高校は勿論のこと、大学時代も女性とつきあったことはありませんでした。それでも楽しかったですよ。仲間と遅くまで飲んだり、徹夜で麻雀やゲームやったりしてね。1回生ぐらいまでは女性と話せませんでした。2回生くらいの頃からは関連サークルや他大学の女学生との交流もありまして少しずつ話せるようになりました。合コンも多少はやったと記憶していますが、まあ成功したことは一度もありませんでした。
童貞の喪失したのは大学のサークルの追いコンでのことです。今時は追いコンという言葉を知らない方もおられると思いますが、ここでは省略します。各自調べてください。
その追いコンでは、私は追い出される卒業する先輩の方でした。そのサークルでは飲み会の後に卒業する先輩が後輩にソープランドを奢るのが恒例でした。当時、私はソープランドに行ったことがありませんでした。女性とお付き合いしたことはありませんでしたので、童貞です。
私は事前にフーゾク情報雑誌で入念に下調べをし、AVの特殊浴場ものを観て、さもフーゾクに慣れているような雰囲気を醸して後輩を引き連れて福原に行くのでした。 私に付いたソープ嬢を映像としてはっきり覚えています。30代?40代?20代前半の私かしらしたらどちらもおばさんですが、胸は小さ目で色白で肌が綺麗でした。髪型はおばちゃんパーマのようだったと記憶しています。初めての性行為。私は挿れた瞬間にイってしまいました。吸い付くような感触を今も覚えています。こうして私は童貞を喪失したのでした。情けなくも淡い思い出。実はあの時、童貞だったことを後輩には一切明かさず、墓場まで持って行く所存です。
そして私はとある会社に入社しました。まあ、見事にそこでも何もありませんでした。社内恋愛という言葉を耳にしたことがありましたが、女子社員は私のことをモノを見るような目で事務的に接していることを毎日感じていました。
結婚した今でも思いますが、社内恋愛ってどうやってやるんですか?何人か社内で結ばれた知り合いがいますけど、コクってフラれたら次の日に顔を合わせるの気まずいじゃないですか。ましてや昨今はセクハラに厳しい世の中ですから今の子はどうしてるんだろうと思います。会社は戦場ですよ。恋愛なんてふしだらなことをやる場所でないのですよ。
話が脱線しましたけど、合コンもやりましたよ。すごく覚えてるんですが、後輩が2対2の合コンをセッティングしてくれて、行ったのですが、私を無視して女性が2人でおしゃべりしているのです。あれは何だったんだろうと今も思います。
自分で合コンをセッティングしたこともありましたね、テレクラで知り合った女性と。その女性はあまり好みではなかったので1,2回あっただけだったのですが、「女の子紹介してよ」てな感じで2対2とか4対4とかの合コンをやりました。勿論、何もありませんでした。
今時は合コンとかやるのですかね?マッチングアプリなんてものがありますから色々違うのでしょうけど、私の頃は、大学と会社に入ってからの早い内に何かなければ、かなりやばい。マッチングアプリなんてのも言うほど結婚確率高くないですから今でもそうだと思います。もうそこからは何もなければ一生独身です。
結局なんきょくお仕事として接してくれる女性と逢うのが唯一の楽しみでした。ソープランド、ヘルス、スナックにもよく飲みに行きました。キャバクラは行ってないです。フーゾクやスナックで知り合った女性と結婚するような話も聞いたことがありましたが、まあそんなことないのが普通ですよ。スナックの女性従業員ってシンママ多くて、苦労してるんですけど、私と結婚したら楽になれるのに。どんだけアホやねんと当時思っていましたわ。
というわけで、この先、八方塞がり、何もなし、絶望の淵って感じでした。まずい、このままでは結婚できない。
なんか策を打たんといかんとは思ってもお見合いしようとまでは思わなくて、自力でなんとかすることに拘ってるのか拘ってないのかよくわかりませんが、ある時、大学ん時にサークルに入ったみたいに、なんかこう、女子と知り会えるような場所に所属したらエエんとちゃうか~っと、ボヤ~っと思いました。
社会人になってからできる若い女が所属しているサークルみたいなものって・・・。
休みの日は何もやることなくて暇だったのでそんなことを朝から昼間までボヤ~っと考えて、また、夕方からお仕事として接してくれる女性に会いに行くのでした。
インターネットなんかやってなかった1997年頃以前の話です。
社会人になってからできる若い女が所属しているサークルみたいなものとは何だろうか?そもそもそういうサークル活動ってどこで見つければいいのだろうか?タウンページだろうか?新聞の折込に入っている市広報にある教室参加者募集の「料理」とか「英会話」とか?なんか違うなあ。
