自分が一番不幸だと思う女の暴力 | 牧村しのぶのブログ

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紙の新刊です。
本日発売の「ご近所の怖い噂」(ぶんか社)に『悲劇のヒロイン』を再録していただきました。
初出は10年前で、登場人物の一人が就職氷河期に正社員になれなかった女性です。再録のお話を
いただいた時、10年を経過しているのでそのままでは無理だと思いましたが、氷河期も10年続き
ましたので、基本設定はそのままで、年齢設定と、それに伴う台詞を修正しています。
物語そのものには大きな変更はありません。
就職した時期がいいか悪いかの運不運はあります。同じ運がずっと続くわけではなくても、最初の
ハンデの大きさはやはりその後の人生に影響します。
氷河期と自己責任という言葉の流行が重なりますが、リカバリしやすい環境整備は必要だと思います。
しかしバブル世代もその後賃金の伸びが抑えられ、その上の世代の女性は仕事が少なく賃金の男女差も
大きく、男性は大学進学率が低く学歴による賃金の差が大きくなっています。
もっと上の世代は今年金が多いと言われていますが、そもそも戦争で教育の機会が奪われています。
世代間の違いはありますが、一概にどの世代が恵まれたとは言いにくいところがあります。

作中では、それぞれ時代の不運を背負っている3人の女性が同じパートの職場でトラブルを起こします。
苦しい時に自分は不幸だと思うのは仕方ないことですが、他人は幸せだという思い込みは正しくありません。
自分より厳しい状況に置かれている人、自分にあるものを持っていない人は世の中にはいくらでもいます。
少し考えればわかることですが、自己憐憫に陥ると、他人への見境ない嫌がらせや暴力に躊躇がなくなります。
「幸せそうな奴らが許せない」と言った通り魔がいます。
この言葉も、幸せな、ではなく幸せそうな、と言っており、他人が幸せとは言えないことを頭で知っている
ことはわかります。それでも他人が「幸せそうに見える」ことに、自分の感情が耐えられないということです。
他人が幸せかどうかはどうでもいいということです。

私は自分が漫画で何を描きたいのか、あらかじめわかっているわけではなく、後からこうだった、と理解する
鈍い人間です。今の時点では、他人が幸せだという思い込み、逆に他人が悪いという思い込みを、サスペンス
という娯楽の形を取りながら描きたいと考えています。それが他人への暴力を生むと思うからです。
社会には権力闘争があり、競争があり、だから言論を通じて対立を作り出し争いを煽ることを肯定している人も
います。それが必要な面もあると思います。
しかし私自身は、自分の仕事は対立の煽動の逆、他人と自分を公正な視点から見ることだと思っています。
ですから単純に主人公が周りの悪人どもをやっつける筋書きにしません。自分だけが正しいという思い込みは
他人の否定、暴力に繋がります。勧善懲悪の漫画の世界観に影響され漫画を現実と取り違える人もいるからです。
見方によっては、誰も絶対正義でない結末は意地悪だと思われるかもしれません。
しかし正義の毒抜きが必要だと思います。
他人が「幸せそうな奴ら」に見えないようにと願いながら描いています。
よろしければご笑覧下さい。