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広告とかデザインとか

デザインや広告のこと、趣味などを徒然と。

今年も残り僅か。

振り返ると今年も色々ありました。大きな目標を掲げ達成するということではなく、目の前の仕事を真摯に対応するということに専念してきたように思います。何年経っても1週間に1回ほどのペースで難しい課題に遭遇しどうにか切り抜けるという連続。そして来年も変わらず試行錯誤の日がスタートすると予感しています。

今年は20周年ということてささやかなパーティーもあり、節目として過去と未来について考える機会となりました。お世話になった様々な方々と話す中で、小さな切っ掛けや人の繋がりに支えられていると感じます。例えば、大学の同級生が専門学校の先生になり、その教え子が先生になり、その教え子がうちの会社に勤めたりというご縁だったり。

過去と未来と現在を捉える中で、過去の実績でもなく未来の展望でもなく、デザインの実務とは、現在において、誰かを助ける仕事であり、誰かと仕事を一緒に育てる仕事であるという点です。

そこを間違えるとオリンピックシンボルや国立競技場の問題に象徴される事態となります。デザインというものが利権や名誉欲というものに翻弄されてしまいます。若いデザイナーの夢を失わせることにもなったかもしれません。


夢は遠くに見るものではなく、現実の今ここにある。


そんな気持ちで来年も取り組みたいと思います。

昨日町家で開かれた大学の同窓会。変わらぬ仲間は宝ですね。
鍋
往年のファンへの惜しみない回顧録ともいえる影像美でした。

パート1から見続けていますが、ジョージルーカスの黎明期からの映画づくりのDNAも引き継がれています。

J・J・エイブラムス は若くしてこの大作を実に保守的にスタンダードに引き継いだと思う。心憎い配慮で次作へのブリッジ役を果たしました。

ファイターの飛行シーンやレトロヒューチャーな演出。メカニックのデザインは60年代くらいのアメリカのそれから、超未来デザインを串刺しにしています。

どこかでローカリティーを匂わすところが、独特の魅力や親近感を出しているのでしょう。

この映画の感想は一言

「羨ましい」

です。伝わった側の感想よりも、何より制作サイドが楽しそうに作っていると感じるから。驚くべきこと約40年もこのモチベーション(未来への可能性探求)を保っています。

常に完成しない状態、何かを続け極めることは大切なことだと感じました。




あるクライアントに萌えキャラを使ったプロモーションを提案している。
今までちょっといかがわしいと感じていた節があるがそうも言ってられなくなってきた。

10代~20代ではサブカルチャーではなくメインカルチャーになっていて、しかも30~40代まで支持層は厚い。プロモーションのセグメントとして可能性は高い。

少女を過度にセクシャルに表現することが蔑視という世論もあるが、ファンの志向はそれとはちょっと違う。

単純に「かわいい」とか「あこがれ」の対象で、アイドルは自分達で育てるといった遊び心の延長だ。生身の人間に得られない魅力を込めることができる。

これは男性に限ったことではない。女性もアニメに没頭していて、コミュニケーションもハイパー化している。

かわいい というだけでなく、カッコいい、鋭い、ハイテク、癒しなどエモーショナルに伝える手段としてアニメは強力な武器になると思う。

20周年パーティーが盛況に無事終わりました。
過去に勤めていたスタッフも遠くから駆けつけていただき、とても和やかで楽しい時間を過ごさせていただきました。感謝です。

また、展示物や企画もほぼスタッフが作り上げたもので、なかなか面白い内容になりました。当初はお店を借りて簡単に立食と考えていたのですが、結局すべてオリジナリティーあるものを目指し、プロジェクションマッピングや食事やコスチュームなど力の入ったものになりました。

途中何回も企画が変わるなど大変な面もありましたが、まるで学生時代のようにみんな取り組んでくれたと思います。学生感覚とても大切なことです。理屈のないチャレンジは楽しいもの。通常の仕事では得られない可能性を模索することができます。

私からは今後の指針としてキーワードをプレゼンしました。

テーマは「育」Growth

項目として・・・・
田 田舎の振興
子 子どもの創造性
産 中小産業のデザイン支援

いかに楽しく可能性を互いに育てたいという指針です。

主な行動指針として
田舎の価値を意識共有する。若者が田舎に仕事がないから住めないのでなく仕事を育てて住めるようにすること。
子どもの創造性を延ばしつつも、その創造性から大人が学ぶ活動
中小企業の潜在能力を広く世の中に知らしめる活動

テーマは大きいです。でも言わないより言った方がましです。そんなスタンスで自分なりにできることをやってみたいと思います。


お客さま
だるまワークショップ
葭田
作品
スタッフ
コンサート
ヴィーガン
だるま
昨日地域のお祭りの打ち上げがあり、山間地の若手の陶芸家と話す機会があった。
彼は名古屋から移り住んで、都会暮らしも便利だったが今の暮らしのほうが100倍快適だという。

住む地を変えることは日本人にとって抵抗感があり、そのことが活性化を拒んでいるのではないかという話になった。つまり愛着のある地域や土地は先祖代々の記憶に残るものだからだ。

一度都会に住むと先端の情報があり、その刺激的な魅力が心地よくなる。
しかしながら、ふと田舎のゆったり時間に接すると余生を地方で暮らしたいという人も多いのではないだろうか?

地方ではIターン促進を奨励して、移住者や若者を受け入れることに尽力している。ただ、地方に仕事があるかという不安も多い。地方では地縁で成立している生業が多いことも事実で簡単に仕事を増やすことは難しい。

だからそこインターネットを使ってできるデータ系の仕事や、通販の仕事などはまだ活路はあるかもしれない。地域の農産物は去ることながら、我々のようなデザイン的な知財を提供する仕事も、裏を返せば田舎ならではの感覚も価値になるのかもしれない。

金沢でも東京に引けを取らない知財が集まり発信できる環境づくりができたら面白い。
いややってみよう。