えんためのはなし | 罪なやつら

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重度睡眠障害のAD/HD。記憶が保てないため、エンタメの感想と、少しでも楽に生きる日々を記録。
推しを嬉しくを楽しむ日々が続きますように。

ついさっき、
能町みね子さんがTwitterで疑問を口にして、
またそれについてのリプにお怒りになっていた。
能町さんは時々そういうことになる。

この言い方は正しいか分からないけど
そういうことになる。
これを見る度に「あぁ。」
って思いながら、でも嫌じゃないなと思う。
能町さんの疑問というか指摘は、
大体いつもとても正しいけれど見過ごされがちなことだったりする。
少なくとも、私はスルーしちゃったけど言われてみればそうだな!って納得する。
例えば、

今回のは、12月14日に生放送されたTHE MANZAIのネタ。
アキナというコンビの
「俺はゲイだ」
「キショい!」
というやり取りが差別的であり、
それを評価したビートたけしもどうかと思うが、
同じゲイ発言でもトレンディエンジェルというコンビの
「俺はゲイだ」
「ハゲでゲイは嫌!」
のやり取りは差別的ではなかった。

端的に言うとこういうこと。
私はこれを見て
”あ、それでか~!”と腑に落ちたというか。
好き嫌いにも実はちゃんと理由があったのね~と。アキナは決勝に勝ち残るだけの実力をしっかり示す話術を披露していたけど何か好きじゃないわ、とスルーしたのよな。
その後、ゲイネタがビートたけしに受けたのを見てアドリブで入れてきたトレエンに関しては、微笑ましく見た。

「何か好きじゃない」
と、
「微笑ましい」
の差が何であるか、能町さんのツイートで分かったなぁ。

アキナの方は「ゲイなんて気持ち悪い」
トレエンのは「君がゲイなのは嫌だ」
大きな差だよね。これに気付かず、何か好きじゃないわで済んでしまった私の鈍感さよ。
関西人特有の表現の問題であって(言葉が足りない、簡単に縮め過ぎる)、多分差別的な批判を漫才に練り込んだわけではないんだろうけど、
話術を披露する芸としては、差別的に聞こえないように言葉を扱うべきではないのか、それも技術のうちであり、その配慮が欠けていたと感じたから「好きじゃないわ」になったんだろう。
そして、差別を全く感じさせずに被せてきたトレエンに好感を持った。私はね。

ここで1つ。
差別的だと捉えた上で、面白いと思った人がビートたけしであるということ。と、
ビートたけしと同じように面白いと思った人がもちろんいるということ。
エンターテインメントの分野の1つとして、悪意を楽しむというジャンルもあり、
それはもう、好きか嫌いかでしか判断出来ないものだったりする。正しいか間違いかではなく、良いか悪いかでもなく。

ちなみにツービートは時事ネタ漫才、ハッキリと差別もすれば悪口も言う愉快痛快ってやつ。私も面白いと思う。ただし好きではない。
もっと言えば、私は爆笑問題も大好きだけど、爆笑問題のネタで笑うけど、ネタをやる爆笑問題が好きか?と問われると好きではない。
これに関しては好みの問題なんだよなぁ。

私個人は、誰も嫌な思いをしない、ただただ楽しい笑いが好き。ピリピリするスリルを漂わせるような笑いは好まない。
あと、本人たちが身を削るような辛い笑いも好まない。面白くても。

私のようなボーっと好き嫌いを感じるだけの人間に、
能町さんのような異才が、たまに物凄い核心を教えてくれることがあるなぁ…って。
反論されて怒ってリプ返したりしてるのを、
もしかしたらわざとやり取りをして見せてるのかな?ってくらい、真っ向から考えの違う人を選んで戦ってるような気がして
嫌いじゃない。

たまに、ファン放ったらかしでアンチとばっかり戦う有名人を見かけるけど、そういうのとは感じが違うというか。
これがまたどう違うかは私の頭じゃ説明が出来ないというね。

ちなみに、私は能町みね子さんをTwitterで見かけて好きだな~と思ってフォローしてる。ラジオリスナーではないし、コラム追いかけてないし、
深夜に偶然見かけて気に入った「久保ヒャダ」が「久保みねヒャダ」になった時はちょっと抵抗感があった…くらいなw
Twitterではちょっと好きぐらいだったのが去年の「共感百景」を見て、タダもんじゃない頭脳に恐怖を感じて注目し始めたような、
そんな存在です。

このような人が日常にいて、
ネットが手軽過ぎる時代だけど、
良い一面もあるなぁと思うわけです。

この文章…
何が書きたかったのか分かる?
(・・;)
むっちゃくちゃだな。
まあ…いいか。