首都大学オープンユニバーシティ「イタリア 歴史&美術散歩」の講義(SABA講師)は、17日第10回目の講義を終えた。今回は、ルネサンス時期の建築等の特色について説明があった。その後、ルネサンスの歴史について、次のような内容の講義があった。
 14世紀は教皇ボニファティウス8世の発案で、教皇の威信の回復と財政の穴埋めのために聖年祭が行われた。この教皇は、良心の痛みも感じず、神の審判など存在しないと公言していたそうである。この教皇は、ルネサンス型、ボルジア型教皇の先駆であったと言われている。

 また彼は、あらゆる種類の罪悪を丹念に実行したそうである。まず大食の罪。次に食欲と贅沢の罪。そのうえ迷信家で妖術を信じ、賭博が好きだった。そしてこの教皇が最も渇望していたのは、権力であった。この教皇は、教会の権威の体現者であり、地上での教皇の絶対権が疑問視されることを許さなかった。
 これに対しフランス王フィリップは、教皇の専横に対する抗議のしるしとして、国内の教会税を凍結し、ローマに遅らせなかった。そして教皇とフランス国王は、教皇の権力主義の行き過ぎが原因で争いを始めた。

図書館からDVDを借りて、生き物たちが懸命に生き残る姿を鑑賞し感動した。

DVDそのものもこれまで限界とされていた撮影技術をはるかに超えた映像だそうである。

特に哺乳類は、温血の体、敏感な感覚、高度に発達した知能を駆使して生き延びてきたが、最も重要なのが家族の絆だそうで、映像の中で明瞭に表現されていた。

第9回セミナー(首都大学SABA講師)は、前回に引き続き「14世紀初頭のイタリア情勢」だった。

この時期、五極構造に分裂したイタリアでは、自治都市体制の危機が進行していた。

この危機の直接の第一の動機は、「この自治都市体制の基盤が主要な公職の選挙制だった」ことにあったという。第二の動機は、「広汎な大衆が政治機構から除外されていた」ことだそうだ。第三の動機は、「経済成長とともに社会の経済構造が複雑化した」ことにあった。第四の動機は、「イデオロギー的動機、即ち教皇主義の破産」であった。

こうしてイタリアは、自治都市体制から独裁君主体制に移行していったという。