今回の転職(と言うか失職ですが)は、自分の中での今後の生き方の方向性も固まったところでのことだったので、ちょうどいいタイミングでした。
とは言え、自らの転職はあえて考えていなかったので、職を失ってからなかなか前に進めず、焦りや不安もありましたが、いいきっかけだったとも思っています。
仕事さえ、将来的にずっと気持ち良く続けていけるようなところと巡り合えたら…と思いながらも、続けさせてもらえる間は続けることが課題かなということもありました。
しかし、契約が切れたことで、その部分に集中して取り組むことができました。
とは言え、職場に多くを求めるまいと思っていました。
ところが思いがけないきっかけとタイミングで、素敵な会社に巡り合えました。
今、公私共にほぼ、ストレスフリーです。
もちろん、現時点で4月以降の身の保証はないし、今はまだ仕事も教えてもらうばかりで、今後ずっとこんなに気楽ではいられないだろうと思います。
なので、もちろん、仕事上での成長も今後の課題になってくるとは思います。
でも、こうして、公私共に恵まれた環境で充実した毎日を送れることに本当に幸せを感じています。
でもその幸せが正直怖いです。
と同時に、今までは「仕事さえ…」と思っていて、一番後回しにしてしまっていたことについても、「こうなればいいのにな」という思いが強まってきてしまいました。
一つ願いが叶うと、また次の欲が出てくる。
私って欲深いかな…
しかし。
欲じゃなくて、目標と考えてみてはどうか。
最後の結果が出るまで諦めなかったのは、今までの人生の中で、今回がある意味初めてかも知れない。
目標達成まで後戻りしながらもとにかく前に進もうとし続けた(そうするしかなかったからですが…)。
その結果、理想に近付けたのは当然のことなのかもしれない。
逆に、今までは、適当なところで妥協して、それなりにやり過ごしてきたから、それなりの結果しか出なかったのも当然だろう。
そして、一つ目標を達成したら、また新たな次の目標を立てて、今度はそれに向かって努力するのも当然のことなのかも。
だから…
現状とても恵まれた環境にいるにも関わらず、まだその上に何かを望む、という感覚ではなく、その環境を感謝しつつも、さらに自分を成長させるべく、次の課題に向けて、努力する(次に望むことは努力でどうこうなる問題でもないんですが…気持ちの持ち方の課題として)と考えれば、現状に怖がることもないし、次の目標を持ってもいいのかなと思いました。
今は、なぜこんなにいい会社に、しかもこんな形で、こんなタイミングで巡り合えたのだろう、この出会いは本当に大事にしないといけないなと思う毎日ですが、その少し前は、気持ちが底まで行ってしまったかと思うほど、落ちました。
今までは、友達と会ったり喋ったりすることによって、悩みを聞いてもらってすっきりしたり、気分転換を図れたりしていました。
だから、しんどくなりかけた時、友達(親しい友達限定ですが)とは積極的に会うようにしていました。
しかし今回は現状を口にする度に情けなくなり、友達と会うことで余計にしんどくなっているということに気付き、しばらくは友達と会うのを控えようと思いました。
現状を打開するには仕事に就くことがまず第一歩、そのためにはもちろん活動をしなければならないけど、そこの自信をなくしてしまってるから、動けば動くほど自己否定に陥る…
そこから脱する方法が自分ではわかっていませんでした。
そしてついに何もする気が起きなくなってしまった次の日、ピアノのレッスンの予定がありました。
ほんとに何もしたくない、動きたくない、という気分でしたが、折角予定してもらってるのに病気でもないのに休むのも申し訳ないので、「とりあえず行く」という感覚で家を出ることにしました。
それに。いつもピアノだけに関わらず、色んなことをお話して、共感できるだけでなく、お姉さん的存在として、ちょっとしたエッセンスを与えてくれるTさんとなら、話してもしんどくないかも知れない、もしかすると、この状況の打開策も見つけられるかも知れない、という思いも少しありました。
