安田貴広のDARADAWRITE

安田貴広のDARADAWRITE

ロックバンドAo(アオ)のVo.ヤスダが日々思ったことを書くかもしれないし、全く書かないかもしれない。


お久しぶりです。安田です。
長らくブログを書くのをやめていましたが(正確に言うと、書けなくなっていましたが)、いろいろ思うところがあり、noteに移行して文章を再び書いてみようと思います。
​自分の名前で検索して出てくる過去の記事を読み返すと、その幼さ・思慮の浅さ・傲慢さに、身悶えするほど恥ずかしくなります。
消してしまおうかと何度も思いましたが、あえて数件の記事はそのまま「戒め」として残しておきます。
​あの頃の自分よりは、少しはマシな文章が書けるようになった気がするからです。
(というか、そうであって欲しいという願望も込めて)
​もしよろしければ、新しい場所でも覗いてやってください。



​これまで読んでいただいていた皆様、本当にありがとうございました。


そして独り夜の中で
昼間の失敗を悔いているの
やっておかないといけないこと
手に負えないほどある気がしてる

明日こそはあらゆる人に
心から感謝して過ごそう
そんな風にいつも思うけど
起きたら必ず忘れてる

穏やかで緩やかで
空気に満ちたこの世界で
まだ僕は潜ったままで
呼吸もせずに泳いでいるよ

決して人には言えないこと
気付けばまた一つ増えてた
こんな風にほんの少しずつ
水は透明度を失っていく

経験不足な僕はただ
独りになるのが怖いだけで
そんな醜い気持ちなのに
それを愛だと勘違いした

変わらずにそこに在る
巨大な渦に呑まれぬため
まだ僕は潜ったままで
呼吸もせずに泳いでいるよ

穏やかで緩やかで
空気に満ちたこの世界で
まだ僕は潜ったままで
呼吸もせずに泳いでいるよ

夏が過ぎ 秋に吹かれ 冬が終わり 
春は来ない
まだ僕は潜ったままで
景色も見ずに泳いでいるよ
穏やかで
潜ったままで
 
キリンの首がなぜ長いのか、皆さんは知っていますか?
私は知りません。
ですが、「進化って何?」と聞かれると、なんとなくの答えはある程度共通していると思います。
たまたまの突然変異により、形態、生態、行動などの性質が、その生物をとりかこむ環境の元で生活してゆくのに都合よく変化し、それゆえにその変異を得た遺伝子が繁栄し、それ以外の個体が淘汰されることによって、結果的にその生物の特徴が変化することが〝進化〟だと考えている人は多いのではないでしょうか。
ダーウィンの進化論を薄っぺらく知っている程度の私は、少なくともそう考えています。
「カメに甲羅があるのはなぜ?」
「フクロウが鳥のくせに夜でも目が見えるのはなぜ?」
と考えると、彼らはこうした〝自然選択〟によって今の姿になったのだと考えるのが自然なように思えるからです。

しかし、私は昔、パラサイト・イヴという小説を読んで、それ以外の理由による進化が存在する事を初めて知りました。
ものすごくざっくり説明すると、酸素をエネルギーに変換するミトコンドリアは元々は別の生物であり、それが人間の遺伝子の中に吸収され、現在の人間の形になった。というような内容に基づいた作品でした。
他にも、外界から他生物の一部として組み込まれた独自の遺伝子構造を持つ器官を、オルガネラと呼ぶそうです。

そして、ウィルスもまたこのオルガネラであると主張する説もあるそうです。
レトロウィルスの逆転写酵素が発見されたことからも、この主張が生まれるのは必然的であるように思います。
ウイルスの遺伝子が宿主に取り込まれてその種族が進化するというこの、ウィルス進化論の見地からすると、今回のコロナウィルスと人類の戦いは何を意味するのでしょうか。

私は個人的には、人間の遺伝子レベルでの進化はもうある程度頭打ちの状態ではないかと考えています。
正確に言うと、人間の、人間による自己進化、もしくは自己淘汰が遺伝子レベルの進化のスピードを遥かに上回るのではないかと考えています。
サイボーグ技術やゲノム研究、そしてAIの発達がその一端です。
進化は遺伝子構造の変化のみによって促されるものではない、とするこの考えの上でコロナウィルスが人類に何をもたらすのかを考えると、急速に発展しているテクノロジーについていけるだけの価値観、カルチャー、イデオロギーといった分野における進化が考えられます。

