業別名鑑”に掲載されています。

 

 

 

ここで「シャープ鉛筆 月印」というくだりがある詩がいつ詠まれたかを調べてみました。
ネットでの検索のため不確かではありますが、このくだりがある詩集は
「春と修羅 第二集」の[いま来た角に]という詩のようです。
1924年4月に詠まれているようです。
そのため、可能性として”月矢印”のシャープペンシルが、
ここで詠われているシャープ鉛筆なのかもしれません。

 

 

 

宮沢賢治が使用していたシャープペンシルははっきりと断定はできませんでしたが、
1921年頃から日本で流行り始めたシャープペンシルをいち早く取り入れていたことからも、
ハイカラな人柄だったことがわかります。