インターネットがなかった時代とはこんなことになっていたのです。みなさんもう忘れてしまっているでしょうけど。
ところで話は変わりますが、私には高校の頃からファンにしているミュージシャンがおりまして、かれこれ40年近く経つのですが、今でも、音楽と言えばそれしか聴かないほど、コアなファンです。
そのミュージシャンというのは○○○と言います。許可を取っていませんので名前は伏せますが、多分言っても99%の人が知りません。ヒット曲はありますが、1980年代懐かしの名曲大全集みたいな番組にも絶対出て来ない超マイナーなミュージシャンです。
超マイナーなもんですから、会社とか周りにはファンと言う人はもちろんのこと、1枚でもCDを持っているという人も一人もいません。
私は○○○ファンであることは誰にも言わず、1年に1回出るか出ないかのCDを逃さず毎回買い、カセットテープにダビングして、独りでひっそり、車の中で聴いておりました。家族以外の他人を車に乗せる時は、「誰これ?」と聞かれて説明するのもうざいのでFM放送に切り替えたりとかしておったのです。
それがインターネットを始めてからは変わりました。
ネットの使い方にも慣れてきた多分1998年春(当時29歳)頃だったと思いますが、ふと思いついたようにヤフーで○○○をキーワードに検索してみました。
驚きました。
○○○に関する記事がいっぱい出て来ました。それに○○○をテーマにしたサイト(当時はホームページと言っていました)が3個くらいありました。
俺以外におる、○○○ファンが。おったんや、おったんや。感動でした。その日はものすごく泣いた。
な~んか、こういう感動って今ないですね。何でも当たり前になってしまって。
今は全然楽しくない。ネット始めた頃の楽しさって今の100倍。今の子供たちはかわいそうだわ。子供の時からあるからそんな感動ないだろうね。
発見した3つの○○○ファンのサイトのうちの1つにチャットがあって、チャットでファンの人と話すようになりました。
初めてそのチャットに入った時は、私はチャット上の礼儀作法などは、ハンドルネームを使うということがわかっているだけで、他は全くの無知でしたので、私は自己紹介ついでに勝手気ままに話しました。今までの○○○への思い。この曲がいいだとか。この曲のここが好きだとか…。
しかしそれが効を奏したのか、このアホな新参者にファンたちは好意的でした。他のファンたちは、なんと私がこの曲がいいと言うと、その曲を自室で聴きながらチャットに参加しているようでした。
「今聴いてるよ」
「何のアルバムに入ってる曲だったっけ?今かける」
そんな声が文字を通して聞こえてくるようでした。私は興奮しました。10年以上出会うことがなかった同じ感性を持った人々と話しているのでした。
次の日、もう一度チャットに行くと、私たちが去った後、過去ログを見た他のファンからこんな書き込みがありました。
「なんかすごく盛り上がってたんだね。昨日の晩。」
「みかけない人だけど、めっちゃ○○○に詳しいよね。すごく細かいことを言っている。めっちゃコア(笑)」
昨晩の私の登場はある種の事件だったようで、私の○○○の曲に対するコアな評論をファンたちは驚いている様子でした。
それからというもの、毎日のように話しました。相手の顔は見えないとはいえ、○○○について自分以外の人間と話すことなんてありませんでしたから、その頃は楽しくってたまりませんでした。
そんな楽しい毎日が続く中、いつものようにチャットにアクセスし、誰かわからない人と話しているうちにあることに気づきました。
「もしかして、この人、女?」
今はどうかわかりませんが、その頃のネットは、相手の性別を聞くのは礼儀に反するみたいなとこがありましたので聞きませんでしたが、なんとなく文章から伝わってくる女の匂い、○○○のある曲に対する感想なんかで、女なんじゃないかと思いました。それに若そう。
「○○○って女のファンが多いのか?」
そういえば、このチャットは女が多いような気がする。
それまでの私は○○○ファンの男女比率なんて気にとめたこともなく、チャットの相手には勿論会ったことはありませんので遥か年上のババアの可能性だってあるわけですが、その時の私はそんなことも考えず、ちょっとだけドキドキしなから、次の日もテレホーダイ(この響き懐かしいですか?)開始時刻後のチャットを楽しむのでした。
1997年8月にネットを始めてから、ネットって異性との出会いに使えるんじゃないかと思い、チャットもやったことがありましたが、なんせ女が少ない。
その頃のネットという世界はまだまだオタク男性の巣窟でした。チャットで女と思われる人と話せるようになっても、なんだか大勢の男が一人の女に群がっている感じでした。
