日々思うこと、感じること -9ページ目

日々思うこと、感じること

当初から少しずつ変化してきていますが…
自分の中に入ってきた情報を私なりに考えたり思ったりしたこと、また、消化しきれない気持ちなどを表現していきたいと思います。

私は「喜ぶ」という感情表現が下手だ。

前述の「悔しい 」の振れ幅が狭いのと同様に、「悔しい」の逆の意味での「嬉しい」の振れ幅も狭いのもあると思う。

父親も母親も、心から喜んだり楽しんだりしているところを、少なくとも私の記憶にある限り見たことがない。
それも関係するのかなぁとふと思ったりもしたが、なるべく問題は自分の内側から見つけた方がいい。

誉められた時も、素直に喜べない。
誉められ慣れてないからかと思ったけど、そうでもない。
子どもの頃は特に、それなりによく誉めてもらった。
でも多分、あまり嬉しくなかった。
自分が努力したことに対してじゃないからなのかとも考えてみた。
でもなんとなく少し違う。
ちょっと抽象的だけど、その誉められている対象と、自分が重なり合わない時、喜べないのかなぁ。

何かをもらった時も素直に喜べない。
それは欲しくない物だからなのか、単に照れてるだけなのか、正直自分でもわからない。
ただ、喜ぶより前に恐縮してしまうことが多いように思う。
例えちょっとしたようなものであっても。

これに関連して、本当はお礼を言うべきところで「すみません」と言ってしまうことも多い。
後から思い出したように「ありがとう」を言うこともあるが、どうしても「すみません」が強くなってしまう。
大概の場合、自分に置き換えてみても「ありがとう」と言われた方が嬉しいのはわかってるのに…

いつもいつも、そんなややこしい思考回路が瞬時に働いてる訳ではないとは思うが、自分が「嬉しい」ことによって、相手や他人に不快な思いをさせたり犠牲を払わせたりしてないか、自分は楽しみだけど相手は果たしてどうだろう、などと考えてる時があるように思う。
厄介な性質…
そんなことを考えるよりもっと素直に喜んでありがとうと言えるようになろう。


手放しで喜んでいる姿や、潔い「ありがとう」はとても気持ちよいから。

暑さの衰えを感じない、などと言われる今年の猛暑ぶりですが、ここ数日、確実に涼しくなっていると私は思うのです。

わかりやすいところで言えば夜。
夏真っ盛りの頃は日が落ちても日中の熱気が冷めず、たまに多少涼しく感じる夜もありましたが、夜もムッとしていました。
でもいつからかはわかりませんが、最近は夜には確実に気温が下がり、気持ちのよい空気です。
でもこれだけ外が気持ちよいのに、「気密性の高い」現代の家では窓を開けてもなかなか部屋の中までその空気に満たされないのが残念です。

日が照りつける日中でも最近は風に秋の気配を感じます。


そもそも現代人は暑さの基準を何か間違えてないか??と思います。
汗=不快なもの、不潔なものというイメージを持って、汗をかくことが悪いことのように思っているように感じます。

確かに、スーツで汗びっしょりになりながら仕事はちょっとできないし、集中力がもたないとは思います。

でも例えば…
歩けば暑いしご飯を食べれば体温が上昇するし、水を飲んでも汗が出るのは当然。
それなのに多くの建物で、中に入れば瞬時に汗が引いたり、ご飯を食べても汗をかかなかったり、究極には運動してもほとんど汗が出なかったりするような温度に設定されています。
だから結果的にそこにじっといると寒く感じるのですが、そこにじっといる人に合わせた温度でもいいのではないかなと思います。

それに、汗は本来体温調節をするためのもので(専門的なことはわかりません)、必要な時に出てるのであって、それを無理矢理押さえるからますます体温調節機能が働かなくなってきてるんじゃないかなぁ。


今年は、だいぶよくなりつつある皮膚 が、汗によりかゆくてかいてしまうのを避けるため、自宅でも普段よりクーラーを利用して文明の利器に頼っています…
でも、風呂上がりとご飯を食べるときは極力汗を出すようにしています。
体にタオルを巻き付けて。
これらの時はじんわりと出るのではなく、ドバーっと吹き出ます。
この汗が出る時は暑くありません。
(だから汗=暑い、ではないと思うのです。じわっと出る汗は暑くて厄介ですけどね。)
そして出るだけ出し切ってしまうと涼しくなります。

水を飲んだ後も、少し我慢すれば汗はひきます。
この時、私の体の中の細胞たちが頑張って働いてくれて、体温調節してくれてるんだなぁと感じます。
体の中でこんなに頑張ってくれてるんだから、他の臓器もちゃんと働いてくれてるんだから、入れ物の方も、暑いとかだるいとか言ってないでしゃきっとしないといけないなと思います。

私はプラス思考だ。
これだけは昔からすごくかわったところ。

私は以前は本当にどうしようもないマイナス思考だった。
色んなことを気にするし悩むし後悔するし。
何事に対しても否定的だし厭世的だし。

ず-っと以前に、テレビで聞いた言葉「Everything happens for the best.」(全ては最善のために起こる=どんなこともベストな未来のために起こってるんだ(かなり私の意訳…))がその時以来私の座右の銘になっている。
と言っても、まだ中学か高校に入りたてぐらいだった当時はなるほどなとは思っても、心からそう思えるほどではなかった。

でもそれからは無理矢理にでも、何かマイナスなことが起こるとこの言葉を思い出すようにした。
そうすると、段々そう思えるようになってきた。

失敗したから次は失敗せずに済んだ、こんなことがあったから成長できた、嫌な思いしたけどだから対処法を身につけた…etc.
その時にすぐわからなくても、後々きっと何かの役に立つはず、これを経験することで素敵な未来が待ってるんだ…

本当にこの言葉に助けられてきた。
今改めて、すごく長い道程ではあったけど無理矢理思うことで意識を変えられることもあるんだな、と実感した。

おかげで、あまりにも能天気すぎると自分でも思うこともあるが、随分生きやすくなった。