欧米人は頭、日本人は胸 | グローバルに波乱万丈





「“マインド” は体のどの部分か?」 

アメリカの心理学の教科書だったか、心理学ジャーナルだったかで読んだことがあるのですが、

この質問に対して、欧米人は頭を指差すのですが、日本人は胸を指すとありました。
  


前回の記事で、ジョン・ミルトンの言葉の日本語訳を検索し、

英語の 「マインド」 を 「心」 と訳してあるのに、ものすごくビックリしたんです。 



"The mind is its own place, and in itself can make a heaven of hell, a hell of heaven."

には己の場所がある。 そしては自らのうちに地獄から天国をつくり、また天国から地獄を作り出す。 ”

というものは、それ自身一つの独自の世界なのだ、地獄を天国に変え、天国を地獄に変えうるものなのだ。”




私の説明も書いたのですが、自分も 「心」 を使うこと、かなり抵抗がありました。



私、2、3年前にこのブログを始め、おかげさまで日本語力がずいぶん回復したのですが、 (しゃべれませんが。)

この20数年、日本人、日本文化、日本語と触れることもなく、英語だけの生活でしたから、

いくら日本語が読み書きできるようになっても、言葉のニュアンスが把握できないところがあるんです。



日本語の 「心」 はかなり深い、いろんな意味合いがあるようですが、

英語の 「ハート」 は日常ではあまり使う言葉ではなく、医者が詩人じゃなければ、グリーディングカードで見るくらいです。 


また、英語の 「マインド」 と同じニュアンスの日本語の単語はないようです。

「心」 とはちょっと違います。 


ジョン・ミルトンは、自分の考え方、思考次第で、自分を不幸にも、幸せにもできるってことを言ってるわけですから、

脳、精神、知力のことだから、頭の脳の中であって胸でじゃないって思ってしまうんです。

日本語での 「心」 のニュアンスが把握できてない私には、「心」 を使うのはどうも腑に落ちない気持ちなんです。 



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いつか日本に帰った時、銀行のポスターで “ハートフルな○○銀行” とあり、考え込んだことがあります。

「ハートフル」 は和製英語だとすぐに察したんですが、

「ハート」を英語のニュアンスで 「心臓」 と取ってしまい、臓器バンクのようなイメージを浮かべてしまいました。

“心のこもった”、“まごころで溢れた” という意味だということに気づくまで、かなり時間がかかりました。




英語が上手なんだけど、日本語のニュアンスで英語の単語を使ってる日本人の人がいたりして、

外国人には言いたいことがきちんとは伝わってないだろうなぁ、と思うことがあります。 


英語、フランス語、スペイン語などは出もとが同じですから、単語の意味やニュアンスがそんなに違わないのですが、

日本語はまぎらわしい意味合いの違いがあるので、

日本語をきちんとキープし、英語もマスターするのは大変なことだと思います。



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ジョージ・マイケルの 『ラスト・クリスマス』 を聴きながらした次男とのやりとり。


次男、 「“Last Christmas、 I gave you my heart. But the very next day、you gave it away.

(去年のクリスマス、君に僕のハートをあげたのに、すぐ翌日、君は誰かにあげてしまった。)

...って、なんか変な話て思わへん? ┐( ̄ヘ ̄)┌ 」


私、 「うーん。 これって心臓移植の話ちゃうのん? ( ̄* ̄ ) 」


次男、 「あぁ! やっと心臓移植ができるいうのに、待ってる他の人に回してあげたってこと? えー話やなぁ。 (・∀・) 」


私、 「なわけないわ! (`・ω・´)┌ 」


(もちろん、英語でのやり取りでしたが、テンポは関西弁でしたもんで、はい。)