大袈裟ではなく、コロナウィルス以前の人類には、もう戻れないのかもしれません。
人との直の触れ合いや繋がりがなによりも大切だという一般的な価値観を、コロナウィルスは全否定してきます。
究極的には、人と触れ合うことが皆無である無職引きこもりの人が、今一番コロナウィルスの脅威を感じなくて済む状態になっています。
テレワークがこんなに早く普及するというのも想定外でした。
欧米の、ハグやキスの文化も今後見直されるかもしれません。
私の個人的な印象ですが、Skype等を使用したテレビ会議はとても合理的な割に、特に年配の方にとってはどこか「サボっている」、「手を抜いている」、「愛(誠実さ)が無い」というような印象を持たれる事が多く、実は特に大きな必要性が無いにも関わらず、東京本社や取引先に行き、あるいは全社員が一箇所集い、会議や集会が開かれていたように感じてしまいます。
コロナウィルス以降は、少なくともこの価値観と慣習は大きく変わると思っています。

また、奇しくもこのタイミングで通信は5Gの時代に変わっていきます。
技術的なところが大きく進化しているのに、肝心の人間が何も変わらないという方が不自然であると、私は思います。

あくまでもこれは一例に過ぎず、私が考えもしない変化(進化)が、あらゆるところで起きている最中なのではないでしょうか。

そんなことを考えながら、バカ殿のDVDをオンラインでレンタルできないか調べています。
仏教にはこんな話があるそうだ。

天国でも地獄でも、食事をする時には必ず箸を使わなければならないらしい。
しかし、どちらの世界の箸も、恐ろしく長くそして重いのだ。自分の食べたいものを自分の口に運ぶことが難しいほどに。

地獄の住人は我先にと食べ物を奪い合うのだが、箸の長さと重さゆえに結局食べ物を口に運ぶことができない。それゆえに誰もが痩せこけてしまっている。
一方天国の住人は同じ箸を使っているにも関わらず、それぞれがお互いに相手の食べたいものを箸で口に運んであげるのだという。

なんとも奇妙な話ではあるが、この話からわかることは、天国の住人は助け合うことを当たり前だと思っているということ。さらにはそのことに喜びを感じているのだということがよくわかる。この関係性は、自分が他者に何かを〝してもらう〟ことに対して常に感謝していられる人間同士でないと成立しない。

人間は、誰かに何かを〝してあげた〟ことに執着する。そして〝してもらった〟ことは驚くほど忘れてしまう。僕ももちろん例外ではなく、誰かに〝してもらった〟ことは忘れがちなのに〝してあげた〟ことだけはたくさん覚えているような気がする。最近特に、それを思い返して反省している。

天国の住人はなぜ天国に行けたのか。それはやはり〝してあげた〟ことではなく〝してもらった〟ことをしっかり覚えていて、お互いに感謝しながら生きることができる人達だからだろう。そういった人間は、まず悪行を働かないだろうから。

感謝する気持ちは忘れがちだ。気をつけなければならない。
しかし何より気をつけなければならない大切なことがある。それは、自分が〝してあげた〟ことを相手が忘れていたとしても、
「あんなに○○してあげたのに!」
と感じて怒ることだけは、絶対にしてはしてはいけないということ。
その感情を誰か一人が持つと、例えが悪いかもしれないが、まるでたった一つのミカンが腐っているばかりに周りのミカン全てが腐っていくような強烈な伝播力で広がっていく。

「あのとき奢ってやったのに!」
「落ち込んでるときに慰めてやったのに!」
「熱出したときに看病してやったのに!」

例えそんな風に思うことがあっても、その不満が相手に伝わってしまうと良くない。それ以降は感謝の言葉を言ってくれるようになるかもしれないが、お互いの関係がギクシャクしてしまうからだ。相手に
「お礼を言わないと気分を悪くされる」
という理由でお礼を言われて、何が嬉しいものか。
感謝の言葉を述べない人がいるとしても、その人は強制的にではなく、自分の力で〝してもらった〟ことに気づくほかないのだ。

あまりにも理想論すぎて自分でも実践できる自信が無いのだけれど、これからもおそらくそこそこ長い間生きていくであろう僕の人生に向けて、この言葉を戒めとしてここに書いておく。

