皆さま

 

昨日は雪組の千秋楽は温かい感じだったの。

千秋楽らしいアドリブを多くて。

退団される3人の方々は本当に晴々としたお顔でこちらも自然と笑顔になったの。

夢白さんが涙を抑えるような表情をされていたが、そこは朝美さんのワードチョイスで笑いに変えていたの。

 

早速、夢白さんがインスタを開設したようで。彼女の行動の速さと、彼女らしさを感じるの。

 

さて、土日で宝塚大劇場で観劇をされた方も多いかと思う。

皆さまのブログを拝見させていただくと、極美さんが意外なところで登場されているようじゃあな。

 

その答えになるかどうかはわからんが、1つ極美さん演じる平教盛さんに対してる説を書いていきたいと思う。

これはあくまでも仮説であり、真実ではないのでご注意を願いたい。

 

平家側の武将として名を残したのが平教盛じゃあ。

彼は、源義経の奇想天外な戦法に惑わされ混乱する平家側の軍の中で、義経とやり合うことができた言われている。

弓の腕前もピカイチだったようじゃあな。

そんな彼も、勢いをつけた源氏軍に対して敵うことができなくなっていた。

そのため、最後は敵を道連れにして、海に飛び込み命を落としたというのが平家物語に書かれている。

敵を道連れにするあたり彼が最後まで武将としての己の使命を全うしたのだろうって思うの。

 

そんな彼には生前説があるんじゃあ。

 

最も有力な生存説の一つが、平教盛が安徳天皇を奉じて硫黄島(現在の鹿児島県三島村)や

兵庫県北部(但馬地方)へ逃げ延びたというものがある。

 

そこで彼自身は平家の再興の機会を狙っていたとも言われている。

彼は名前を変えて暮らし、その子孫の方々がいまもいるとか。

 

実は壇ノ浦の戦いで命を落としたものたちの生存説は多いじゃあ。

(実は知盛にも生存説はある)

なぜかといえば、彼らは首を取られることなく去っているためじゃあ。

この時代は顔の検分でそれが誰だったのか知ることが一般的じゃあ。

遺体を全部、運ぶことができなかったため、首を切って顔を持ち帰るんじゃあ。

 

しかし、教盛も知盛も首を取らてないじゃあ。

そのため、本当に彼が死んだという証拠はないんじゃあな。

 

彼はどこかに逃げ落ちることができたのでは?っていう生存説があるんじゃあ。

その土地にお墓があるとか何某らの痕跡があるんじゃあな。

 

もし、教盛が生き残っていたならば。

そんなことを考えてみるのもたまにはいいのではないだろうか?

 

ではではバイバイ

 

 

 

 

25. 宝塚歌劇団花組『蒼月抄』平知盛編

https://youtube.com/shorts/7TG-cEYrKXg

 

観劇に役たつショート動画を作ってみたんじゃあ。

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