参考:
『論語の読み方』
『滅びゆく日本へ』
『考えるヒント』(福沢諭吉の項)
『春風夏雨』
『滅びゆく日本へ』
『考えるヒント』(福沢諭吉の項)
『春風夏雨』
前回は、自分の知識で教育に関して思うことを考えて書いた。今回は参考になると思う人物から、教育に対する考えを学ぶ。
「子曰く、学びて思わざれば、則ち罔(くら)し。思いて学ばざれば、則ち殆(あや)うし。」(『論語』為政篇ニ_十五)
1、西部邁
教育にとって決定的なのは、知育であるよりも徳育である。
徳育によって生徒に気概(スピリット)を持たさなければ、知育の効果が挙がらない。
そして徳育は教師の人格に拠るところが多い。
結局、その立派な人格の教師を誰が教育するのか、という難問が胚胎している。
教、の原義は「鞭で打って知らせる」こと。
育、の原義は「母の胎内から赤ん坊が出てくる」こと。(潜在能力を引き出す役)
教師がどちらの役目を果たすべきかは、生徒の潜在能力の違いもあるので、状況によって違い、結局適切な組み合わせということになる。
いずれにせよ教育は、教師がおのれの人格を「知育の教え方」のうちに表現する、という形で進む。
しかし、人前で表現するに値する人格を教師が持っているというのはめったになく、
大概の教師は、「おのれの人格の完成を望みつつも、その完成のまったく不可能なことを知る」という姿を、生徒の前に示すしかない。
それでいい。教育とはその程度のものである。
『昔、言葉は思想であった』の「教育」より、教育の中心は徳育であることと、教育の限界について学んだ。
2、山本七平
もう一つ、徳育がなぜ大切か。
"たとえば両親を金属バットで撲殺したような場合、法が干渉するのはその事件が起こってしまった後……であって、事前にその行為にストップをかけることはできない。
この点では法は無力……それにストップをかけうるのは本人の内的規範だけだが、政府はそれに一切タッチしない。
われわれが生きているのはそれを原則とする社会だから、各人には強固で自律的な内的規範が要請される。
それがなくなれば社会は完全に無規範となって崩壊してしまう。
これが本当の民主主義の危機であり、その点を早くから警告していたのが小林秀雄だった。
……民主主義のもとでは外から「私立」が侵されることはないが、内から腐る恐れのあることを指摘している。……
ここに、「なぜ今、『論語』か」という問題がある。
……『論語』を読んでくだされば……強固な内的規範の確立とはどのような教育によって確立されるかが、自ずから明らかになるであろう。"
民主主義と徳の関係が分かる。
3、岡潔
岡潔もやはり義務教育は徳の育成に全力を傾けるべきだと言っている。
さらに、教えるべき年齢も重要だと言っている。
たとえば、家庭教育については、
1〜3歳
大自然が情緒を育てる季節
4歳
時空を教える
5歳
自他を教える
6歳
集まって遊ぶこと、その他の面白さを教える
など。
このように、教えるべき適切なタイミングも考慮するべきである。
4、福田恆存
ほかに、注意点としていくつか頭に入れておきたいこと。
・民主主義も平和も政治の原理である。
それらは生き方の原理ではない。
教育や倫理の背景をなす原理とはならない。
・人を教育しようと思うくらい強い我意はあるまい。政治家の権勢欲など、これにくらべれば何ほどのものでもない。
・子供は教師や親が教えようとしたものを学ばないで、彼らが教えようとしなかったところで、なにものかを学ぶものだ。
・自分が真に所有しているものだけしか子供に与えられぬ。
5、アクションプラン
"ソクラテスは、この世に本当の意味で教育というものがあるとすれば、自己教育しかない、
或いはその事に気づかせるあれこれの道しかない事を確信していた。"
(『考えるヒント』プラトンの「国家」より)
今僕ができる教育は自己教育である。
徳を学んで、実践する。
反省して、学んで実践する。
徳育に奥義はない。
「生涯教育」。コツコツやるしかない。