昨年12月は行くことができなかった御巣鷹山の尾根、5月から行くことができるため行って来ました。
川の駅上野に車中泊して早朝に出発、6時半ぐらいです。登山口まで車で30分、すでに何台か車が止まていました。昇魂の碑まで20分くらいで着きました。近くになるにつれ多くの墓標があります、広範囲に広がっていました。
今から39年前の8月12日の出来事、世界最大の単独器での航空機の事故です、死者520名、生存者わずか4名。当時高校生でしたが今でも強烈に覚えています。
遺体が広範囲に広がっているのがわかります。↓
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240505/16/yasukozu0511/b0/be/j/o1080081015434741655.jpg?caw=800)
何と言っていいかわかりません。↓
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240505/16/yasukozu0511/5b/c4/j/o1080081015434741663.jpg?caw=800)
ここに墜落↓
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240505/16/yasukozu0511/76/76/j/o1080081015434741676.jpg?caw=800)
昇魂の碑↓
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240505/16/yasukozu0511/5f/38/j/o0810108015434741689.jpg?caw=800)
この言葉に何も言えません。↓
![](https://stat.ameba.jp/user_images/20240505/16/yasukozu0511/bd/61/j/o1080081015434741710.jpg?caw=800)
何故死ななければならなかったのか?
たまたまJAL123便に載っただけの理由です。
会社の元上司の奥さんと娘さんの墓標(並んでありました)をたまたま見つけました。母娘離れ離れにならなかったのがせめてもの救いです。
墓標に関しては写真に撮っていません、撮ってはいけない気がしたためです。
事故には全く関係ありませんが、当時の搭乗された方のことを思うと涙が出てきます。
もしかしたら私が搭乗していたかもしれません、そう思うと今後しっかり生きていかなければ、と思いました。
合掌。