回顧録: 息子への手紙 13 | グローバルに波乱万丈

Dear MY SON、

最後に大きく呼吸をした前夫の心臓が止まり、最初は平穏な、ほっとしたような気持ちでした。 彼の戦いが終ったような... 負けてしまったけど、もう戦う彼を見なくてもいい... そんな安心感でした。 

そして、次ぎに押寄せた感情は、傷みに似た悲しみでした。 硬直することもなく、引きつることもなく、動かなくなった彼は、目を瞑り、穏やかな表情で寝むっているかのようでした。 やっと本当の彼、自分の夫が戻ってきたようで、突然、彼は死んでしまったという事実に胸に衝かれたような思いで、私は子供のように声を出して泣いたわ。

「自分がやったことは間違っていたんじゃないか...」、「どんな姿でもいいから、そばにいてほしかった...」 いろんな思いが頭を巡りました。  

知らせを聞いてやってきた義理の家族も、同じだったのでしょう。 最初は安堵感、そして、息子、兄の死の実感。 義妹も義弟も、事故以来始めて声をあげて泣いていました。 それまでは、泣くに泣けなかったのよね。 それまで一年半堪えていた悲しみがどっと溢れ出したように、泣き続けていたわ。 若いあの子達が泣きじゃくる姿。 胸が抉られるような悲しい光景だったわ。 

葬儀屋の人達がやってきて、シーツを被された彼を担架で連れて行き、彼の体さえ目の前から居なくなってしまい、また涙が流れてきました。

義理の家に皆で戻ったのは、かなり夜遅くなってのことでした。 皆それぞれ、泣き、泣き疲れて呆然とし、また込み上げる悲しみで泣き始め... 何時間もその繰り返しだったわ。 

一歳十ヶ月だった貴方をいくら寝かせようとしても、ベットに横にもならなかったの。 いつもいい子だった貴方には珍しく、寝ることを拒否していたわ。 貴方は家族、そして挨拶にやってくる近所や親戚の人達の足元へ行き、一人一人に抱っこをねだりました。 笑顔で首に抱きついて、悲しんでいる皆を慰めようとしているようでした。 

朝の4時くらいだったかしら、貴方は突然、張った糸が切れたかのように泣き喚き始めたの。 誰があやしても泣き止むことなく、大きな声で泣き続けたわ。 いくら小さくても、貴方は部屋いっぱいの悲しみを感じて、居たたまれなかったのでしょうね。 あんな小さな頃から辛い思いをさせて、ごめんなさいね。

そして、貴方の泣き出したと同時に、突然雪が降り始めたの。 初雪だったんじゃないかしら。 単なる偶然だったのでしょうが、涙を流す貴方を抱きかかえながら見る、暗闇に静かに舞い降りる白い雪。 余計やるせない思いでした。

25歳、私は未亡人となりました。 

あのクリスマス・ツリーの前で微笑む中年の夫婦の写真を見て、「自分なんかでも幸せになれる。」 そう信じてアメリカにやってきて、「やっぱり私は、幸せにはなれない人間なんだ。」と、自分に言い聞かせました。

お葬式は8日後でした。 彼の遺体は死因究明のためと解剖に送られ、時間がかかったんです。 8日も経った彼の体は縮んで土色となり、化粧を塗られ、まるで蝋人形のようで、もう彼ではなくなっていたわ。 お棺に横たわる彼を見ても、涙は出なかった。 その宗派の教会ではね、天国にいる全ての教徒の魂が、近々地上に降りてきて生き返ると信じていたの。 その時に体が必要だからと火葬はせず、臓器の提供はしないかったわ。 

不思議なことに、お葬式の日のことはあんまり記憶にないんです。 ただ、墓地での埋葬で、義父が私の肩を抱いていたような覚えがあるわ。 そして、私にお悔やみの言葉をかけてくれる人達に、義母は... なんて言ったらいいのかしら... 私は最後に夫のためにつくした妻であるというよりも、勇敢な兵士だったという言い方をしていたわ。 彼女の指示の元で動いたというニュアンスがあり、嫌だった。 そんな義母の言葉に困惑する人もいました。 もちろん、義母に反論をしたことなどない私は、貴方を抱いて彼女の横で黙って立っていたわ。 きっとその頃から、義母の中で私への嫌悪が膨らんでいったのでしょう。 

そう、そう言えば、私、一度だけ義母の言うことに従わなかったことがあります。 それはね、死んでしまった前夫と神殿で結婚式を挙げること。 死んだ人と結婚式... 私、それはどうしても納得がいかなかった。 そんなことのために教会の決まりに従い、いい教徒をするつもりなんかなかったわ。 義母にしたら、私のせいで天国で私と前夫は夫婦になれない。 そして、前夫は貴方を息子として、義母は貴方を孫として、皆で家族として天国で過せないということになるのね。 理解しがたい考え方だけど。 義母が後に私に腹を立てたのは、それも理由の一つなの。 

前夫の死亡証明書の死因の欄は、数ヶ月間“未確定”のまま発行されました。 解剖で胃を調べ、流動食を止めたことが知られてしまったのでしょう。 私が知らぬ間に、調査が始まっていたんです。  

続きは次の手紙で...


Love、MOM


追伸

私が死んだら、心臓も肝臓も目も、使ってもらえるものは全て使ってもらってください。 誰かのためになるのなら、お母さん嬉しいわ。 そして、火葬して大きな木の根元に灰をばら撒いてね。 木の一部になって小鳥達と過すから、時々会いにきてください。 I love you with all my heart, and I will always love you no matter what. You are my son forever and ever.