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 僕が中学生のとき、鑑賞の授業は眠る時間であった。わけのわからない長ったらしい曲をただ聞かされるだけの授業は、退屈だったし馬鹿にしていた。

 教師がどんなに工夫のない授業をしようと、集中してくれる生徒ばかりなら楽だ。しかし、中には僕のような輩もいるのだ。そういう奴を、どう屈服?させるか~それが教師としておもしろいのだ。
 

 教える側になって、僕が鑑賞授業の裏テーマとしたことは

「いかにその曲を退屈させずに、たくさん聴かせられるか」であった。

「一曲が短く歌詞があってメロディがはっきりしているポップス」と違って、「クラシックは長くて様々な楽器が重なり合いながらメロディというよりハーモニーを奏でる楽曲」である。それを一、二度聞かせて興味を持たせるなんてできっこない。だからこそ、

「少ない時間の中でどれだけたくさん聴かせられるか」が重要になってくる。

 好きにさせようなんて思うのはおこがましい。授業では、クラシックへの門戸さえ開けばいいのだ。一曲でも理解できれば、そこからクラシックの世界に興味の幅が広がる者も出てくるだろう。


 さて「いかに退屈させずにたくさん聴かせられるか」であるが、それは教師の教材研究=楽曲分析につきる。まず自身が、教材研究で曲の魅力や秘密を深く深く探る。そこで自ら見つけた驚きを、そのまま授業の骨子にしていくのだ。

 比較的生徒に好まれやすい鑑賞曲に、シューベルトの「魔王」がある。あの何ともファンタジーなホラーワールドは誰をも引きつける魅力を持っている。しかし、その曲自体が持っている魅力を教師が最大限引き出せば、生徒は作曲家シューベルトにまで興味の幅を広げられるはずである。

 以下にその授業の流れを、楽曲分析を交えて紹介する。すべてを「クイズ形式」にして考えさせれば、生徒は出された課題を解こうと、必死に、そして自然に聴いてしまうはず。

1⃣「登場人物を書き出させながら、この話の内容を理解させる」

 導入としてまず聴く。あとで“魔王”とは日本人が考えるところの“死神”のことだと教えると理解しやすい。


2⃣「伴奏のピアノは何を表しているか考えさせる」

 2回目に聴くときは、①の答え合わせを兼ねて、馬の駆ける音(≒雨音をも表す伴奏)に着眼させる。魔王のせりふの伴奏にはこの伴奏形が使われていないこと、最後の宿に着いた場面で伴奏形が徐々に遅くなっていくことなどから“現実音(馬の足音)”を表していることがわかる。ついでに、「子はすでに…」の直後、伴奏が止まるところでは、父のまさしく“息をのむ瞬間”を表していることも気づかせる。

 

 以上二回聞いて、全体像がしっかり見えてきたら、さらに細かい作曲技術の妙に触れさせる。


3⃣「子供のせりふ①~④を通して気持ちの高まっていく様を作曲家は何で表しているか考えさせる」

 3回目には子供のせりふに着眼。出だしの音が一音ずつ高く作曲されていることに気づかせ、シューベルトの作曲術に興味を持たせる。

 (昔の教科書にはその分析は示されてなかったが、現在は色が付いてて、生徒に容易に変化が見つけられるようにしてあり、かえって残念。できればそれを自分の力で見つけさせたい。)

 もう少し詳しく分析すると、出だしの音だけじゃなく最後の音も出だしと同じ音で終わっており、子④では思いっきり音が下がって、連れていかれた(意識がなくなった)のがわかる。

 

4⃣「父親のせりふ①~④の気持ちの変化を作曲家は調性で表している。それを、せりふごとに長調か短調かを調べ、歌詞に示されていない登場人物の奥深い感情を感じ取らせる」

 4回目は調変化による父親の言葉の裏にある感情変化を感じ取らせる。これが実はシューベルトの作曲テクの一番すごくておもしろいとこ。父は言葉では終始安心させるための声かけをしているにもかかわらず、曲調が変化することで心の揺れを感じ取ることができるのだ。

 (生徒には長調=明るい曲調、短調=暗い曲調とだけ理解させ、気軽に書きとらせる。)

父① 短調(子供が心配)。←これは当たり前

父② 長調(子供を安心させるため明るく)。←これも当たり前

父③ ここからがおもしろいとこ(シューベルトの作曲技のすごさが映えるとこ)

 子供のただならぬ様子に不安が隠し切れなくなり、ト長調で歌うべきところを、平行調のホ短調で歌い始めてしまう。子供に不安が気づかれないように長調に戻したいが、即座に平行調に戻すことは不可能なため同主調の長調に転調、そうして何とか長調で歌いきる。つまり安心させようとしつつも不安が見え隠れしていることをシューベルトは、転調の妙技で表しているのだ。

父④ 不安が増してきているさまを、最初調が定まらないほど不安定な音を使い、最後には言葉では安心させているのに音は短調になってしまっていることから、安心させようとしているせりふとは裏腹に不安がピークに達していることがわかる。


5⃣「まとめとして聴きながら、魔王の①~③の調性も、父親のそれより単純ではあるが、魔王の気持ちを表していることを確認する」 (※ここは映像教材でもよい。ただし、映像教材は最初や途中では使用しないこと。課題よりも映像に気持ちがいってしまい、音に集中できなくなるので。)
 5回目はまとめとして聴きつつ、一番有名な魔王のメロディに着目させる。①②の調性は、子供を甘い言葉で誘っているから当然長調。③の途中からは、魔王の本性が現れ、短調となっている。

 

 ぜひ、この進め方で「魔王」の授業に取り組んでみてください。生徒たちは五回も聴いているのに、退屈さを感じる暇などないはずです。そして、シューベルトの作曲技術のすごさに触れながら、いつのまにかクラシック好きが育つことを楽しみにしています。