チャットではありませんが、当時からマッチングサイトも多少あって、それを利用して何度か女性に会いましたが、次の日に連絡が取れなくなる始末でした。もっとハードル下げてみようと思って、30代後半のババアにも会いましたが同じ結果でしたね。こっちは20代ですよ。フラれた時は何様のつもりだと思いました。いや、俺どんだけモテへんねんと思いました。
そう考えると、○○○ファンのチャットの話は、かなり前進といったところでした。
しかし、その時の私は、チャットを異性との出会いに使おうとはあまり思っていませんでした。相手が女であるかもしれないドキドキ感はありましたが、兎に角、○○○の話をするのが楽しい。そういうことが勝ってあまり考えませんでした。
そんなこんなで○○○のチャットで話すようになってから数ヶ月後の1998年6月初旬だったと思います。いい話がありました。
私の地元である神戸で○○○のライブがあると言います。リーダーの出身地が神戸だということは前から知っていましたが、神戸でライブをやるのは今回が初めてとのことでした。
「行こう。神戸ライブへ」
チャットではその話題で持ちきりでした。私はまた足繁くチャットへ通うようになりました。
「お久しぶりです。」
「はじめまして。」
そんな中、いつもチャットで話していた方が「ライブが始まる前の数時間、いつものチャットのメンバーでちょっとしたお茶会をしませんか」と言い始めました。
整理券をもらってからライブが始まるまで3,4時間ほどがあるので、その時間を利用してとのことでした。初めは冗談混じりで、集まるなら目印がいるとか、場所はどんな所にするとか、そんな話をしていました。
1998年6月下旬、○○○の神戸ライブチケット発売日。私はライブハウスがある三ノ宮までチケットを買いに行こうと思っていましたが、その日は朝から雨が降っていたので結局、車で西神中央のデパートの中にあるチケットぴあへ買いに行くことにしました。(当時はまだコンビニでチケットを買えなかったと記憶しています)
少し恥ずかしいような気持ちで係員にチケットの購入を申し出ました。帰る頃になると空模様は青く広がりかけていました。車に乗って10分ほど経ってからそのチケットの整理番号が○○○番であることに気が付きました。
家に帰ると、早速○○○のサイトに行きました。私は整理番号が○○○番であったことを交えながらチケット購入談を掲示板に書き込みました。そのあとチャットへも行ってみました。既に数人の者が話していた。
昼間のチャットは珍しいことでした。当時のネットは定額ではありませんでしたから。夜中ですと「テレホーダイ」というNTTの定額料金サービスがあるのでさほど電話代を気にすることはありませんでしたが、昼間だと、市内ではありますがモロに料金がかかっておりました。
それでもファンたちはチケット購入の話題で盛り上がっていました。私が入手したチケットが整理番号○○○番であることを告げると、それが大ウケでした。これはいいネタになりました。女子たちにウケたぞ。私は少しだけラッキーだと思いました。
話もようやく尽きて、そしてまたお茶会の「目印」の話になりました。目印については未だ、それぞれがギャグを飛ばし、冗談半分のような感じでした。そしてその日はそれぞれのチケット購入をねぎらう形でチャットを終えました。
その後、神戸ライブまでの期間、チャットではお茶会の話が徐々に本格化した。目印はファンの一人が旗を作るという話で落ち着きそうな方向になっていました。そしてファンの一人が私に言いました。
私はその方に「ヤス(私のハンドルネーム)さんは地元だから場所探しをお願いします」と頼まれてしまいました。
なんだか不思議な感じでした。なんせ私は相手の顔を知らないのです。誰なのかもわからない人たちが集まるお茶会の場所探しをするのです。
一番近い私が場所の手配をするのが筋と言えば筋ですが、私はファンクラブにも入っていない不良ファンです。「いいのだろうか」そんな気持ちもあり、 私は断ろうと思いましたが、チャットの盛り上がり方に押されて、場所探しをやる羽目になりました。
神戸ライブまであと2週間弱。私は仕事の休日に三ノ宮に場所探しに出かけました。10人から15人程度入れる喫茶店がいいと言うことでしたので、そんなところを重点的に探しました。しかし、ことは巧く運びませんでした。休日の昼間に予約を取れるような喫茶店はまずありません。ライブは日曜日です。その日はやけに蒸し暑かったと記憶しています。それでも街を行くカップルは腕を組んで歩いていました。情けない私を笑ってるかのようでした。私は暑さの為、頭が朦朧としていました。
「不思議な夢を見ているようだ」
私は至極、異様に思いました。私は誰の為に場所探しに来ているのだ?私は相手の顔も身元も何も知らないのです。普通、社会の常識としてあいまいな会話をかわしただけの、身元もわからない人と約束して、その言葉を信用できるでしょうか。それは相手とて同じはず。そんな思いが頭をよぎりました。
