〈前回はこちら〉
「先生、これなんですが・・」
保険会社担当者が差し出したのは、1通の調査報告書。
そこには、車を運転して自分の店の前に乗り付け、店のシャッターを開けるミチシバさんの写真。
別のページには、お昼に近くのスーパーで昼食用なのか、パンを吟味するミチシバさんの写真。
別の写真では、ミチシバさんが裁判所に車で乗り付け(さすがに運転は奥さんでしたが)、自分で車椅子を下ろしてそれに座り、奥さんに車椅子を押させる様子もありました。
「やっぱり、そうなんですね」
私は交通事故事案のなかでも、保険会社が俗に「モラル事案」と呼ぶ「不正請求疑義事案」を主として担当しています。
そのため、私に持ち込まれる事案はそのようなモラル事案が8割以上を占めるのです。
「今でさえあんな調子なのに、こんな証拠を裁判に提出するとその後どんな大騒ぎになるか心配で・・・しかもミチシバさんのことですから、どんな突拍子のないことを言い出すか・・」
「それでこの証拠を出すタイミングをご相談に来られたのですね」
「はい、ただできれば裁判に追加の代理人として参加してくれませんか?」
「・・・今の先生がお気を悪くしないのであれば」
テレビドラマなどをみると、主人公の弁護士(ここからは阿部寛のイメージでどうぞ)がこのような証拠を法廷で取り出し、相手に、
「これはなんなんですか!?」
と突き出すと、相手はとたんにしどろもどろになり、
「こ、これは・・・知らん知らん!」
とオロオロし出し、更に主人公が、
「ここには、こんなに元気なあなたが写っていますよ!」
と写真を目の前に差し出せば、たまらなくなった相手が、
「うわあああ」
と叫んで泣き出し、
「悔しかったんだよおおお」
などと法廷で自白する、という胸熱展開になるのですが、実際にはそうはなりません。
平然と
「ああ、この日ね。医師がリハビリに少しでも動けというから、頑張って歩いてたんだ」
と言うわけです。
その後、
「このリハビリの後も無理をしすぎてしばらく動けなかった」
などの主張があれば、裁判所も迷ってしまいます。
これまでも、別の弁護士の担当事件で先にこのような調査報告書を提出して、相手に様々な良いわけを許した後、
「プライバシー侵害だ!」
と争点をすり替えられて逆に責められるという事案の相談を受けたことがありますから、実際はドラマのようにうまくはいきません。
そこで私はこの調査報告書を出すタイミングを慎重に見極めることにしました。
私が裁判に参加すると、ミチシバさんは、
「誰だ、おまえは!」
と机をたたいて抗議しましたが、涼しい顔でもちろんそのまま参加しました。
私が参加したあとも、私たちが
「ミチシバさんは歩けるもので後遺障害もなく、また休業もしていないので休業損害も発生しない」
などと主張するたびに、ミチシバさんは机をたたいて激しく抗議することが続いていました。
私は、調査報告書を証拠として提出するのは、ミチシバさんに尋問(本人尋問)する日と結論づけました。
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それから2~3期日後、いよいよ、ミチシバさんの証人尋問(本人尋問)を行うことになりました。
原告に尋問する際、通常は原告の代理人弁護士が原告に質問し、原告がそれに答えるという形で進行します。
しかし、ミチシバさんは代理人弁護士をつけていませんでしたので、裁判官からミチシバさんに事故状況や事故後の生活について質問しました。
この日もいつも通り車椅子で法廷に来ていたミチシバさんは、
事故が自分の人生を変えた、
事故後は車椅子生活を余儀なくされ、順調だった自営業の仕事もできなくなってしまった、
おかげで収入がほぼ途絶えてしまった、
などを大声で、時折証言台をたたきながら、主張し続けました。
裁判官からの質問が一通り終わり、いよいよ私の番になりました。
(続く)