前回、幕末の日本はじつは全員が尊王かつ攘夷派だったが、攘夷実行の時期が即刻か未来かという違いで対立していたというお話をしました。

 

ただ、生麦事件のような突発的な事故や一部藩士のテロ行為を除くと、藩として積極的に攘夷を行なったのは長州藩(外国船砲撃)だけです。

 

しかし、じつは長州以外にも、藩として攘夷を行なおうとしたところがあったようです。

備前(岡山)・因幡(鳥取)・阿波(徳島)・米沢(山形)の4藩が協力して、横浜で戦争を仕掛けようという計画です。

 

備前藩主だった池田茂政(もちまさ)が明治25年の史談会でこう語っています。

攘夷鎖港の事は、あの時分にはひどかったが、私に慶徳(よしのり:鳥取藩主池田)および今の阿州(阿波:徳島藩主蜂須賀斉裕 はちすか なりひろ)、上杉(米沢藩主上杉斉憲 なりのり)四人で、旧幕へ攘夷鎖港を仰せ付けられます様にと願った所、幕府では、これは出来ぬとあるから、今回はこの四人に攘夷鎖港を仰せ付けらるれば、横浜に至り戦争をやってみたいということを、鷹司関白へ行って願うた。

随分やかましく迫った所、徳川家の外に側からすればむずかしいとか、徳川氏の処置を待ってするが宣いとか、三條始めの論で、到底無茶苦茶になった。

しかし三條が参朝して願いの趣、一旦聞届けられたということであった。
其積りで帰って五日ばかり経ると御沙汰止み、どこからか言ったものであるか、伝奏より表向に達せられた。

【池田茂政「文久三年癸亥八月十八日長藩堺町御門守衛を解き七卿西走の事実」『史談会速記録第2輯』】
 

池田茂政は水戸家出身で斉昭の九男、鳥取藩主の池田慶徳は同じく斉昭の五男で兄弟です。

 

岡山市編『岡山市史』より池田茂政
国立国会図書館デジタルコレクション

 

ついでにいうと蜂須賀斉裕は11代将軍家斉の二十二男で、彼ら3人は徳川一族からの養子、上杉斉憲だけが嫡男でした。

 

いずれも外様大名で、備前は31万石、因幡32万石、阿波25万石、米沢が15万石ですから、4藩を合わせれば100万石を超える大兵力となります。

この兵力をもってすれば、一時的には勝てそうな気がします。

 

しかし、「はやく攘夷せよ」と幕府に迫っていた関白鷹司輔煕(たかつかさ すけひろ)は、彼らの申し出を却下しました。

 

史談会の席上でもこの関白の態度が疑問視されました、質問したのは島津家事蹟調査員の寺師宗徳(てらし むねのり)です。

 

(寺師君)鷹司公は攘夷賛成の方でありますけれども、なぜお止めになりましたろうか。

(池田侯)厳しく言うと返って後込みするは、当時公家の風である。

(寺師君)それは三條(実美)公も御同意でありましょうか。

(池田侯)三條も居ったが、中々うんといわぬ男で、この度は止まる様にと反(かえ)って御説諭を蒙った。

(寺師君)夫れや此れやを考うれば、幕府をいじめるためにされたという疑いがある。

(池田侯)無いともいえぬ。

(寺師君)単純に攘夷が必要ならば誰がやっても宣い、やり抜く段になって彼の此のと身分に拘泥して、事を左右に托するのは、どうも疑わしく思います。

(池田侯)その時は吾等は本当にやるつもりで覚悟でありしが、(鷹司関白は攘夷実行を)大変恐れたのである、出来ようかどうかというのでは決してなかった。

(寺師君)今度は反って御説諭をお受けになりましたか。

(池田侯)色々議論に渡れど、しまいには説諭して、止めろということである、そこは妙なものであった。

(寺師君)先づそうすると、幕府も攘夷という出来ない事の注文を以て、難題をおぶさったというものですねー。
【上掲書】
 

朝廷が幕府に「攘夷をやれ、やれ」と強く迫るので、徳川一族出身の外様大名が中心になって「では幕府に代って、われわれが攘夷を実行します」と申し出たら、朝廷がうろたえてそれを止めたという話です。

 

結論として、池田茂政と寺師宗徳のやりとりをあげておきます。

 

(寺師君)朝廷も本当のところは、外国よりも幕府が憎かったでござりましょうか。

(池田侯)それは、既に今日から考えてみると、その気味である。
元来公卿は増長して居られたから、一つ貰えば、これはもう一つと言うて、ひどく大名を羨(うらや)まれたのである。
今日でもあなた方は大名であったからと言うことがある、どうもその様に見える。

(寺師君)全くそうすると、攘夷の根源は真実が五分、ためにするのが五分という気味合いですねー。

(池田侯)先づそう、武家馬鹿で知らぬから真似をしたが、馬鹿であったというようなものである。
【上掲書】
 

つまるところ朝廷が幕府に攘夷実行を迫っていたのは、孝明天皇の御意思が半分、攘夷をネタにして幕府にたかるのが半分だったというのが、池田侯爵と寺師調査員の結論のようです。

 

 

via 幕末島津研究室
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