結婚してから十数年が経ち、思い出してみればその間、色々なことがあり、子供も成長しましたが、だいぶん、結婚相談所に通っていた頃のことはあまり思い出さなくなりました。
 
 以前は、誰かとそういう話題をすることはほとんどありませんが、独りでなぜ結婚したいと思ったのか考えることがありました。
 
 なぜ結婚したかの理由には一応の結論があって、それを申しますと、独身でいることに恥ずかしさを感じ、それに耐えられなくなったことが大きいと思います。もう、気持ちを癒すために週1回のペースでスナックの女性と話しに行ったりする生活がイヤになったからだと思います。
 
 一言で言えば「心の安定」と言うことですかね?当然ながら個人の感じ方は人それぞれで他を非難するつもりは毛頭ありませんが、私はそんな思いが強かったのだと思います。
 
 そんなことを考えなくなったことが安定なんだと思います。
 
 では話を戻して、この「ネットで見つけた男女比率1:9の世界」のお話ももう少しで終わりにしようと思います。
 
 前回のお見合いは当然、向こうからお断りでしたが、その後、暫くは結婚相談所に行くことはありませんでした。
 
 やる気なくてしてないと言えば嘘になるかもしれませんが、急に仕事が忙しくなったこともあり、結婚のことを考える暇がなくなりました。それがやる気を失ったと言えばそうなのですが。スポーツクラブは相変わらずのペースで続けていました。
 
「あのさ、俺だけど、ヤス」
 
「あら、ヤスさん。お久しぶりじゃない?」
 
「以前、申し込みがあったって見せてくれた、身長162cmだからって断った子なんやけどな」
 
「はいはい、覚えてますよ。○○さんね」
 
「記憶力いいなあ。名前は知らんけど、公務員だった?あと国立出てるな?あってる?」
 
「はい、合ってますよ」
 
「見合いするわ。段取り頼むわ」
 
 どんなに辱めを受けようともいいんです。いっぱい恥ずかしい思いして、どんなに無様でもいいんです。これまでの6年間は決して無駄じゃない。最後までやり遂げよう。そう思い直しました。
 
 そして迎えた次の日曜日、2004年8月22日。私はその女性とお見合いをすることになりました。いつものように事務所に顔合わせをしました。彼女は特に一目ぼれするとかそんなこともなく可もなく不可もなく、真面目そうで将来いい嫁さんになりそうというのが第一印象でした。そしてまたいつものように喫茶店へ移動ということになりました。
 
「あの、いつも場所は○○○○珈琲ですか」と私
 
「ええ、そうですね」
 
「今日はちょっと違う場所にしませんか」
 
「はい」
 
 私たちは「今日も暑いですねえ」などとお決まりの天気の話しを軽くしながら駅の方向へと向かいました。
 
 私はインスピレーションのようなものでお見合いの場所を決めていました。その場所でお見合いすれば必ず成功するという何か根拠があるわけでありませんが直感というかひらめきのようなものがありました。
 
「ここです」
 
 そこは例のファミレスでした。
 
 ネットで「お見合い ファミレス」とキーワードで検索しますとたくさん記事が出てきます。お見合いの場所としてふさわしいか否かという話をしている人がよくいます。
 
 ファミレスはふさわしくないというのがひとつの見解のようです。お見合いはホテルのロビーにあるようなカフェラウンジでやるのが一般的で私の相談所の近くにはそういうのがありませんでしたので高級喫茶店として名高い○○○○珈琲が利用されていたようです。
 
 私は敢えてそのルールを破ることにしました。
 
 結婚可能性ゼロのどん底まで堕ちた私はオトナに従うしかない、それはよくわかっています。でも、神様が結婚のチャンスを最初にくれた1998年7月5日のあの場所にもう一度戻ってみたい、そこに何かある、必ず何かある、そう信じようと思ったのです。
 
 私たちは店員に促されて席につきました。席に着くと彼女が周りを見渡しているのがわかりました。
 
「日曜日だと言うのになんだかすごく空いてますね」
 
 店内は私たち以外の客はまばらで思った通りほぼ貸切状態のようでした。
 
「ええ。○○○○珈琲もいいんですがあそこは隣の席との距離が近くてね。ここなら一目を気にせずお見合いができるでしょ」
 
「いいですね。私もそれが気になっていました。ほんと、こんなとこにファミレスがあったんですね。全然知らなかった」
 
「ここはサウナビルの奥まった所にあるんでここにファミレスがあるのを知らない人が多いんだと思います」
 
「サウナはよく利用するんですか?」
 
「サウナはあまりないですが、一度、昼間にコーヒー1杯でおおぜいが集まれる場所という条件で探して欲しいと頼まれたことがありまして、
予約するようなところですと高くつきますから、歩いて探し回ったことがあったんです。それでここならと思ったんです」
 
「穴場ですね。休憩所としてチェックしておきます」
 
「休憩所ね」(笑)
 
 最初にそんな会話をしました。
 
 この後そのファミレスについてはそれ以上は特に何も話しませんでした。このお見合いルールを破った私の行為が彼女にどう映ったかを聞くことはしませんでしたが、 彼女が一目を気にしないでいいことに甚く喜んでいると言うことは感じ取れました 。
 
 それからは普通にお互いの仕事ことや趣味のことを話し、特にここで書いておもしろいこともありませんので省略しますが、ただ一つだけ言いますと初めて2時間会話がもちました。
 
 沈黙が続くことなく話題がなくて焦ったりとかもなく、なんとなく普通の会話をしている内に気がつけば2時間が経っていました。彼女は終始にこやかでドリンクバーのカフェラテをおかわりしていました。
 
 私は仲人士さんの「話がもった人がご縁のある人」という言葉を思い出しました。
 
 やがてお見合いもお開きに私たちは帰りの駅の方に向かいました。
 
「私は阪急で帰りますのでここで」と彼女。
 
「はい、僕はJRなんで。さようなら」
 
「あ、あの・・・」
 
「はい?」
 
「あのファミレスは特別な場所なんでね」
 
「あ、エエ、まあ・・・」
 
「そういうことがあるって素敵ですね」
 
「はい!」
 
「では、さようなら」と彼女は言うと、改札口の方へ走り去って行きました。
 
 次の日の午前中に相談所に電話しますと彼女からOKの返事があったとのこと。勿論こちらの返事もOKです。絶対にこちらから断らないの
が信条ですので(笑)当然その彼女が今の嫁というわけです。
 
 私は3年前につきあっていた女性と別れ、神様がくれた最大の結婚チャンスを無にしてしまいました。でも最後の最後に少しだけ、全てが始まったその「約束の地」を使わせてもらったのです。
 
 こうして私の嫁探しの旅は終りました。ミュージシャンの追っかけやったり、初めて彼女が出来て失恋も経験して、急に体を鍛え初めて、そしてお見合い。お見合いは意外にあっけなく終わりましたけど最初に「男女比率1:9の世界」を見つけてから6年。今ではいい思い出となりましたが、この6年はこれまで生きた中でも最も自信を持って語れる人生の一コマとなったのでした。(終わり)