考えたこととか、そんなんではなく、完全なる日記です。
帰ってからテーマ変更します。
手配などをしてくれたYさんが最寄り駅まで迎えに来てくれました。
その後、これからお世話になるKさんに挨拶。
Kさんちの隣にあるログハウスで滞在です。
早速、自炊用にお米と卵をいただきました。
KさんはUターンで10年前に戻ってきてから農業を始めたそうです。
町を案内してもらいながら、そんなお話も含め、農業について、町について、その他たくさんお話をうかがいました。
この町でも、農業一本で生活している人はほとんどいないらしい。
Iターンで林業をしている女性もいるとのこと。
林業と森再生との関わりはどうなんやろう…
要調査。
午後からは農作業。
勝手なイメージで、みかんの収穫なんかをするのかなと思っていました。
全く違って今日の作業はにんにくの植え付けでした。
不耕起栽培…全く耕さない訳ではなく、深いところまでは掘り起こさない。
そうすることで、そこに生えていた草は、上は切られるけど根っこの部分は残りそれが腐って虫の餌となります。
虫も、掘り起こされることはありません。
それで、ふかふかの土ができます。
その後土を作る
石灰(と言っても、有機用の牡蠣の貝を砕いたもの)をまく
→混ぜる
→肥料(有機でも、有機物からできているものは使うけれども、肥料なし、ということは無理らしい)をまく
→混ぜる
畝を作る
種(普段食べている実です)を等間隔に並べる
土をかぶせる
もみをかぶせる。
終了。
二人で2時間弱で、3条のかたまりが3列(長さはまちまちですが…)できました。
結構簡単。
楽しい♪
以前から畑であったところとはいえ、草ぼうぼうのところから、それほど気負いせずに短時間で立派な畑になるということにびっくりしました。
もちろん、腰が痛いとかいうこともありましたが、「腰痛」という感じのものではなく、いわゆる筋肉痛が腰辺りにきている、という感覚で心地いい疲労感でした。
寒かったのも適度にあったまったし。
途中でお茶とお餅をいただいたり、なかなかゆったりとした流れでした。
暗くなってきましたが、大根、ほうれん草、春菊を間引いたものをいただき、晩ご飯に☆
台所にはある程度のものを用意しておいてくれています。
大根は炊くつもりだったのですが、よくよく辺りを見ると、だしや、砂糖はない…
なんとかポン酢で味付けできました。
他にもそれぞれの目的で滞在してる方が2人。
その内の一人Tさんから焼き芋をいただき、晩ご飯後のおやつにさせてもらいました。
明日以降も色んなお話や体験から、吸収することが多くありそうです。
昨日のシンポジウムで特に楽しみにしていたのは、CWニコルさんの基調講演でした。
いやぁすごかった。
よかった。
感動して涙が出てきました。
……
いつも情けないと思うのですが…
何かの感想をいう時に、よいと思うものほど、「すごい!」以外に言葉が出ない…
よかったから誰かに伝えたいと思う気持ちがすごく大きいのですが、自分の言葉にするとよさが薄れるような気がする…
というのは言い訳で、この語彙と表現力のなさに我ながら呆れます…
昨日の場合は言葉で聞いてるからまだましだけれども、芸術的なものになると元々芸術に造詣が深くないのも手伝って、益々表現が難しい…
もう一つ言い訳的分析をすると、あまりにも感動してすっと自分の中に入ってくるので、本当にすっと入ってくるというのがぴったりくる状態で、吸収されてしまっているから、その時には何も考えてないからなのかなと思ったりもします。
入るところで何かつっかえるものがあると、その時に言葉として色々考えるので、それが出てくる。
いいとか悪いとかは置いといて、私の(誰でもなんかな?)頭の中の構造は、こんな風になってるんじゃないかなと思いました。
とりあえず…
あんなにすばらしい森をよみがえらせることができるんだ、という希望が持てました。
私もしたい。(単純)
あの森に包まれたい。
そこへ行って癒しを受けるだけでなく、関わりたいなぁ。
やっぱり人間の力が必要ってことだし。
でもそれはボランティアでなくプロフェッショナルな知識が必要とのこと。
まずは勉強?でも机上だけのものでもないし。
その後のパネルディスカッションでは、結局私たちにできる身近なエコとか、菜園から始めましょう、とかいう話に落ち着きました。
確かにいきなり大きいところを見るよりも、身近なところからってのは大切なことだけど…
でも私の身近な地元の山でも荒れているところはあるだろうし、そういうところを原生林のような姿に変えていくってこともありのような気がする。
でもそういえば案外身近でそんな活動してるのかな。
やっぱりもうちょっと情報を得て、行動できることを探さないと!
