ラブコメは現実の恋愛とは別もの | 牧村しのぶのブログ

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私は昭和生まれで、ラブコメはいくら見たかわからないほど見ています。

 

中高生の頃は自分に経験がなかったため、描かれた恋愛が現実の描写だと思っていました。

漫画家になってからも、年輩の作家の描くラブコメは、美男美女の話に理想化されてはいても、現実が元になっていると思っていました。経験の多い人は巧く描けて、自分は経験不足ゆえに巧く描けないのだと思い込み、劣等感にさいなまれました。

モテなければラブコメが描けるようにならない、無理に描いても通用しないという、救いようのない悩みを抱えていました。

それが事実なら、まずモテることから始めなければなりません。

・・・無理です。

 

ですから30代からサスペンスに切り替えてやってきました。

 

しかし内外のドラマをたくさん見た最近では、恋愛経験至上主義は行き過ぎだと思っています。

ドラマでは同じ行動パターンが繰り返し使われています。

 

まず、恋の初めは一目ぼれが多いのです。

ドラマは俳優が美男美女ですからそれで説得力充分です。

一目ぼれでない場合は、危機の時に助けてくれた命の恩人

最初は嫌な奴だと思ったのに、意外と優しくしてくれた人というバリエーションもあります。

 

サスペンスドラマでは、吊り橋効果も使われます。

一緒に吊り橋を渡るような危機を共有した相手に恋をします。

吊り橋を渡る時の心拍数の増加を、脳が恋愛の興奮と勘違いすると説明されています。

危機を共有すると恋愛しているような気持になりやすいということです。

 

「愛の不時着」はまさにこのパターンです。

出会いは吊り橋の上、韓国でも吊り橋を渡る場面があります。

意識的に吊り橋を選んだのかもしれません。

しかし人間性も丁寧に描かれているため類型的には見えません。

危機を共有し助け合いながら恋に落ち絆を深めていきます。

サスペンスドラマの恋愛に多いと思います。

 

ドラマは、過去の作品に学び、積み上げられたテクニックを駆使して恋愛を描いています。経験は必要ではありません。

 

最初からそうと知っていれば悩みは少なかった、と思います。

 

経験しないと描けないよ、と脅す人がいたら、ラブコメは職人芸だとお答えします。


他人が納得してくれることが重要です。

 

職人芸のように恋愛することができなくても、それが現実です。