まゆか「一輪車クラブ、やめる(真剣)」
(;゚д゚)ウソでしょ?
今までこんなに頑張っていたのに?
確かに色々と大変だったし、早帰りやお休みをお願いしても見事無視されていたけど。。
やめるなら、自分で言いなさいよ(`´)。
まゆか「今日、言いに行く。」
(;゚д゚)本当に言う気だ…
実は1ヶ月以上前。
顧問に、心身の疲労を理由に時短練習をお願いしていました。
骨折完治からグループに復帰したものの、
心の傷は癒えず、家では骨折した部分が当たると大騒ぎ。
骨折完治した肘を転んで擦りむいた時は、顔面蒼白になって倒れていたからね。
見事トラウマ(-ω-;)
それを外では出さないようにガマンしていたまゆか。
遡るは、、
去年の11月29日
一輪車クラブのペア練習中。
アラベスクの引っ張っりっこをして転倒して骨折。
腕が有り得ない方向にひん曲がって、眠れない、横になれないほどの痛みを二晩越えて、全身麻酔で手術。
それから消毒やレントゲンチェックで週2~3日の通院を3ヶ月間。
それから、全く動かない腕のリハビリ2ヶ月間。
単純な折れ方でなかったため、
骨折してから完治までの道のりは、
険しい険しい険しい険しい(しつこい)もの。
それを外に出さないまゆかはエライ!と思ったのだが、、
外に出さない分、、
周りからは、、
【サボっている】 【やる気ない】
と、思われたのか……
せめてペアの相方とそのお母さん、顧問に治療中のまゆかの姿を一目見てくれたら、、
(一度も骨折中の姿を見に来ず)
そうしたら、立て続けの発表会や大会は負担が大きいと判断できたろうに。
時短練習申請、見事にスルー(泣)
しかも、
顧問【やめるなら、迷惑かけない時期を考えなさい】
追い討ち(泣)
練習に行くのを嫌がるまゆかに、
私も心を鬼にして、、
「グループやペアに迷惑かけるから!」と、
再三送られてくる練習を促すメールやラインを見せて、
練習に行かせていました(T_T)
(まゆかは、練習に私も一緒でないと行けなくなってしまったので、週5日正一郎&二郎を連れて、4人でいつも練習へ)
逃げ場のないなか、
【東京大会が終わるまでの辛抱!!】
と、まゆかも歯を食いしばって耐えたのでしょう。。
まゆかの一輪車に対する心のエナジーが、
完全に底を尽きました‥‥
あんなに、あんなに、、
一輪車が、大好きで大好きだったのに、、
4歳の冬。
お友達はみんなボール遊びをしているなか、児童センターの手すりでコツコツ練習を始めて。
5歳の夏には、支えナシで乗れて、とってもとっても嬉しそうで。
5歳の12月に、一輪車演技を観て、一輪車クラブに入りたい!と。
初めて自分からやりたいものを見つけた瞬間。
そして、5歳の3月にはクラブに入って。
初めてグループデビューは、6歳なりたての夏。
クラブのお母さんたち「まゆか、がんばったね~!良かったよ~!」
いつもいつも、コツコツ頑張るまゆかを見守ってくれて。
ここぞ!というところで、たくさんたくさん誉めてくれて。
合宿でも、
お母さん「まゆかは最後まで残さず、ご飯を食べたよ~!本当にエラいね!」
絶対、食べるのが遅いまゆかが食べ終わるのを待つ方が大変なのに。
良いところを見て、すかさず誉めてくれて。
走り込みでも、
お母さんたち「まゆか、スゴイ!よく全部走れたね~!」
たくさん誉めてくれるから、走り込みが大好物。
一年生の競技大会では、4競技で全て落車。
記録すらつかなかったまゆかに、
お母さんたち「悔しかったね~!でもメダル狙ってよく攻めた!頑張ったよ~!」
一番悔しいのは本人!と、よくわかってくれているお母さんたち。
引っ込み思案で、人見知りなまゆかが、少しずつ少しずつ変わっていった。
本当に本当に、感謝。
そして、、
とても残念。
さて。
朝ごはんは、
醤油につけた鶏肉を海苔で巻いて焼いただけ。
調味料は醤油だけ!?と思うほど、美味しいです(*^^*)