イスラエルのガザ侵攻 | 悠釣亭のつぶやき

イスラエルのガザ侵攻

またパレスチナが不安定である。

イスラエルとパレスチナ自治区の間の停戦は事実上破棄された。


この地域には根元に領土をめぐる根深い不信とキリスト教、

ユダヤ教、イスラム教の深い確執がある。


元々は紀元前の時代から古代イスラエル国があったものの、国が

滅び、国民が世界中に離散したあとはトルコ帝国の領土に少数の

アラブ人が住んでいたような辺鄙な場所であった。

ところが、イギリスの南下政策遂行への思惑と絡んで、第1次大戦中、

アラブには国家建設をほのめかし、イスラエルにはこの地に

イスラエル人の大量入植とイスラエル国家の建設を認めたものだから、

アラブ人にとってはトルコの勢力圏から離れたら自分達の領土と思って

いたのに、青天の霹靂であったろう。


結局、1948年にイスラエルは建国を宣言した。

国を持たない流浪の民であった、世界中のイスラエル人はドイツの

迫害も相まって、故国の地、「乳と蜜の流れる約束の地」として語り

継がれてきた自分達の国が元居た場所に建設されたと喜び勇んだ

であろう。


何度かにわたる流血の中東戦争の結果、アラブはイスラエルを認め、

イスラエルは妥協点としてパレスチナの自治を認めざるを得ず、

イスラエル人とアラブ人の隔離共存を図ったが、国家の存立、生存を

掛けた人々にとっては、不条理にも国を奪われたという感情があり、

そんな小手先の対策が功を奏する筈がない。


宗教の壁も厚い。

キリストの誕生したベツレヘム、処刑されたエルサレム、ともに自治区に

あるが、イスラエルの実効支配化にある。

特に、エルサレムは古代イスラエル国の首都であったということからも

ユダヤ人にとってかけがえのない土地であろう。

複雑なことにエルサレムはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の共通の

聖地なのである。

アラブ人にとってもマホメットが昇天した地として、かけがえのない土地

なのである。

キリスト教の聖地でもあるがゆえに、あの何度にもわたる聖地奪回の

十字軍がはるばるヨーロッパから派遣されたのも、偉大なる思い入れの

結果であろう。


地政学的にも複雑である。

古くはヨーロッパとインド・中国を結ぶ回廊に位置し、スエズ運河の

開通はこの地の重要度をいや増した。

石油が出るにつれ、更に更に重要度が増した。



アメリカの資本の源泉を握っているユダヤ人がイスラエル国家への

攻撃を座して見ている訳はない。

アメリカの政治家を動かし、資金を動員してイスラエルの同胞を助け

ようとするのは自然の感情であろう。

アラブ人もオイルマネーに物を言わせようとする。

当然の事ながら、熱い戦いになってしまう。


イスラエルは負ければ国がなくなってしまうという危機感が強く、軍は

最新装備で固められ、兵士の士気も高い。

自治区の経済は破綻状態で、ろくに仕事もなく、じっとしていっれば

ジリ貧で死んでしまうなら、戦って死ぬという気持ちになろう。

過去の幾度かの停戦はアラブ側からのちょっかいで破られ、

イスラエルが反攻して勝利し、決着してきた。

今度も放置すればそうなろうが、多くの無辜の市民の血が流れ、

しこりがまた固く大きくなることは確実である。


今更、イスラエルに出て行けとは言えぬだろうし、アラブの主権も

尊重せねばならないだろう。だとすれば、現状を平和的に維持

してゆくしか答えは無いのではないか?

国連はアメリカが反対しようと、人道的立場から停戦監視、平和維持の

軍を出す努力をもっとすべきであろう。

そして、長期的には国民を豊かにする施策を打つべきであろう。

オイルマネーは武器供給に使うのでなく人道支援に使うべきである。


領土があり、平和な暮らしがある普通の国では考えられない厳しい

現実である。

放置すれば、対立は過激思想によって増幅され、血が血を呼び、絶える

事はないであろう。