父は当時、海釣りが趣味でした。
週6出勤なのに土曜の夜は1人で夜釣りに出掛けたりするので母が怒って、父の「夏休み」に私を連れて行かせた事が数回あり、
1度は私を岸に置いて岸壁から少し離れた岩場で釣っていたら、いつしか満潮になっていて取り残され、足場もあやうく沈みかけた頃なんとかポンポン漁船に引き上げられました。
集中すると時間や周りが見えなくなるのは私と同じです。
また1度は父の釣り仲間がモーターボートを出して私も沖釣りに参加させられたのですが、張り切っていた父は早々に船酔いして岸沿いのバス停で寝込み、私が知らないおじさん達と沖で釣果を出すという、訳の分からない事態になったことも。
ちなみに父も私も乗り物酔いが激しい方ですが、なぜか私は船だけには強いようです。
父がゴルフに行くようになった頃、その道具で私が海釣りに行くようにw
ミミズ付けるの平気だし投げ釣りが特に好きだしで、好物の黒鯛が釣れたから勝手に家でおろして半身食べちゃったら怒られました。
出刃包丁を出したことを怒られたのかと思ったら違ってて衝撃だったので印象深いです。
1人っ子は基本、分けるとかみんなでとかの概念がよく分かってないんで(今は学習しました)魚を釣って持って帰ったら家族で食べる、という発想が無かった。
みんなでと言われても父が仕事から帰ってくるのは日付け変更前だから、つまり母が私にムカついただけなんじゃないかと思うんですけどね。
友達と遊ぶのを禁じていたのは交友相手が気に入らないんじゃなくて、自分の監視下に置いて支配する為だったんだと今は知ってますから。
また、釣り道具は父にとって釣りをやめても宝物だったらしく、勝手に使っていたことも怒られたな。
でもさ、自転車で行ける距離に海があって家に道具があって、好物が手に入るオマケまでついた遊びを諦める子供はいないんじゃないかなw
道具を隠された後は、手製の竿と水路のアメリカザリガニの身を使って井出でフナ釣り。
今思えばこっちの方が危険だった…
あの頃、なんで子供が井出に近づかないようにしてなかったのかね?分かりにくくて魅力的な遊び場だった。
説明:井出とは
木陰にある湧き水の水源。降水量の少ない地域だから水を溜めて農地に引いていた。太い木枠でかなり深く巨大な井戸みたいな形で、落ちたら終わりだと誰が見ても分かる程、雑な作り。
この井出は沢山あって大人は危険だから近付かないし、溜め池と違って底まで水が澄んで綺麗なので、子供には知る人ぞ知る穴場スポット。
私が大人になり、父が退職してからの思い出は、なんか危険なことが多い。(釣り時も割と危険w)
既に身体を壊していたので家の周辺での出来事で、特に私の愛犬とやらかしています。
春の朝、犬を連れて散歩に出た父は冬場に行きなれた溜め池の土手を歩いてる最中に、犬と自分がさっきから大量のヘビの上をふしゃふしゃ歩いてる事に突然気付き、慌てた弾みに溜め池に落ちた…。
怪我は無かったけど衛生的に溜め池の水は嫌過ぎる。
冬眠から出てきた無毒のヘビ達に全く気付かない犬もどうかと思うw
我が愛犬はラブラドールレトリバーで水が大好きな犬種なので、その一件で味をしめて数回父を池や川にに引きずり込んでいる。
↑私に絶対服従だった愛犬は、父には強気で好き勝手、初めて会った祖母には躍りかかる暴挙をやらかしたが何と動物嫌いな祖母は無関心にあしらったため、それ以降は犬が祖母に無関心になった。
ある時は普通に犬を連れて道路を散歩していたが、近所の人に「おぉ~、まーちゃん」と呼ばれ振り向いた瞬間、足を踏み外して水路に仰向けで落ちた。
農道の水路はコンクリート整備なので、さすがに怪我した。頭を打たなかったのは奇跡。
父より遥かに年上のじいさまが走って呼びに来たことに私は仰天したが、事の次第を知った時にはもう驚きもせず。
今回は犬のせいでは無かったが、落ちた父を見て犬が喜んでジャブジャブ入って行ったため、ジャンボタニシの鮮やかなピンクの卵がセットで思い出される。
お気付きかと思いますが、
私のファザコンは背筋がシャンとしていてオーダーメイドのスーツ姿が素敵でカッコいい父と、地域活動等で絶対に正論を通すビジネスマンならではの強引さ。それを強さだと勘違いしていた無知な子供ならではの憧れに過ぎず、
仕事や責任から離れた瞬間、なんとも間抜けな感じになってしまうのです。
自分で服を買うことも無く、母が買ってきた中でも地味なものだけを選んでリピートする徹底した落差。
こんな人だったっけなと退職してから知った感じw
しかし私が航空機に憧れたりミリタリーな乗り物(ミリヲタではない)に惹かれるのは、多分刷り込み。元自衛隊で、その後飛行場勤務の後ビジネスマンにという歴史を無意識な乳児の頃から見てるせいだな。
ファザコンはスーツのせいではないのかもね。
この記事は、アレを読んで思うところはあれど泣きはしない、一部分感情欠如してるらしい私が、あの一文を見て自分のきっかけは何だったかなと思い出そうとして書いてます。
エピソードが黒豹よりはるかに情けないことに、今驚いてるのでした。
追記:
尊敬出来る所も少しは思い出さねば。
自衛隊出身の為もあり、ほぼ全ての乗り物の免許を保有していた。←これは憧れた
ボイラー技師も電気工事士もその他様々な専門の資格も保持していた。
他に…思い出せるようなら追加しよう。