首相の靖国参拝について | 悠釣亭のつぶやき

首相の靖国参拝について

26日、安倍首相は就任一年という節目に靖国神社に参拝した。
早速、中韓が猛反発、アメリカからも遺憾の意が表明された。



さて、私なりにおさらいと感想を述べてみたい。


靖国神社は戦没者の慰霊のために建立されたとされる。
しかし、それは、時の政府のために戦って亡くなった戦没者という
限定付きであって、西南戦争の賊軍兵士等は祀られない。
また、外国人や士官や兵士やと、祭るべき対象の定義も曖昧。


1930年頃から以降は戦争遂行のための一装置としての位置付け
が強化された。
即ち、国のために戦って死んだら、靖国で神として崇められると
言って、納得して戦いに赴かせるという装置として機能した。
今後自衛隊の殉職者が出れば、必ず祀られる事になろう。


一度、祀った御霊は決して分祀や廃祀される事が無い。
法で強制する事は出来るかも知れぬが、それこそ政教分離の概念と
真っ向から衝突する問題となろう。
戦没者遺族が廃祀を願っても叶えられることは無かった。


いわゆる戦争犯罪人といわれるA級戦犯が合祀されている事から、
参拝は戦争肯定に繋がり、再び戦争するための準備とする人も多い。
東京裁判の合法性やA級戦犯なんて存在しないとの意見もあるが、
少なくとも、300万同胞の命を奪った戦争に対する責任者は
居たはずで、東京裁判が無効というなら、日本人として戦争責任を
放置してはならないはずだ。


昭和天皇はA級戦犯が合祀されて以来、参拝を中止された。
今上天皇もそれにならっておられる。
天皇のご意思を忖度することは禁忌かも知れぬが、大きなご配慮が
あることだけは事実であろう。
天皇の参拝は高度に政治利用される恐れがあるのは自明だから。



ということで、なかなか難しい問題を多く含む靖国問題ではある。
では、今回の参拝が何をもたらすのかを問うてみる。


中韓が大いに反発していたのは良く知られている所である。
他の国の事なんか気にする事は無いという意見もある。
しかし、敢えて人の嫌がることをして、それでも仲良くする事が
可能か?
仲良くなんかする必要は無い、という意見の人には何を言っても
無駄だから、言わないが。
アメリカの懸念はこんな所にあると思える。


口では、「いつでも戸は開けている」、「説明したい」って言うが、
それには先ず、そういう条件を整えてからというのが筋であろう。
一方で体面を汚す事をしながら、話し合いたい、は無いだろう。



今回の参拝は右よりの人へのサービスって言うか、支持の取り付け
という意味合いが非常に強いと感じる。
特別秘密保全法の強行でちょっと落ちた支持率を回復するための
札を一枚切ったという所かな。


一方で、中韓との話し合いのハードルを一段と高めたのは明らか。
首相の戦略的として、そちらが応じないなら、ハードルはどんどん
高くなるよというメッセージとも取れなくないが、逆効果であろう。


中韓が反日で国論を統一しようとしているのと、靖国参拝で支持率を
得ようとするのと、何か違いはあるのかいな。
こんな事をしなきゃ支持率が得られないって、よほど自分の政治に
自信が無いとしかいえないが。
右よりの人達の賛同は得られよう。
一方で、左はもちろん、中道的な人達の失望感はあるのではないか。


そして、これこそが最大の問題なのであるが、再び靖国が政治的に
活用され始めているという事。
個人としての参拝と仰るが、そんなのは詭弁である。
戦没者慰霊の方法は他にいくらでもあるわけで、敢えて靖国参拝を
実施したという事は政治的カードを一枚切ったというのが本当の所
であって、その効果と影響は今後大きく現れてくる事は間違いない。



少なくとも、政府要人なら、行為の利害を最優先すべきであろう。
国内の右翼への迎合以外に利益は感じられない。
損失は計り知れない。
ま、色々考えての上だろうから、何をか言わんやではあるが。
これにて、またまた混沌の度を一段と高める結果とはなろうな。



Ref.
安倍首相のモンゴル訪問
http://ameblo.jp/yct/entry-11502684733.html