生徒通用口


校名看板

 我々の母校「依田川中学校」は、卒業後間もなく1967年(昭和42年)「丸子北中学校」と校名が変更になっている。
その丸子北中学校では、学校行事として毎年秋のこの時期に「秋桜祭」と称する文化祭をやっていた。研究発表、弁論大会(日本語・英語)、クラス対抗の合唱コンクール他内容は多岐に亘り、保護者の参観もあっていつも賑わっていた。

 ところが、突然のコロナ禍により、学校行事が縮小され「秋桜祭」にも外部の来賓が招待されることもなくなっていたが、5類に分類変更されたことにより運用形態が変わったようで、4年ぶりに招待状が届いた。9月22日(金)・23日(土)2日間の開催であると言う。稲刈りの予定があり、短時間であったが23日に足を運んでみた。


プログラム

 受付でもらった手作りのプログラムを見ると、両日とも分刻みでスケジュールが組まれている。今年は合唱コンクールはないらしい。コロナの影響か。


廊下の風景

 訪問時はまだ生徒が教室にいる時間で、各教室から廊下から、中学生で賑わっていた。廊下を歩きながら、生徒昇降口の辺りに来ると、この先左手には理科室があり白衣を着たY先生、S先生がいたなあとか、その先には広い技術家庭科室があったなあ、などと60年余前の記憶を辿っている間に、教室棟に着いた。


教室棟

 我々の学んだ木造の建物は、鉄筋コンクリート造りに変わったが、建つ位置はほとんど変わらず、外見も昔の面影を残していた。我々の学んだ校舎は2階建てであったが3階建の建物に変わり、3年生が1階を使い、1年生が3階を使っているのだと言う。小学校から入学して来て、いきなり階段を上った3階で生活することになるらしい。理由は、3年生が3階まで上り下りするのが大変だからとか。誰が決めたか知らないが、大分前からこうなっているらしい。うーん‼

 3学年とも3クラスで、奥から1組・2組・3組の順になっている。なので、職員室等のある管理棟と教室棟を繋ぐ廊下を右に曲がると、すぐに3年3組の教室がある。我々の1年3組の教室のあたりである。「3年3組…」60余年の歳月は流れたが、懐かしい響きである。


黒板1


黒板-2


教室風景


窓からコスモス


郷土研究(丸子と木曽義仲)

 教室に入ると、黒板一杯にチョークで「秋桜祭」の絵が描かれていた。結構うまい!この前で生徒が先生に記念写真を撮ってもらっていた。教室内には、郷土学習のまとめやら修学旅行記も展示されている。60余年前の1年3組の微かな記憶を辿って目の前の今の3年3組の様子と比べてみたが、我々が使っていたごっつい木製の机は、スマートな机に変わり、並べ方もいわゆる教室スタイルではないらしい。大分雰囲気が違っていた。1クラスの人数は、30人前後か。窓越しに、「秋桜祭」の名前にふさわしく、コスモスの花が秋の風に揺れていた。


生徒会スローガン


学級目標


絵画作品


習字作品

 廊下には、生徒会のスローガンやらクラスの学級目標が掲示され、人物画やら、習字の作品も展示されていた。
習字の作品などは、優劣をつけ難いくらいバランスよくうまく書かれている。勢いもある。自分の中学時代の習字は?今でも字には自信がないが、ましてや当時…?いろいろ考えさせられた。

 そうこうしている間に、体育館で次のプログラムが始まるとかで、各クラス毎整列しての移動が始まったが、きちんと行進出来ていた。我々は、入学当初は列を作って教室から体育館への移動をやっていたが、1組のK先生の指示で隊列を組んでの移動はやめ、ばらばらに集合することになってやっていたが、何時か見直され元に戻ったようである。

 教頭先生に体育館での見学も勧められたが、稲刈りを理由に辞去した。

…門をいで入り 集いよる 五百の命 
いや高き いや高き 理想を夢む


10月15日(日)・16日(月)の同級会、楽しみにしています。