「してあげたことは忘れろ」

それでは皆様ごきげんよう。


人生初の裏切られ経験

皆さんこんにちは。
これを読んでいる皆さんは、人を裏切ったことがありますか?裏切られたことは?
おそらく、裏切られた方はいつまでも覚えていることでも、裏切った方にとっては思い出せないような、そんなエピソードがきっと私達の生活の中には沢山潜んでいるのだと思う。

中学生の時、Kという友人がいた。彼は新しく転校してきた女の子と付き合っており、その子と毎日一緒に帰っていた。彼がいわゆるヤンキーという人種であったIやMにいじめられだしたのはそのことと無関係ではなかったと、私は記憶している。
修学旅行の班決めで私はKと同じ班になった。IやMからターゲットにされていることで他の同級生から多少なりとも敬遠されていたKに、私はかなり同情していた。
夜、みんなで談笑していると、IやM、その他大勢の輩達が部屋に乱入してきた。そしてKを袋叩きにし始める。
その頃はこういったことが日常的に行われていた。私ははできるだけ庇っていたが、それがまさに目の前で起きているその時は、体を張って止めるしかなかった。
そのときMは恐ろしい事を口にした。
「これ以上庇うとお前もやっちまうからな。」
彼らが部屋から出て行ったあと、窓の外から何やら話し声が聞こえてきた。
「あいつまじでむかつくなー。やっちまおうや。」
MとIの話し声だった。
私の部屋のちょうど両隣が、先ほどの襲撃者達それぞれの部屋だったのだ。
これが私の記憶に残っている、修学旅行の唯一の思い出である。

それからの私は、トイレに行くのも苦労する生活を送らなければならなかった。
男にとって、トイレで用を足している時ほど無防備な時は無いのだ。
私は学校を休みがちになったし、授業中に祈りながらトイレに行くような生活を強いられた。

結果的に私が袋叩きに遭うようなことは起きなかったのだが、そのあと私は人生で初めての裏切りに遭った。
事の始まりは、KがIやM達と和解したことであった。
私もなんとなく和解したような雰囲気になっていたので、丸く収まってよかったなと安直に考えていたのだが事実は違っていた。
Kが、なんとか私をいじめの標的にするために、IやMに私の悪口を有る事無い事吹聴しているという話を、私はIから聞かされたのだ。
私の行為は、悲しみは、恐怖は一体なんだったのだろう。

数年前、何もなかったかのようにFacebookで話しかけてきたK。
久しぶりに私に会いたいなどと抜かしているらしいM。
俺に謝罪しないことを恥ずかしく思わないのなら、そのまま生きればいいと思います。
過ぎ去ったいい思い出になんか、なってませんからね。

君達がいたから俺は、音楽家として成功できたわ。
ありがとうね。
まじで、ありがとう。

無事かどうかは分かりませんが、Ao復活ワンマンライブが札幌と東京共に終了しました。
正直に言えば、思うように歌えない中でのライブ決行は様々な不安や恐怖との戦いでした。
当日ライブが始まってからも、数曲の間は苦しさと恥ずかしさと申し訳なさが心の中に渦巻いており、それらが決壊して心が折れそうになりました。涙を流しながら歌ってしまうという有様で、自分が情けなくなりました。
かと言って、悲劇の主人公のような振る舞いでお客さんの同情に訴え、無理矢理ライブを成立させるような空気にするような卑怯な真似だけは絶対にしたくなかった。
しかし札幌も東京も、見に来てくださった方々は本当に温かく僕らを迎えてくださいました。
皆さまに助けられて、僕は苦しいながらもライブを楽しめましたし、最後まで歌い続ける事が出来ました。
本当に、本当にありがとうございました。


「あの頃は良かった」という大人が沢山いる。いや、厳密に調べた訳ではないが、言い方は違えど年配の方から聞く話には、よく似た趣旨の感想が混じっていることが多いと感じる。
私は、自分はそういう風にはなりたくないなと日々思っている。
それを言ってしまうと、自分が時代の流れに屈したことを認めているような気がしてしまうからだ。

「いやー音楽業界は不況だからさー」的な言葉は、ミュージシャンやレコード会社の人間からよく聞く言葉になってしまった。私も言ってしまう事があるこの言葉だが、こういうことも、なるべく言わないようにしたいのだ。
理由はもちろん、上記のものと一緒だ。
私が職業として音楽を始めてから10数年が経つが、その間にも音楽を取り巻く環境は日々変化し続けている。
その一例として、例えば以下のような事が挙げられる。