私は、予約するのを諦めて、店のピックアップだけでもしようと思いました。やがて一通り、店のチェックを終え、もう帰ることにしました。その道中、私は、以前チャット上で、高速バスの強行スケジュールでライブに来る女性に風呂に入れる場所はないか聞かれたことを思い出しました。私はなぜかそのカプセルホテル付きサウナが気になり、そちらの方へ向かいました。
「あった」
ファミレスの看板を発見しました。それはそのサウナビルの中にあり、あまり目立たない様子でした。サウナビルは震災後、建て直したらしく、私もそれ以後そこへ行くのは初めてでした。ファミレスはサウナに入らなくても利用できるようでしたが、どうやらそんなことを知らない人が多く、サウナの客しか利用していないようでした。
ここなら絶対大丈夫だと思いました。無論ファミレス故に予約などありませんが、店内は広く空いていました。また、お茶会が昼食のピークを過ぎた2時頃からの予定であることを考え合わせると、予約がなくても大丈夫だと確信しました。
家に帰ると、目印の旗を作ると言っていたファンの一人に場所取りの状況をメールで送りました。そのファンは元々、場所の方は行き当たりばったりでなんとかなるだろうと言う考えでしたが、一応の礼儀と思い、送ることにしました。
ライブまであと一週間。相変わらず仕事は忙しかったですが、私は胸躍る思いでその一週間を過ごしました。
そしてライブ当日。
中学生の頃、私は28歳頃にはもう結婚して安定した人生を歩んでいるものだと思っていました。当時、私は29歳。もうすぐ30歳になろうとしていました。私はいつ結婚できるのだろう。この先、八方塞がり、何もなしの私は、今日の日に何か予感めいたものを感じていました。
私は今、三ノ宮にいます。インターネットを道しるべにこの地に辿り着きました。随分寄り道をしました。もう少し早くインターネットに出会っていれば、もっと早くここに来られたのに。遅すぎたかもしれない。いや、それは仕方がないことです。せめて30歳までに気づいたことを幸運に思うことにしよう。
私は午後11時頃、ライブハウスに着きました。ライブハウスの前には既に数十人ファンが並んでいました。その列はまだ列とも言えない雑然した配置で、一瞬、列の最後尾を探すのに戸惑いました。
やがて最後尾らしき5,6人の円陣を組んだグループを見つけると、私はすぐに直感しました。やはり、その中の一人の女性が恥ずかしそうに旗らしきものを持っていました。
「ヤスさんですか?」
声をかけてくる女性の声。(私ってどうもネット上のイメージ通りらしいです)
それから7,8人ほどがその旗を目印に集まってきました。私は本名を名乗りましたが、みんないつものようにハンドルネームで呼び合っていておかしな感じがしました。
整理券を配布するまでの2時間ほど、彼女らと話をしました。彼女らの他にも色々な人が声をかけて来て、一辺におおぜいの人と知り合いました。みんな遠くから来ているようでした。九州や関東、鳥取…。あとで聞いた話ですが、鹿児島から単身飛行機で来た女性もいたようでした。私はパワーの差を感じました。
その後、整理券が配られ、私は例のファミレスへお茶会のメンバーを案内しました。ファミレスは案の定、空いていました。お茶会の人数は全部で8人で5:3の割合で女性の方が多かったと記憶しています。
若くて結構かわいい子もいるもんだ。私は心の中でそう思いました。
まあ、そこはそこ。そんなそぶりは絶対見せないようにして、周りにはファンがいないんで辛いよねーみたい話であるとか、ドラマのエンディングで○○○の曲が使われているとかのマニアックな話で盛り上がりました。
鳥取から来た女性は切実でした。彼女は鳥取県に○○○ファンは自分一人だけと断言していました。この娘が結構、可愛かったと記憶しています。
確かライブが始まるのが6時頃でしたから4時間くらい話したんじゃないかと思います。話が途切れることは全くありませんでした。今でもあの楽しい一時を思い出すことがあります。
私は「もしかしてこれってすごいことなんでねえ?」と思いました。
前述通り、ネットの出会いはどれもこれも上手くいきませんでした。
それがです。かなりなんなく、チャット→「合コンに近い状況」を達成しているではありませんか。
しかも3:5の割合で女性の方が多いという合コンは今まで体験したことない。(当然ながら、男女が異性を求めて行う合コンとは違います。あくまでもお茶会です)
これは一体なんだろうかと考え、すぐに気づきました。
それはチャットで知り合った顔知らない人たちが実際に知り合う為のお膳立てが既に準備されていることです。
そのお膳立てというのはもちろん「ライブ」のことです!