でも最初から頼ろうという姿勢ではなく、いつも最初に近況報告をするように、なるべく感情を入れないようにして、現状を話し始めました。
でもやはりTさんはそれだけで、私の気持ちを推し量ってくれ、私が自分でもわかっていなかった、その時の私に必要なこと、「今は普通の状態じゃなくなっちゃってるから、まずは普通の状態を保てるようにすることかな」ということと、そのための方法を提案してくれました。
それから、小さなことでも、自分が楽しい、嬉しい、気持ちいい、などと思えることを探して実行するようにしました。
ほんとに小さなものでもお気に入りの小物を買って側に置いてみたり、季節限定の食べ物を食べてみたり(食べ過ぎは厳禁!!)、お風呂にゆっくり入ってみたり…
パワーは使わず、少しのお金は今は節約の時だからとケチって出し惜しみはせず…
大きいことをドカンとするのではなく、小さいことをちょこちょこと生活の中に取り入れることが大事だということがわかりました。
そうしてるうちに、しなければならないこと、今回の場合就職活動ですが、それ以外にも生活でしなければならないことはあります。そういったことをする活力も蓄えられていくのを感じることができました。
そして少しずつでも前に進むことができ、なんとか、後戻りをすることなく乗り越えることができました。
私にとっては、問題に直接働き掛けるのではなく、また、大きく気分転換を図るのでもなく、こういう風に気持ちを落ちさせない方法があるということは新たな発見でした。
今までは、友達と会ったり喋ったりすることによって、悩みを聞いてもらってすっきりしたり、気分転換を図れたりしていました。
だから、しんどくなりかけた時、友達(親しい友達限定ですが)とは積極的に会うようにしていました。
しかし今回は現状を口にする度に情けなくなり、友達と会うことで余計にしんどくなっているということに気付き、しばらくは友達と会うのを控えようと思いました。
現状を打開するには仕事に就くことがまず第一歩、そのためにはもちろん活動をしなければならないけど、そこの自信をなくしてしまってるから、動けば動くほど自己否定に陥る…
そこから脱する方法が自分ではわかっていませんでした。
そしてついに何もする気が起きなくなってしまった次の日、ピアノのレッスンの予定がありました。
ほんとに何もしたくない、動きたくない、という気分でしたが、折角予定してもらってるのに病気でもないのに休むのも申し訳ないので、「とりあえず行く」という感覚で家を出ることにしました。
それに。いつもピアノだけに関わらず、色んなことをお話して、共感できるだけでなく、お姉さん的存在として、ちょっとしたエッセンスを与えてくれるTさんとなら、話してもしんどくないかも知れない、もしかすると、この状況の打開策も見つけられるかも知れない、という思いも少しありました。
でも最初から頼ろうという姿勢ではなく、いつも最初に近況報告をするように、なるべく感情を入れないようにして、現状を話し始めました。
でもやはりTさんはそれだけで、私の気持ちを推し量ってくれ、私が自分でもわかっていなかった、その時の私に必要なこと、「今は普通の状態じゃなくなっちゃってるから、まずは普通の状態を保てるようにすることかな」ということと、そのための方法を提案してくれました。
それから、小さなことでも、自分が楽しい、嬉しい、気持ちいい、などと思えることを探して実行するようにしました。
ほんとに小さなものでもお気に入りの小物を買って側に置いてみたり、季節限定の食べ物を食べてみたり(食べ過ぎは厳禁!!)、お風呂にゆっくり入ってみたり…
パワーは使わず、少しのお金は今は節約の時だからとケチって出し惜しみはせず…
大きいことをドカンとするのではなく、小さいことをちょこちょこと生活の中に取り入れることが大事だということがわかりました。
そうしてるうちに、しなければならないこと、今回の場合就職活動ですが、それ以外にも生活でしなければならないことはあります。そういったことをする活力も蓄えられていくのを感じることができました。