①ネットが普及した→誰でも何かを発信する事が出来るようになった→有名人のプライベートがベールに包まれなくなった→アイドルやアーティストとファンの距離が近くなった

②ネットが普及した→音楽がyoutubeやダウンロード、コピー等で手に入れやすくなった→CDが売れなくなった

③PCのスペックが上がり、低価格になった→昔は数千万円かかっていた音楽のレコーディングが、ともすれば自宅でできるようになった→音楽を作る人間の絶対数が増えた→競争率が高くなった→CDが売れなくなったことと相まって、音楽制作にかかる予算が大幅に下がり、自分が勝ち残る確率も減った

などなど、挙げればキリがないのだが、それを嘆いて何か得することがあるのかと自問自答した結果、得することは何も無いという結論に至った。

前回のブログで書いたことと若干被るのだが、私は「金を稼ぎたい」と思って音楽を始めたわけではない。金を貰えないのにやっていたことで、たまたま稼げるようになっただけである。
今回最初に触れた「あの頃は良かった人達」は、総じて現在のシステムの中で音楽的に成功(何をもって成功とするかの問題はあるが)してはいない。
それは何故だろうかと考えた。
おそらく、その人達が成功していないのは、決して才能が無いからではないと思う。
口を開けば「あの頃は〜」と言うということは、現在のシステムの中でどう戦うかを考えることを放棄しているに等しいからではないのか。
もちろん、私が考える〝成功〟をしていない人を見下したり、バカにしたりはしていない。人はそれぞれであり、音楽とは本来、楽しいからやるものである。
職業音楽家でなければいくら言ってもいい言葉だと思う。
ただ、私が「あの頃は〜」と言いたくないのは、私は職業音楽家であり、未だ成長の途中でありたいと願っているからなのだと思う。
音楽は、私にとっての信仰である。
現在の音楽シーンの中でも聴いて涙を流せるような音楽を見出せる自分で在りたい。
できれば今後もずっと、私はそう在りたい。
現在仕事とリハビリを兼ねた東京への小滞在に向けて飛行機に乗っている。
普段は飛行機に乗る場合、必ず機内で暇にならない為の動画なり書物なりを用意するのだが、今回はお気に入りのインナーイヤー型ヘッドホンのみの持参。というのも、私は普段音楽を聴くという習慣がめっきり少なくなっており、それは非常に良くないことだと思っていたからだ。
なぜ音楽を聴くことが少なくなっているのか。理由はいくつか思い当たるが、最も大きなものは、自分が音楽的に逆境に差し掛かっているからだろう。
思うように歌えないだけではない。正直に言うと、私は最近まで音楽を作ることに楽しさを覚えられなくなっていた。何をするのも億劫で、ひたすら眠り続ける日々がしばらく続いていた。一日に19時間寝たりもしていた。
「作ったところで、それが何になるんだ。」
「何のために作ってるのか分からなくなってきた。」
などといったセリフを友人や事務所の社長に吐いたりもしていた。
幸いなことに、現在はそれが改善されつつある。
睡眠時間も元のショートスリーパー状態に戻ってきた。
寛容な社長は、「今は一度音楽から離れたいと思う時期なんじゃない?長くやってるんだから、そういうことがあってもおかしくないよ。」などとも言ってくれて、私の罪悪感を大いに軽減してくれた。
そのおかげもあったのか、今回は移動中音楽を聴き続けようかなと思えるほどには前向きになれている。

少し前の話になるが、私が大変ショックを受けたエピソードがあった。
我々Aoと同じく札幌を拠点として活動していたバンドが解散したのだが、その際のメンバーの声明に私は大きく動揺した。
彼の文章の要点をまとめると以下のようになる。

・自分達の音楽を聴く人間はセンスがいい
・つまり世の中の大多数はバカだ
・今日本で流行っている音楽を良いとは思えない
・バンドを解散して次の仕事では莫大な金を稼ぐ
・以上の内容を発表したあとも、まだライブスケジュールが何本もある


