旧中込学校全景
ぴんころ地蔵に行く途中、「旧中込学校」の案内板があったので、寄ってみた。
「中込」、この2文字には、自分の記憶を幼少期に引き戻させる懐かしい響きがある。中込・野沢には親戚が何軒もあり、不肖私は幼少期から父親に連れられてこの地を訪れていた。
最寄りの駅は「中込」。長瀬から電車に乗り、大屋で汽車に乗り換え、小諸(当時は転車台(蒸気機関車の方向を変える装置)を持つ、大きな駅であった。)からのジーゼルカーを降りたところが「中込」で、ここから歩くのだが、正月などは寒く、冷たい北風に吹きつけられて耳も頬も痛く、凍えていた感触が今でも残っている。以来今まで、真夏でも佐久というところは寒い所だと思っている。
そんな訳だから、中込に「旧中込学校」なる明治期に建てられた古い学校があることは、知ってはいた。しかし、どこにあるかは分からず、そのまま現在に至っていたのだが、「ぴんころ地蔵」に向かう途中、偶然にも発見したので、積年の課題を解決すべく見学することにした。
建物は、小学校とは思えない、白塗りの瀟洒な洋風建築である(写真参照)。明治8年に建てられたというが、現在国の重要文化財・国史跡に指定されているのだそうで、歴史の重みを感ずる。
再現されている教室(リーフレットより転写)
部屋割り(リーフレットより転写)
中に入って見ると、二階建ての建物はこじんまりしているが、幾つかの教室があり、講堂やら小使室、宿直室などもあって、まさに学校である。各教室には、当時を再現した木造の机が置かれたり、音楽室にはオルガンも弾ける状態で置かれていたりと、我々の小学生時代が蘇って来る。
明治初期にこの学校が建てられたということだが、展示されている資料を見ると、当時のこの地方の初等教育にかける想いと真剣さが伝わって来る。
明治の人の気骨が知れる文化財である。
建物脇のイチイの木の実(子供の頃よく食べた)



