「タイム・パラドックス」という言葉を聞いたことがありますか?

 

 例によって、良く知っている方はスルーして下さい。考えた事の無い方はちょっと考えて見て下さい。ただし今回の話題は、フィクションの中での辻褄を合わせる話で、考えれば考えるほどグルグル回って「思考の無限ループ」に陥ってしまう可能性があるので気をつけて下さい。

 

 と言う事で「素朴な疑問を大切にして、論理的に考えてみよう」シリーズ第4弾は、ちょっと矛先を変えて「SF」の1ジャンルの話。ちょうど地上波の今クールで「恋つづ」と話題を二分したドラマ「テセウスの船」も最終回を迎えたところですし。

 

 小説や映画、コミックスでも「タイム・スリップタイム・トラベルタイム・リープ)もの」は非常に魅力的な題材で、過去沢山の作品が生まれ、傑作と呼ばれるものも多く、上手くできている作品は非常に面白い。

 ただし、「時間を遡る」という設定には、どうしても「タイム・パラドックス」の問題が付いて回る。これに何らかの解釈を与えておかないと、良く考えてみると全然納得できない物語になってしまう。

 

 「タイム・パラドックス」とは、タイム・スリップして過去を変えてしまう事により起こる矛盾の事で、代表的な例として「親殺しのパラドックス」と呼ばれるものがあります。

 過去に戻って、自分が生まれる前の両親(のどちらか)を殺してしまった場合、そもそも親を殺した自分自身が生まれない事になって、過去に戻ることもなくなる。過去に戻る事がなくなれば、両親が殺される事もなくなり… といった矛盾が生じる。

 自分が殺さないとしても、過去を改変する事によって「バタフライ効果」のようにちょっとした改変がとんでもない事象につながる事になり、様々な矛盾が想像できます(「バック・トゥー・ザ・フューチャー」Part 1で、両親が結婚しないような方向に進んで行くと、持っていた写真に写っていた兄弟が消えて自分も薄くなっていく、というのがまさにこれ)。

 

 「ドラえもん」では(過去改変の秩序を守るタイムパトロールまで登場させているのに)その始まりからパラドックスを孕んだ設定になっていて、のび太の子孫のセワシ君が、将来ジャイ子と結婚して借金まみれになるのび太の運命を変えようとドラえもんを過去に送って来る(スケールは大分違うけどターミネーターも同じような設定ですね)のですが、過去を変えてジャイ子と結婚しなくなったら、セワシ君も生まれなくなるのでは、と心配するのび太(読者の立場に立った疑問ですね)に「寄り道はしても結局は変わらず生まれて来る」と言うような説明をしています。
 でもこれも「ちょっと待って? ジャイ子が親じゃないセワシ君は、遺伝子の違う別のセワシ君なんじゃないの?」と言った疑問が生じる訳です。

 

 タイム・パラドックスの解決方法(フィクションの中での)は、一般的には

  1. 変えようとしても過去は変わらない
   小さな事象を変えても、結果的に歴史は変わらない方向に動く
  2. 変えた瞬間に世界が消滅する
  3. 変えた瞬間から世界が分岐して、パラレルワールド*が出現する
   あるいは、遡った過去というのは既にパラレルワールド*である。故に、その世界はそこからの時間が新たな未来であり、過去を変える事にはならない。
   従って、元の世界は何も変わらない

 

    *パラレルワールド:並行世界・並行宇宙。この世界とほんの少し違う世界が平行で複数存在すると言う考え方。

 

 結果的に、過去を変えられる、という設定にした時点で、もう解決方法は「パラレルワールド説」をとるしか無い、という事になります。

 

 「テセウスの船」でも(原作は読んでいないので、テレビ版では)最後に一言だけ「パラレルワールド」を匂わせるセリフがありましたね。元々タイトル自体がパラレルワールドを想起させていた訳ですが… 

 

 昔は作者側も、先ほどのドラえもんの例のように、ある程度納得できそうな仮説を作品内で説明したものですが、タイム・スリップものが量産され、受け手側もそれに慣れてしまい、だんだん深く考えずに「そういうものだ」、「どうせフィクションなんだから、矛盾なんて気にしないで楽しめば良い」という傾向が定着してきたのか、作者側もそれに甘えて矛盾があっても説明しない、あるいは無視してしまうケースも増えているように思えます。

 (「禁じ手」とされていた「過去の自分に会ってしまう(会話してしまう。同じ時間に自分が二人存在してしまう)」といった設定も節操なく使われだしているのは気になります。未来の自分に会った記憶を持ったまま過去に戻ったのか、記憶は都合よく消えるのか?)

 

 勿論他にも「映画やドラマの中でしか成立しない非現実的な設定」というのはいくらでもありますし、「Star Wars」のように、はなから「遠い昔、遥か彼方の銀河で」という、もはや我々のいる世界の常識(理屈)は通用しない世界での話(Science Fictionではなく、ファンタジーの領域。「ハリー・ポッター」の魔法だって、誰も科学的な根拠は求めない)となれば「何でもあり」でも良いのですが、それでも「タイム・パラドックス」についてだけは、「そもそも我々の住む世界とは時間の概念が違う」といった非常に理解し辛い世界(次元?)の話でない限りは、どのような設定の中でも、過去の改変が未来に繋がると辻褄があわなくなってしまいます。

 

 辻褄を合わせる為にパラレルワールドを持ち出した時に、作者側として問題になるのは、主人公がパラレル・ワールドに気づいてしまった時点で、物語は進まなくなる、という事。だって、いくら努力したって、自分がこれまで生きて来た世界(時間)は変えられなくて、変えたように思っているのは全く別の世界だとすれば、それでも変えようと思うのか、となってしまいません?

 それでもやはり、何かキッカケとなる事件に遭遇し、そのままだと悲惨な未来が訪れるとするなら、別の世界だとしても何とかしようと躍起になる、という持って行き方で物語を面白くするか、設定はそうでも、主人公だけは気が付かない事にするか、矛盾には目をつぶって(視聴者にも目をつぶって貰って)面白ければいいんだ、と開き直るか…

 

 最後は作り手の良心に委ねるしかない、ですかね。

 それでも受け手側としては少しでも「あれっておかしくない?」と考えたり声を上げたりしないと、「ほらみろ、やっぱり誰も気にしないじゃん!」(テレビによく有る悪しき傾向「視聴率さえ取れればいい」)といった視聴者をばかにした風潮が当たり前になって、必然的に作品の質が落ちて行く、質が落ちれば心有る視聴者は離れて行く…  といった「負のスパイラル」に陥ってしまいかねません。

 「回収しきれなかった伏線」は話題になるのに、「過去の改変」で起こった矛盾や、パラレルワールドだと考えてみても辻褄が合わない部分にはあまり触れられないのがどうにも気になって、たまにはこんな事を考えてみるのも良いのではないかと、老婆心ながら申し上げる次第です…