元々私が音楽を始めたのは、好きなバンドがいたからだ。彼らのように音楽を演奏したくてギターが弾けるようになりたかった。
高校時代、自分で音楽を作るとは夢にも思わなかった私は、コピーバンドでギターやベースを弾いていた。
性格的にサラリーマンを続けられず、結果的に逃げ込んだ形になった音楽の世界では、初めて自分で楽曲を作るということが何より楽しかったし、それを他人が聴いてくれることも嬉しかった。少なくとも、「よーし!これで金稼ごう!」と思ったことは一度も無かった。
音楽をやっている人間なら誰でも分かると思うが、金を稼ぎたいのならば他にもっと効率のよいやり方がいくらでもある。
ミュージシャンがお金の話をするのをファンは好ましく思わないという前提がありつつ、それでもお金が入らないと音楽活動を続けていくのは難しいというのも事実である。しかしこの件はその問題とは種類が違う。
私は人付き合いが決して良い方ではないし、むしろ札幌の音楽業界の中では嫌われ者である自覚もある。
しかしそれでも同じ北海道という地で頑張っているミュージシャンに対しては、親近感や共闘者意識を少なからず持っている。
そんな中の一人が最後に捨て台詞のように金の話をして辞めていくことは、私を大きく傷つけた。もちろん彼も傷ついていたのだということは理解できる。そして捨て台詞的な意味合いではなかったのかもしれないが、僕はそう感じた。
思ったように自分の音楽が受け入れられなかったとき、ミュージシャンは必ず葛藤するものだ。自分がやりたいことと世間で評価されることに差異を感じる場合、その責任の所在や改善方法を模索するものだ。しかし私には未だに、努力と迎合の違いが分からない。
私は色々な音楽を作ってきて、評価されたものもされなかったものもあるが、「本当は作りたくなかった」とか思いながら作った曲は一曲も無い。自分の中に無かった発想で、今現在評価されていて、なおかつ自分も好きだと思えるマテリアルは、探せばいくらでもあると思う。
それを参考にしてパクリになってしまうようなら、それはそのミュージシャンの力量不足でしかないと思う。そこにオリジナリティーを落とし込む能力が足りないだけだ。
自分もいつ挫折してしまうか、正直分からないところはある。だが、世の中を批判しながら去っていくことだけはすまいと、心に誓っている。
久しぶりに自分の思考を言語化しようと思い、iPhoneを手に取った。LINEブログのアプリを見つけようと思ったが、どこにあるかわからない。SNSと書かれたフォルダを開くが出てこない。ホーム画面に戻ると、私にとって一番目立つ場所にそれを見つけた。
普段から頻繁に使用するアプリであればこんなことは無い。習慣というものはと恐ろしいなと思った。
私が患っている歌唱時機能性発声障害というものは、正に習慣と大きく関係している。人間は何か一つの運動を行うことで、それに伴い使用される脳の神経回路に電気が通り、どんどん回路が強化されるのだという。
泳ぐ時に使う回路。絵を描く時に使う回路。そして歌を歌う時に使う回路。
私の場合はもちろん歌唱回路(便宜上命名)を頻繁に使っていたわけだが、あまりに使用頻度が高いとその回路にバグが生じるらしい。その行動の複雑さにもよるのだが、そのバグのせいで今まで当たり前に出来ていたことができなくなるのだ。私が様々な医療機関やリハビリ施設などで頻繁に聞いた例は、ピッチャーが急にボールを投げられなくなるとか、フィギュアスケーターがジャンプを飛べなくなるといったものだった。
イップスという症状である。歌唱時機能性発声障害は厳密に言えばイップスとは少し異なるものであるらしいのだが、治療方法はほぼ変わらない。今まで使用していた脳の回路とは別の場所に、全く新しい回路を作り上げるというものである。
それがなかなか難しく、果ては「歌えないのはなんらかのトラウマが原因かもしれない」とカウンセラーに言われたりもしている。催眠をかけてもらったり(私はかかりづらいらしいが)、ヨガの呼吸法を練習したり、過去の辛かったことを話したりもしているが、今のところ確実に手応えのあるものは無い。ただ、歌うときに恐怖で体が固まってしまったり腰が引けてしまったりするというのは、歌うことそれ自体がある種のトラウマになっているのだということだけは理解できる。
リハビリの先生が繰り返し私に言う言葉がある。
「安田さん、あなたは悪くないんです。」