明日からは3泊4日で農家で体験をさせてもらう予定です。
何を感じるか、何を得られるか、今私の頭の中で渦巻いていることに通じるものがあるのか、全く未知ですが、家庭菜園さえしたことがない私なので、何かのヒントになり、貴重な体験ができると思っています。
いやぁすごかった。
よかった。
感動して涙が出てきました。
……
いつも情けないと思うのですが…
何かの感想をいう時に、よいと思うものほど、「すごい!」以外に言葉が出ない…
よかったから誰かに伝えたいと思う気持ちがすごく大きいのですが、自分の言葉にするとよさが薄れるような気がする…
というのは言い訳で、この語彙と表現力のなさに我ながら呆れます…
昨日の場合は言葉で聞いてるからまだましだけれども、芸術的なものになると元々芸術に造詣が深くないのも手伝って、益々表現が難しい…
もう一つ言い訳的分析をすると、あまりにも感動してすっと自分の中に入ってくるので、本当にすっと入ってくるというのがぴったりくる状態で、吸収されてしまっているから、その時には何も考えてないからなのかなと思ったりもします。
入るところで何かつっかえるものがあると、その時に言葉として色々考えるので、それが出てくる。
いいとか悪いとかは置いといて、私の(誰でもなんかな?)頭の中の構造は、こんな風になってるんじゃないかなと思いました。
とりあえず…
あんなにすばらしい森をよみがえらせることができるんだ、という希望が持てました。
私もしたい。(単純)
あの森に包まれたい。
そこへ行って癒しを受けるだけでなく、関わりたいなぁ。
やっぱり人間の力が必要ってことだし。
でもそれはボランティアでなくプロフェッショナルな知識が必要とのこと。
まずは勉強?でも机上だけのものでもないし。
その後のパネルディスカッションでは、結局私たちにできる身近なエコとか、菜園から始めましょう、とかいう話に落ち着きました。
確かにいきなり大きいところを見るよりも、身近なところからってのは大切なことだけど…
でも私の身近な地元の山でも荒れているところはあるだろうし、そういうところを原生林のような姿に変えていくってこともありのような気がする。
でもそういえば案外身近でそんな活動してるのかな。
やっぱりもうちょっと情報を得て、行動できることを探さないと!
明日からは3泊4日で農家で体験をさせてもらう予定です。
何を感じるか、何を得られるか、今私の頭の中で渦巻いていることに通じるものがあるのか、全く未知ですが、家庭菜園さえしたことがない私なので、何かのヒントになり、貴重な体験ができると思っています。
電車で、それ程混んでいないけれども座ることができない時、私は扉の端っこにもたれます。
今日もそうしていました。
扉を挟んで向かい側にも同じようにしている人がいました。
普通の光景だと思っていました。
少し年配の方が降りて行く時、ちょっと足元が不安定そうでした。
・・・・・・
扉の両脇の隅っこにそれぞれもたれかかっている人がいることによって、手すりは使えない状態です。
そっか、降りる際に手すりを持ちたい人もいるんだ・・・
あのてすりは、立っている人のためだけでなく、乗り降りする人のためでもあるんだ。
今まで電車に乗ることは多かったけど、全く気づいてなかった・・・
なかなか情けない・・・
もたれること自体はまぁいいとしても、手すりが必要な人がいれば、ぱっとどくことができるぐらいの姿勢をもってないといけないな。
今後は、他の面でも、もうちょっと違う立場の人も考えられるよ うにアンテナ張っておかないと。