愛情にいっぱいの優しいお母さん。 マイペースで偏屈者のお父さん。
彼らの息子達はお父さんには頭を抱え、私はよく文句を聞かされます。
「お母さんが可哀そうだ。」と、彼らは愚痴ります。
お母さんが18歳の時、ドイツでお父さんに出会い、パリでプロポーズ。
19歳でオーストリアで結婚し、今年で45年になります。
「結婚で一番大切なのは、辛抱よ。」
と言うお母さんは、そんな偏屈者のお父さんを心から愛しています。
お父さんはお母さんのことを心から愛しています。
私とおしゃべりしているお母さんの横に、黙って座るお父さん、
そっと手を伸ばし、お母さんの手の甲を自分の甲で触れるのです。 妻の温もりを感じたく。
私は合わさった手の甲を見て、お父さんに微笑みます。
お父さんはちょっと照れくさそうに手を引っ込めます。
お父さんはお母さんを、お母さんはお父さんを、どうしてそんなにも愛しているんだろう?
私は主人をどうしてこんなに愛しているんだろう?
確か、始めはあの人の目が好きだったような気がするけど、
今では、あの人は私の主人だから...
主人が私を愛してくれているから...
主人を愛している自分が好きだから...
主人と一緒にいる自分が好きだから...
お父さんもお母さんも、そんな感じなのかも。
アントワーヌ・ド・サンテグジュペリの「星の王子さま」のキツネを思い出します。
キツネは別れることになると知りながら、王子さまと仲良くなることを願います。
この章を何度も読んで、私は切なく何度も涙を流すのです。
自分の言葉で和訳してみます。
“僕にとって、君はまだ他の十万人と同じような一人の少年にすぎないだ。
君がいなくても僕は平気だし、君にとっても僕がいなくても平気。
君にとって、僕は他の十万匹と同じような一匹のキツネにすぎないだ。
でも、もし、君が僕と仲良くなったら、僕達、お互いがいないと平気ではなくなってしまう。
僕にとって、君がこの世で唯一の存在になり、君にとって、僕が唯一の存在となるんだ。”
お母さんにとってお父さんは世界で唯一の存在、お父さんにとってお母さんは世界で唯一の存在となっている。
私にとって主人は唯一の存在となっている。
お互いがいないと平気ではなくなってしまっている。
去年、お母さんが泣くことが時々ありました。
お父さんは糖尿病で心臓が悪く、いつ心臓発作が出るかわからない状態だったのです。
「いつ雨が振りだしてくるかわからない、真っ黒な雨雲に覆われているような毎日なの。」
そう言い、お母さんは涙を流していました。
お母さんはお父さんを亡くすことが何よりも怖いのです。
45年も一緒にいた夫を亡くす苦しみなんて、想像したくもないのです。
でも、夫を亡くしたことのある私は、突然、思い出の中に取り残される苦しみを少しだけ知っています。
キツネは王子さまに言います。
“僕はちょっと退屈してる。
でも、もし、君が仲良くしてくれるなら、それはまるで、僕の人生に太陽の光が射すようなことなんだ。
僕、足音の違いがわかるようになるんだよ。
他の足音は、僕を急いで地面の下に逃げ帰させるだろう。
でも、君の足音は、まるで音楽のように穴から僕を誘い出すだろう。
そして、見てみて。 麦畑が見えるだろう。
僕はパンを食べるわけじゃないから、麦なんか僕には何の役に立たない。
僕にとって麦畑は何の意味もないだよ。
それって、悲しいよね。
でも、君の髪の毛は金色。
君が僕と仲良くなったら、どんなに素晴らしいことになるか考えてみて。
金色の麦が、君を思い出させてくれるようになるんだ。
そして僕は、麦畑にそよぐ風の音すら大好きになるんだ。”
麦畑をそよぐ風の音さえ、キツネに王子さまのことを思い出させる。
45年も一緒にいるお母さんに、お父さんを思い出させないものがあるのだろうか?
お父さんとの思い出に囲まれて、お母さんは残りの人生を生きていかないといけなくなる。
キツネのように、それを“素晴らしいこと”とは思えるのだろうか? 私はそうは思えない。
主人の肌の温もりを感じたく、主人の手の甲に自分の手の甲を当ててみる。 ずっと感じていたい。
お母さんがお父さんとが、45回目のクリスマスを一緒に過せることを祝い、
私が主人と、子供達とクリスマスを過せることを祝い、
そして、世界の皆が愛する人達とクリスマスを過せることを祝い、
I WISH YOU ALL VERY MERRY CHRISTMAS.