『読書について』の『思索』を読んで。
この本の『読書について』の章でショーペンハウエルは、
「読書とは他人にものを考えてもらうことである。1日を多読に費やす勤勉な人間はしだいに自分でものを考える力を失っていく。」
と多読の危険性について語っている。
しかし、「車輪の再発明」を避けるためには読書が必要ではないか、と思い読んだ。(全5項)
1、僕の考え方
①興味を持ったものは買う。機会があったら読む。
②アウトプットすることで、自分のものにする。
③古典を読むことでハズレは読まない。
④ビジネス書を読んで実践する。
⑤ジャンルはバランス良く。
⑥経験する代わりに効率よく成長するために読書する。
まず、僕の読書する理由とルールはこんなもの。
2、ショーペンハウエルの考え方
では、ショーペンハウアーの読書に対する考え方は?
①思索することと、読書とでは精神に及ぼす影響に信じがたいほど大きな開きがある。
②読書は精神に著者の思想を押しつける。しかし、思索は自らの衝動に従って動く。
③もともと自分のいだく基本的思想にのみ真理と生命が宿る。書物から読みとった他人の思想は他人の食べ残しである。
④読書は自分の思想の湧出がとだえた時のみ試みるべき。
⑤次の悩みが人を読書に導く。つまり、せっかく自ら思索を続け、ようやく探り出した真理・洞察も他人の著作を覗けばすぐに見つけられたのに。
⑥しかし、自分の思索で獲得した真理の価値は、書中の真理に100倍もまさる。
⑦自ら思索する者は自説をたてる→他人の権威ある説を学び自説の強化に役立てる。
など
3、僕との考え方の違い
見比べると、まず人生において、どの価値を一番上にしているかが分かる。
僕は定まっていない。
能力開発、知識の定着、自分の思想構築、娯楽
と、
バランスよく読んでいる。言い換えれば、目的がハッキリせずにあれこれ読んでいる。
そのうち、偶然自分にマッチした思想や方法に出会えば、吸収しようという考え方である。
一方で、ショーペンハウアーが一番価値を置いてるのは、自分の頭で思索するということ。
だから、彼にとって読書することに価値はなく、立派な人物の順位は、
多読の人<学びは少ないが現実問題を自分で考えている人<自分で考え、湧出しなくなった時のみ読書する人<その中でも人類を啓蒙して、前進を促す者
となるのである。
4、発明家との考え方の違い
ここに、車輪を再発明することは無意味である、という発明家の思考との違いが見える。
発明に関しては他の人と違う仕事を見つけて、人類を前に進めるべきである。
しかし、思索に関しては
汝の父祖の遺せしものを、
おのれのものとすべく、自ら獲得せよ。
(ゲーテ)
であるべきである。
つまり、
自分の興味を持ったものについて思索した結果が、誰かが既に出した答えと同じでも、それは自分らしさを見つけたという大きな成長である。
そして、その行為は名誉やお金から発していない。(結果として名誉がついてくれば、お金も入る。)
5、アクションプラン
今後どう読書するか。
・今の自分の知識で思索することを最優先にする。
・そこから出た結論を強化するためにインプット&アウトプットをする。
・その思索で構築した思想を実現するための方法を学ぶためにはビジネス書を読む。
・教養を学ぶ時間を取りすぎない。