「素朴な疑問を大切にして、論理的に考えてみよう」シリーズ第2弾は、今更ですが「血液型」についてです。
科学的根拠がない、と言うのはもう常識なのに、未だにちょっとした会話の中で出て来たり、差別問題になってBPOが声明を出したのにも関わらずテレビでもまだ時々ネタになる「血液型」。(日本で)ここまで浸透してしまっている「血液型(診断?)」を例に、なぜ当たっていると錯覚してしまうのか、元になるデータは正しいのか、といった観点で考えていきましょう。
<この辺り、よく分かっている人も沢山いると思うので、そういう方はスルーして下さい>
「占い」なら「外れたね」ですむところが、こと血液型に関してだけはなぜか「え、違うなんて珍しいね」という風に、あくまでも「正しい」方に考える人が多いこと。何より気になるのは、「信じていない」と言いながらも「一般常識」のように会話に出てくること。
日本でこれだけ広まった理由で大きいのは、みんなが自分の血液型を知っている事と、4つの血液型がうまい具合に程良い割合で分散しているから、そして4つなら覚えやすくて共通の話題として会話しやすいから、といったところでしょう。12星座全ての性格や特徴を言える人は少ないでしょうから。
ただ、先ほどのBPOの声明の話もあって、何気なく話題にしている人、少数派へのブラッドタイプ・ハラスメントになるから気をつけて下さいね!
<血液型による性格分類が正しいように思えてしまう要因は、以下の3つの心理学的な効果で説明できると言われています>
*詳しく書くと長くなるので、検索して見て下さい。「血液型 バーナム効果」とかでも色々な例が出て来ます。
【バーナム効果】
個人の性格を診断するかのような準備行動が伴うことで、誰にでも当てはまることを言われ、それが自分にだけ当てはまっていると勘違いをしてしまう現象のこと(Wikipediaにも載っている「フォアの実験」の部分を読んで見てください)
「あなたは基本的には〇〇だが、△△な面も持っている」みたいな言い方をすると、誰でも当たっているように思えてしまいますよね。
【予言の自己成就】
根拠のない予言(占い)であっても、人々がその予言を信じて行動することによって、結果として予言通りの現実がつくられる(当たっている、と錯覚する)現象のこと
(→ラベリング効果:「あなたって、こういう人だよね」と決めつけるようにラベルを張ると、本人は貼られたラベルの通りの行動をとるようになる)
【確証バイアス】
自分の考えに関して都合のよい事柄だけに注意を払い、それにそぐわないものは無視する、見方の偏りのこと(結果として稀な事象の起こる確率を過大評価しがちになる)
さっきの例のように、当たらなかった時に「A型なのに珍しいね」とか言ってしまう(それって珍しいんじゃ無くて、単に当てにならない事の証明だよね?)、挙句に「O型よりのA型なんだ!」とか、「親がO型なんじゃない?」とか、無理やり結びつけようとしたりするのも「血液型あるある」ですよね。
<さて、ここからは、素朴な疑問として、論理的に考えてみて下さい>
元々は統計的なデータをもとに性格が分類されたとして(前回の統計の話とも通じますが)、
1. 統計で「性格」が計れるのか?
性格は数値で表せるのか?
「几帳面」ってどんな人? 「大雑把」って?
家計簿は毎日きっちり付けてるけど、机の上はゴチャゴチャの人は「几帳面」なんだろうか? 逆に部屋は綺麗できちんと整理されてるけど、家計簿や日記は挑戦しても三日坊主の人はどうなんだろう?
几帳面(A型)と大雑把(O型)なら、まだAかBかで分けられる気はするが、「マイペース」(B型)、「天才肌」(AB型)の定義って?
「適性検査」のように、何か1つの指標に対して、その傾向が大きいのか小さいのか、という判断をするならまだ数値化に近い感じはする。
例えば「几帳面」を指標とすると、「100%几帳面(そんな人がいるのかは別として)から「全く几帳面でない(0%)」の間でどの程度なのかを示す。アンケートで言葉で選ぶなら「几帳面」「どちらかというと几帳面」「几帳面なところもある」「どちらかというと大雑把」「ズボラ(?)」といったところ。(ところが!! 1~99%の間にあれば、「几帳面なところもある」A型の人は「やっぱり当たってる」と言われ、一方でO型の人も「ほぼ大雑把」と考えて、こちらも「やっぱり当たってる」となりますよね(バーナム効果+確証デバイス入ってる!)
でも「几帳面」と「大雑把」ならどっち寄りか判断できそうだが、どっちかに寄ってたらA型、大雑把よりならO型とすると、Bと ABの人はどこにいっちゃうんだろう。BでもABでも、几帳面な人はいるし、大雑把な人もいるのに。
「マイペース」の度合いで測ったら、マイペース度が強いのがB型で、それ以外はAでもABでもOでもいいのか?
2. 人には色々な顔がある。
会社での顔、プライベートでの顔、親しい友達といる時の顔、家族でも、親に見せる顔と、パートナーや子供に見せる顔は違うはず。ではどの顔を持って、その人の性格と言うのか?
自分で思っている性格と、人が見た性格も違う。
見る立場や条件によって人の判断は大きく変わる。
3. 生まれ持った性格と、環境の影響により形成される性格はどちらの比率が高いんだろう?
例えば、同じA型の人でも、日本で生まれ育った人と、アメリカで生まれ育った人とか、長男と末っ子とか、大家族と核家族とか。
日本では時間を守ったり、衛生的にするのが当たり前だけど、ある国では全く違う例もあるが、それは血液型のせいなんだろうか?
4. なぜみんな人を「括りたがる」んだろう?
あの人は「A型だからこういう人」では無く、あの人だから、でいいじゃない?
かなり端折ったつもりが大分長くなってしまいましたが、みなさんどう考えますか?