米国の製造業は復活できるか? | 悠釣亭のつぶやき

米国の製造業は復活できるか?

トランプ政権は高関税を掛けることで、国内の製造業の復活を
目論んでいる。
鉄鋼やアルミ、自動車への関税はまさにその表れであるわけだ。
その結果がどうなるのかは、様々な要因が絡み合ってくるので、
すぐには結論付けられないが、事はそう簡単でないとは思う。


これまでの米国の製造業の衰退は何故進んだのかについて、
チャンとした分析がなされたとは思えないんだな。
例えば自動車を取ると、確かに、欧州や日本からの安価で
性能の良い車の攻勢に負けた感はある。

そして、それに対抗する確たる対応が為されてこなかった結果、
米国人が国産車を選ばなくなったために、国産車がじり貧に
陥ってしまったというように見える。

それでも、豪華な大型車に対する需要は、中流階級の、身体の
大きな米国人にとっては、かなりあったし、小型車は主に遠距離
通勤者や主婦層に特有の需要だったように思う。

即ち、お金持ちの中流階級以上の人達が、少々高くて燃費が
悪くても、ステータスシンボルとして、大きくて豪華な車を購入
していたと思う。

米国の社会において、格差が拡大した結果、中流階級の人達が
激減し、一握りの大金持ちと多数の低所得者層に分かれた結果、
大型の豪華な車は売れず、小型の燃費が良い車へのシフトが
進んだんじゃないのか?


米国の製造業における問題点は多い。
まず、従業員の給料が高いことは直接的に原価高を招く。
先進国ではどこでも起こる現象だが、米国ではそれが顕著だった。
その分生産性の向上は必須なのに、それが進まなかった。

新自由主義の拡大に伴って、短期利益を追求する風潮が強く
なっていったな。
そうすると、長い目で見た研究開発や効率化のための設備投資
などが疎かになるのは当然の結果である。

また、株主利益の拡大が進み、利益の循環よりも、配当に回る
方が主体となって、短期利益追求とともに、より良い製品を作ろう
という動機が薄れていったように思う。
かの大ボーイングですら、品質問題を起してるくらいだからねぇ。


もう一つ大きいのは、多くの米国人が楽して稼ぐことに血道を
上げるようになったんじゃないのか?
汗と油にまみれて働くのは嫌だとなれば、製造業はなかなか
難しい仕事になる。

GAFAMなどの如く、キレイな仕事で荒稼ぎするのがカッコ良い
ってことになってるんじゃないのか?
金融業の如く、キレイなオフィスでPCに向かって仕事するのが
憧れになってるんじゃないのか?


これまで、世界経済は分業によってうまく回ってきたように思う。
給料の安い途上国で服飾品を作り、土地の広い所で作物を作り、
人件費の高い国ではハイテク品を作って、互いに自由貿易で
自国の不足分を補う。

その結果、世界経済が活性化し、お互いにWin-Winの関係が
構築されてきたと思うんだが、この関係が昨今の紛争や自国第一
主義によって壊されようとしている。


米国の製造業復活の意図はその表れのように見える。
しかし、上記の如く、働かない国民、キレイな仕事しかしない国民
が多数を占めるようになれば、それは大層困難な仕事だ。

長年の衰退で、腕の良い職人は激減しているし、形の見えない
ノーハウなども失われている。
底辺状態から、高い給料の人間達が、良い製品を安価に作れる
と考えるのは殆んど幻想に過ぎない。

それでもやらねば自給という戦力が失われると思うのは勝手だが、
結局はバカ高い製品しか出来ないだろうから、そのツケは国民が
負担せざるを得ない訳だ。

 

とは言え、米国の製造業はGDPの16%程度を占め、GDPが
日本の6倍もあるから、0.16×6=0.96 とほぼ日本の
GDPに匹敵する大きさである。
数%の改善でも莫大な生産額となる訳だ。



米国の製造業の実態は日本の食糧・エネルギーの状態とよく
似ている。
大きな方向転換が必要な時代になりつつあるように思える。

世界の風潮が自国第一主義に傾き、自分のものは自分で供給
するということになれば、いくら値段が高くなろうとも自給せねば、
生きて行けなくなるんだが、今、世界はそのような時代への門口
に立っているのかも知れないな。