広告とかデザインとか -25ページ目

広告とかデザインとか

デザインや広告のこと、趣味などを徒然と。

飲み会の勢い的なノリで今年も参加した金沢城リレーマラソン。

昨年も参加したのですが体力の無さを自覚して「もう絶対でない」と誓ったにも関わらず、今年も結局参加することに。2週間前にあわてて近所を走ってみましたが、やはり現実的に体がもたない。体は本当に正直なものです。

もう、前日まで、かなり憂鬱な状態で望みました。

そして、当日に。今年は3走目のスタート。
いきなり城壁に沿った急な坂を上るのですが、この時点でエネルギーの80%を使ったかんじ。やはり昨年同様の悪夢が。。この先は体力的にお先真っ暗状態で、頭が真っ白。ただ苦しい状況に耐えるのみ。やはりトレーニングもなく、体重増えっぱなしの体が言うことをきくわけもなく。

それでも、なんとか完走。(完歩というべきか)

終わった瞬間の脱力感、絶望的な苦しみの後のチームでの記念撮影や、お風呂の後のビールはやはり最高でした。

今年で最後にしようと思ったのですが、翌日から、じわりじわりと自分の不甲斐なさや体力の無さを自覚しはじめて、もう少しなんとかならないか、、と思いはじめてしまいます。

走っているときに、どんどん抜かれて情けないのですが、逆に、みんなきもちよく走っていて羨ましいなあと感じます。せめてあのくらいになりたいものだと。

そんなこんなで、とりあえず朝のジョギングは続けようと思います。体重は10kg減にむけてこつこつと。

金沢城リレーマラソン2014
新しい単車で初のツーリング。前日までノープランで行き先も決めていなかったのですが、雑誌で見た平湯がピンときて強行で行くことにしました。ブランクが長かったのでゆっくりと走りたいと思い、一泊することにしたのですが、さすがGW、前日に予約しようにも宿がいっぱいです。当然。

仕方なくキャンプにすることに。探してみると、平湯オートキャンプ場、あるある。

とりあえず寝袋とテントを巻き付けて早朝6時に出発。今回はナビもなくタンクバックの地図を眺めて行くことに。案の上、道を微妙に間違えつつ、コンビニでお茶しながら、道の駅でおやつを食べながらゆっくりと走ることに。

ならしを兼ねているので3000回転までは上げない予定でとことこと。



バイク
ラフォルジュルネ金沢に今回初めて行きました。社会人アンサンブルや高校生らが趣向を凝らした演奏を繰り広げ、とても楽しめました。
知り合いが出ていて、半分取材だったのですが、日頃の姿と違ってとてもかっこよかったです。

アンサンブルは50人や60人はいるので一つの楽曲を演奏するには、呼吸のあったチームワークが必要になるのですが、それがピタッと合ったときは替えがたい充実感があると思います。

小学生の時にアンサンブルをやっていたのでそんな感覚は今でも覚えていますし、あの時は楽しかったなあ~と懐かしく思い返したり。

高校生らがコーラスで森山直太郎のさくらを歌ったとき、うるっときてしまいました。
あ、自分にもこんな純粋に打ち込んだ時代があったなあ~と。ちょっと教えられた感があり。

いつか昔のメンバーとアンサンブルできたらいいなあなんて実現できそうもないことを妄想してしまいました。

明日はバイクで平湯に行こうと思います。宿が取れなかったので急遽テントを積んでソロツーリング。



まちづくりというと、いい響きなんですが、いったいどういう目的なのか漠然としています。

ハード的に公共施設を充実させ住みよくすること
ソフト的に文化的に豊かにすること
交流人口を増やし経済を活性化すること
定住促進して人口を増やすこと
地域産品を増やし産業を活性化すること

など、自分が関わった仕事の概念ではこんなところでしょうか。しかしながら多くの事業は楽しかったね、で終わることが多く継続的に事業として成立することはありません。

なぜか?

責任主体があいまいで対価と目標値がないからだと思います。だから成功も失敗もない。

何事も関わりるからには目標値が必要。
そんなストイックさがあって、知恵が生まれます。

現に自社で進行しているプロジェクトは全て持ち出しスタートです。
よく、なんでそんなことしているの?と不思議がられますが、これは裏を返せば社会事業として黒字化する智恵を働かせるための研究であり投資。

デザインやPRスキームがいかに大切かを立証せねばなりません。

では自分の考えるまちづくりとは、

一言でいえば「笑いが聞こえるまち」です。
そこは、ふわっとしてます。汗
精神的に豊かで笑い声が聞こえるまち、交流があり協力があり、成長がうまれるまち。
結果、子育てしやすく、働きよく、人が集まり人口が増える。

そう人口が増えることが数値目標として重要。

自社の持つ経験をあますことなく注ぎ、リアルなまちづくりを成功させたいと思います。


昨日深夜にTEDを見ていて、アメリカで食育を推進する男性がプレゼンしていました。
今の子どもたちはファーストフードを食べることにより将来寿命が10年縮まるというショッキングな内容でした。

母親が子どもに食事をつくることができないのは、自らが幼少期に料理を見たこともしたこともないという結果だということ。その連鎖は健康には致命的とのはなし。

驚くべきことに今のこどもたちは、じゃがいもやピーマンが何か分からないということもあるそうです。そのような単純な食育が行われていないため、将来大人になっても食に対する選択能力に欠けるとのこと。

こういった経験は家庭で受け継がれるもの。なんでも簡単に安く買える時代にあって、食事の安全はおざなりにされています。または今では大量流通社会にあって、消費者に安全な食べ物を選別できる手だてもありません。

便利になっていく課程では必ず何かが犠牲になっているようです。不便なことにこそ、守るべき知恵が存在しているのではないかと。食事を考え作る、オリジナルの味をつくることは家庭にとっても将来の子どもにとっても重要なことだと思いました。