高校の美術の時間以来、絵なんか描いたことのない私が、息子達が6歳と1歳の時に描いたスケッチがあります。
まだ、子育ての合間に、主人も私も大学に通っていた頃。
子供が起きている間は母親に専念し、絶対に教科書を開かないという自分との約束で、テストの前日は、コーヒーを飲みながら朝方まで、バクテリアやウィルスの名前などを暗記をしていた頃。
仕事で忙しい、ビジネス専攻だった主人のために、経済学などのリサーチのレポートを手伝っていた頃。
毎日、育児と家事、勉強でくたくたで、絵など描く時間やエネルギーもなかったはず、
“仲のいい兄弟でいてほしい。”
そんな願いでいっぱいだった私は、二人の顔を一つの紙の上に描きたかった。
父親の違う息子達、私の小さな目の上の息子、主人の大きな目の下の息子...
余り似ていない息子達にお互いのことをひがんだり、ねたんだりすることのない、100%の兄弟になってほしかった。
私はそんな願いで、家中に二人の写真を飾り続けました。
二人が何かの取り合いになっても、上の息子に、
「お兄ちゃんなんだから、我慢しなさい。」
などと言ったことは一度もありません。
一番年上の私は、いつも弟達のために我慢していました。 自分の子には同じ思いをさせたくなかったのもありましたが、無意識に、実の父親がいない上の息子をかばっていたのかも知れません。
「お兄ちゃんは年上なんだから、弟の貴方が敬意を示しなさい。」
“敬意”の意味さえわからない、小さな下の息子に譲るようにいつも言っていました。
すると、上の息子はそれを聞いて、照れくさそうに結局いつも弟に譲っていたのです。
二人の関係は、今でもそんな感じです。
いつも弟が、さり気なく兄を立てる。 だから、兄は弟を可愛がり、大切にする。
五歳違いということもあるのでしょうが、一度もケンカをしたことがありません。
口論になりそうになると、弟がさっと引き、それを恥じて、兄は優しくなる。
もう一つ、私は気をつけてることがあります。
子供達に愛されている私達、親、皆が気をつけなければいけないこと。
親が子供の前で、誰かの愚痴を言うとする。 親本人はそれで気が晴れて、忘れてしまう位のことかもしれない。
でも、子供は親のことを愛するが為に、その誰かは自分の大切な親を悩ます嫌な人というイメージを抱く。
子供とその誰かの関係は、決してよくないものになるだろう。
それは、親子の関係だろうが、兄弟の関係だろうが、あり得ること。 親の愚痴が、関係を壊すことに成り得る。
いくら上の息子が思春期で困らせ、情けなくどうしようもなくても、絶対に下の息子の前では愚痴りませんでした。
逆に、
「お兄ちゃんねー、反抗期だからあんな感じでちょっと怖いけど、貴方のことはとても大事みたいよ。」
などと、いいことだけをちょっとオーバーにして聞かせていた。
兄弟の関係なんて、親次第だと思います。
息子達、できるだけ長い間一緒に過してほしかった。 それもあって、上の息子に家から通える大学に行くように勧めました。 息子が決めているマスターズ(大学院)のプログラムも家から近くなので、後もう3年半年ほど家から通えます。
下の息子は、後2年半ほどで大学に行くことになります。 先週、迎えの車の中で、国際ビジネス法科の専攻にしてみようかと思いつきで言っていました。
私が、
「この街の大学にはその学科はないから、よその街の大学に行かないといけないかも...」
と言うと、すぐに、
「あー、やっぱり法律なんて退屈そうだから、辞めるよ。」
お兄ちゃんと、ぎりぎりまで一緒に居たいのでしょう。
いつものように、二階から二人の笑い声が聞こえてきます。 一緒にビデオ・ゲームでもしているのでしょう。
笑うと目が無くなるそっくりな笑い顔で、また兄弟並んで笑っているんのでしょう。
100%兄弟の、私の息子達。 残り少ない時間をなるべくたくさん一緒に過してほしい。