モロッコのミントティーは、メタルのポットを使って直火で作るので、ハンドルが熱くなり、ポット掴みが要る。
最低二回、主人が休みの日は五回くらいミントティーを入れる我が家のは、ボロボロで、シミだらけ。
一応、鳥なのだが、いつの間にか目が取れてしまった。
いつか、「今度のモロッコ出張で、新しいのを買ってきたら?」 と言い、
「いや... これ、母さんがくれたものだから...」 と寂しそうに主人が答えたことがあった。
それ以来、私は何も言わず、益々ボロボロになっていく、目の無い鳥のポット掴みを使っている。
義母が亡くなって、15年近くになる。
主人は未だに時々、ふと、「マ・マモン...」 (僕の母さん...) と呟くことがある。
主人は、それはそれは義母のことを愛していた。
義母も、それはそれは主人のことを愛していた。
大体、主人は愛情深い人である。
私のことも、それはそれは愛してくれている。
そんな人だから、血の繋がりがない長男も、すんなり我が子として愛し始めてくれた。
私は自分は結構いい母親だとは思うが、決していい妻とは思えない。
それでも、主人は私のことを世界で一番の妻のように、愛してくれている。
もし私が死んでしまったら、私を思い出す物でいっぱいのこの家で、主人はひどく苦しむだろう。
あの人に、先に逝ってほしい。
一日でも一時間でも、絶対にあの人より長生きしたい。
それが、主人に最後にしてあげれること。
あの人には苦しんでほしくない。 自分が苦しむ方がマシだ。
あれだけ親を愛し、愛され、主人は幸せな人だと昔は羨ましく思ったものだが、
ボロボロのポット掴みを見ては母親のことを思い出し、痛みを感じ続ける主人は見ると、
幸せな人なのかどうなのか、分からなくなってくる。
私も息子達を苦しめるのだろうか。
いつか、私を思い出す物を見ては、「マイ・マム...」 と呟くのだろうか。
そんなことを考えながら、熱いミントティーを啜る。
家庭によって入れ方が違うのだけど、我が家のミントティーの入れ方は...
まず、茶色くなった葉っぱがないように丁寧にミントを選び、キレイに洗う。
ポットいっぱいにミントを入れ、緑茶をほんの少しだけ加える。
砂糖もかなり入れ、まるでミントキャンディーかと思うほど甘かったりするのだけど、
(モロッコでは田舎の人ほど甘くする。)
うちは、甘いお茶やコーヒーが苦手な私のために、砂糖はちょっとだけ。
ポットに思い切り沸騰した湯を八分目まで注ぐ。 ←重要
そして、ミントの葉が浮いてこないようにスプーンで混ぜながら、沸騰して吹きこぼれそうになるまで煮たてる。 ←重要
火から下ろし、ポットの蓋をして、数分蒸らす。
香りが立つように、ポットの高さを上げながらグラスに注ぐ。
揚げたてのベニエなどと頂く。
愛し、愛された人の思い出話に、耳を傾けながら。