正論は嫌われているという話をよく耳にする。

 

 

 

 

なぜ正論は嫌われているのか?

私の考え方を書いていく。

 

 

 

 

正論とは「道理的に正しい意見」ということである。

 

 

 

 

だが個人的には正しいか間違っているかの話ではなく、

 

「論理的に導き出された答えのひとつ」というイメージである。

 

 

 

 

人が言葉や行動に移す時、2つの考え方をもとにする。

 

 

 

 

それは、「感情論」と「理論」である。

 

簡単に言えば、「何をしたいのか」と「何をすべきか」である。

 

 

 

 

真夜中にお腹空いたからカップラーメンが食べたいけど、身体に悪いから食べるべきではない。

 

 

みたいな感じである。

 

 

 

 

 

いや、例がちょっと雑すぎるな。。。

 

カップラーメンの食べ残しと一緒に流してください。

 

 

 

 

 

………

 

 

 

 

 

 

正論は「理論」に該当すると考える。

 

 

 

 

論理的思考を身につけろ!とよく言われるくらいだし、正論はそんな嫌われる要素なくね?

 

 

 

 

では、なぜ正論は嫌われてしまうのか。

 

 

 

 

正論自体は問題ないが、正論を使う人の使い方に問題があるから。

 

 

 

 

 

と私は考える。

 

 

 

 

この使い方の問題について、2つに分けて説明する。

 

 

 

 

1つ目は使うタイミングである。

 

 

嫌われるということは、対話の中で相手に正論を投げている。

 

つまり、誰かとコミュニケーションを取っているということである。

 

 

 

 

人とのコミュニケーションは「感情論」が大きなウェイトを占める。

 

 

 

 

友達と話す時に「理論」ばかりで話すことも少ないだろうし、

 

そもそも道理的に正しいからというだけで友達になるパターンも少ないだろう。

 

 

 

 

そんな「感情論」重視での話に対して「理論」を急に持ち出すのはリスクが高い。

 

 

 

 

「理論」は悪い言い方をすれば、感情を無視して出された答えだからである。

 

 

 

 

相手の感情を無視したことを言うことは、相手を不快にさせたり怒らせたりする大きな原因になりかねない。

 

 

 

 

相手の感情なんて分からないかもしれないが、分からないなら尚更そんなリスクを負って言うべきではないのである。

 

 

 

 

ディベートを行う時など、相手が明らかに論理を求めているのであれば問題ない。

 

しかし、正論が嫌われるとよく言われるのは、多くの場合がそうなっていないからと考える。

 

 

 

 

 

 

2つ目は言い方である。

 

 

 

 

メールなどの文字によるコミュニケーションの場合は、書き方としよう。

 

 

 

 

正論を言う人にありがちなのが「相手は間違っている」という考え方をしてしまうことである。

 

 

 

 

このような考え方をもとに動いてしまうと、高圧的な言い方だったり相手を馬鹿にするような言い方をしてしまう。

 

 

 

 

どれだけ真っ当な意見だったとしても、そのような言い方をされると相手は不快になるだろう。

 

 

嫌われるのも当然である。

 

 

 

 

 

 

ここまで、正論が嫌われる理由について私の考えを書いてきたが、正論(理論)を否定するつもりはない。

 

 

 

 

何も考えずに正論を述べるのはリスクがある

 

ということが言いたいのである。

 

 

 

 

長くなりそうなのでここまでにするが、今度は正論をどのように使っていくかについて考えていきたいと思う。

 

 

 

 

以上