そして少しずつでも前に進むことができ、なんとか、後戻りをすることなく乗り越えることができました。
私にとっては、問題に直接働き掛けるのではなく、また、大きく気分転換を図るのでもなく、こういう風に気持ちを落ちさせない方法があるということは新たな発見でした。
素人意見です。
ずるいのはわかってますが、先に言い訳しておきます。
今回の件は、悪いのはやはり、いきなり攻撃してきた北朝鮮だと思います。
でも、北朝鮮が攻めようと思ったのは軍隊があるからで、今回無差別攻撃的な要素はあるものの、「軍事演習」という挑発的な行動が、きっかけを作った面もあると思います。
そしてまた北朝鮮の攻撃に対抗して米韓で合同の軍事演習を行うことも、挑発にしかならないと思います。
そう言う意味で、「軍事演習に反対」という中国の対応は、ある意味冷静な判断のように感じました。
(外交上の問題もあり、単に冷静な判断をしているだけとも思えませんが…)
軍隊を持って平和を語るのは、あまりにも説得力がなさすぎます。
力を見せ付けて、それに逆らわせないと言うのは、ちょっと例えが悪いかも知れませんが、「北風と太陽」の北風のようなものだと思います。
これまた曖昧な記憶ですが、以前新聞のコラムで、多分どこかの住職さんだったと思いますが、「本当の平和というものは、一切攻撃の姿勢はとらず、攻められた時は死ぬ覚悟」というような事をおっしゃっていました。
私はこの言葉に深く感動しましたが、極論であるとは思います。
もちろん、朝鮮半島に平和が訪れるのを第一に望みます。
しかし、日本国内の問題とした時に、政府の立場上、「有事に備え」なければならないのかも知れませんが、米軍基地の存在によって平和が保たれてるとか、核の傘に守られてるとか微塵も思ってない私としては、これによってまた、米軍基地の必要性、というような議論がされないことを望みます。(まぁ現時点でそんな話にはなりそうにないですけどね。)
考えたためにタイムリーでなくなった割にはうまくまとまりませんでした…
今の私にはこれで精一杯です。
ですが、自分の記録としてもこれで残しておきます…
ずるいのはわかってますが、先に言い訳しておきます。
今回の件は、悪いのはやはり、いきなり攻撃してきた北朝鮮だと思います。
でも、北朝鮮が攻めようと思ったのは軍隊があるからで、今回無差別攻撃的な要素はあるものの、「軍事演習」という挑発的な行動が、きっかけを作った面もあると思います。
そしてまた北朝鮮の攻撃に対抗して米韓で合同の軍事演習を行うことも、挑発にしかならないと思います。
そう言う意味で、「軍事演習に反対」という中国の対応は、ある意味冷静な判断のように感じました。
(外交上の問題もあり、単に冷静な判断をしているだけとも思えませんが…)
軍隊を持って平和を語るのは、あまりにも説得力がなさすぎます。
力を見せ付けて、それに逆らわせないと言うのは、ちょっと例えが悪いかも知れませんが、「北風と太陽」の北風のようなものだと思います。
これまた曖昧な記憶ですが、以前新聞のコラムで、多分どこかの住職さんだったと思いますが、「本当の平和というものは、一切攻撃の姿勢はとらず、攻められた時は死ぬ覚悟」というような事をおっしゃっていました。
私はこの言葉に深く感動しましたが、極論であるとは思います。
もちろん、朝鮮半島に平和が訪れるのを第一に望みます。
しかし、日本国内の問題とした時に、政府の立場上、「有事に備え」なければならないのかも知れませんが、米軍基地の存在によって平和が保たれてるとか、核の傘に守られてるとか微塵も思ってない私としては、これによってまた、米軍基地の必要性、というような議論がされないことを望みます。(まぁ現時点でそんな話にはなりそうにないですけどね。)
考えたためにタイムリーでなくなった割にはうまくまとまりませんでした…
今の私にはこれで精一杯です。
ですが、自分の記録としてもこれで残しておきます…