お膳立てがあるから、お茶会(オフ会)を仕切る側にしても、あくまでもライブのついでだからプレッシャーは少ないし、来る方もあくまでもライブのついでなので御気楽です。女性も警戒心が薄い。
ライブで必ず会える!、出会える!ということなんです。
それからいよいよ、ライブが始める時間になりました。
お茶会が終わって、ライブ会場に到着した後も開演前に、お茶会に参加していた女性の女友達を紹介されたりとか、多くのみなさんと一辺にお知り合いになりました。なんか芋づる式とはこのことかと思ったくらいです。
「やっぱり○○○って女性ファンが多いんだわ」
ざっとライブ会場を見渡して、やはり男女比率1:9って感じでした。
1:9というのは言いすぎで実際は2:8くらいだったかもしれません。実はこの1:9と言うのは、その後知り合った○○○ファンの中心人物で○○○ファン同士で結婚したという方が、冗談で言っておられた言葉を引用したものです。
それに当然ながら、既に彼氏いるとか既婚とか可能性の薄い女性を除いていけば、1:9が2:8、3:7にな るかもしれません(1:9って突込み所満載なので一応書いておきます)
あと、突っ込まれないように断っておきますが、自分を磨く努力を何もしていないキモオタがいくら1:9の世界に入っても何も起こりません。そんなことはよくわかっています。
でもね、でもね。昨日まで何もなかった、昨日まで途方にくれていた男にとっては大発見だったのです!
そしてライブが始まりました・・・・。
ライブが終わった後は、前述のファン同士で結婚した夫婦が仕切る飲み会に勝手になだれ込みました。そこでもまた多くのファンと知り合いました。ちょっと驚いたのですが、めっちゃ美人もいました。美人が○○○のファンに?と思いました。名前は憶えていませんが、結構長い時間、話した記憶はあります。
相手が美人だからと言って物怖じすることはありませんでした。なんせ○○○の話をしていればいいのですから。私には、チャットでも皆に驚かれたように、○○○について曲の細部まで事細かく評論できる武器がある。会は大盛り上がりで結局あれやこれやで3時半まで飲んで、始発電車で帰りました。
さすがに女性といい感じになることはありませんでしたが、あくまでも○○○ファンの集いですから。初めての参加ですし、今日はこれでいいと思いました。
それから、1998年12月(30歳)にも神戸でライブがあり、ライブ終了後に馴れ馴れしく私に腕を組んでくる女性がいたんです。ライブのテンションなのか、ライブ開始前にちょっと会話しただけで、初対面ですし、そんなことしてくるなんて意外でした。メガネをかけていましたが、若くてかわいらしい女性でした。
その女性は奈良に住んでいました。ライブ終了後の出待ちで撮った写真を送ってあげたのがきっかけで天王寺あたりで2回ほどデートしました。同じ女性と2回以上デートしたことがなかった私。しかも向こうからすり寄って来るなんて。この経験は私にとって大きな自信に繋がり、この男女比率1:9の世界での活動に手ごたえを感じました。
しかし、なぜか女性は風邪ひいたとかでデートを断るようになり自然消滅しました。私は「奈良だし、遠いし、多分続かないな」と思い、諦めることにしました。この時、私は、この「遠い」ということが、この男女比率1:9の世界の最大のネックになることをまだ知りませんでした。
(その2へつづく)