私自身にはなんの落ち度も無いということを、彼は私に言い続けてくれる。
それは私にとって、何よりの救いだ。
おかげさまで、自分に何が起きて声が出なくなっているのかを理屈では理解できる程度には、私は治療から逃げずにやってこれている。
上咽頭炎と声帯結節を患いながら、それをなんとかテクニックでごまかしながら歌うという行為も、機能性発声障害をより促進させてしまったのだろう。
ところで最近は、カラオケによく通っている。長い音楽人生の中で、私がカラオケに行くという習慣は激減していた。趣味で歌うということに楽しさを覚えられなくなっていったからだった。しかし最近は友人や数少ないミュージシャン仲間と頻繁にカラオケに行っている。
なぜかというと、自分が歌えなくなっている姿を人に見てもらおうと思ったからである。上手く歌えなくなった私でも、友人は変わらずに愛してくれるのだと実感したかったのだ。良いことかどうかは分からないが、これが私の新しい習慣である。
私は中学生時代にいじめを受けていた。小学生時代は幼馴染の兄に何度か無理矢理犯され、それを誰にも言えなかった。大人になってからはバイクに乗っていて轢き逃げにあった。
私としては中学時代のいじめが一番辛い経験だと思っているのだが、カウンセラーに言わせると、他の二つの方が深刻なようだ。彼女によく聞かれることは、「その時の事を考えると、体に何か変化はありますか?」である。「特に何もありません。」と私は答える。しかしそれは異常なことらしい。
カウンセリングルームで目を閉じて過去の辛い体験を思い出すと、普通の人は背筋が冷たくなったり、胸が痛くなったり、肩に力が入ったりと様々な変化が起こるらしい。しかし私の場合、それらを麻痺させて無理矢理適応させているというのが彼女の見解である。
それだと日常生活に問題は無くても、一向にトラウマは解消されないのだと彼女は言う。私があの場所で思うのは、上手くそういった反応を示せずに彼女を困らせてしまうのが申し訳ないということだけだ。
なんにせよ、人とカラオケに行ったり、こんな場所で書かなくてもいいような自分の過去の事をわざわざ書いたりすることは、私にとっては少し癒しになっているきがする。
駄文に付き合わせてしまい申し訳ありません。
私は元気です。
復活ライブ、楽しみにしていてください。
日本語歌唱不安定症、そして歌唱時機能性発声障害のリハビリを始めました。
上咽頭炎の治療も継続中。声帯結節に関してはテクニックでかなり対処できているらしいのですが、これも今のうちに手術しておいたほうが良さそう。
問題は、手術の枠の空きが夏の間中全て埋まってしまっているということ。有名な病院だから仕方ないか。
そして、どうせなら全て完璧に治したいところですが、リハビリに関してもやはりすぐに結果が出るということは無さそうです。焦ります。精神に良くない。
昨日ブログを書こうとして付けていたタイトルが「いなくなった僕へ」でした。
…暗いよ!
いかんいかん。気づけば気持ちが暗くなってしまいます。すぐに消して、購入したてのゲーム、ワンダと巨像を楽しみました。
正直自分が歌声を失って(まぁ症状は軽いので失ったわけではないのだけれど)、ここまで喪失感を感じるとは思いませんでした。
自分には作詞作曲編曲と、幸いにもできることが多いので、もし歌一本で活動している人がこの状態になったら、その喪失感たるや僕には想像もつきません。
とはいえリハビリの先生が名言してくれた、「必ず治る」という言葉を信じてやるしかない。
俺、歌うの、こんなに好きだったんだなぁ。
新曲も気づけば20曲を超えており、どの曲を次回のアルバムに収録しようかという話になる段階です。
人前にも出ることが無くなったので、体重が増えたり急速に老けたりしないように気をつけなければ笑

さて、肝心のリハビリですが、「こんなに簡単なことができないのか…」とショックを受けてしまいました。
しかし先生がとてもポシディブというかなんというか、すごく納得できることを言っていただいて本当に励みになっています。

例えば
「安田さん、チャレンジして、できなかったままでやめちゃダメです。どんなに難易度を下げても、必ず出来てから終わりましょう!これまで安田さんがやってきたことは、出来ないことを繰り返し練習して、やっぱり出来なかったという記憶を脳にインプットするという作業の繰り返しです。それではダメです。歌うこと=失敗体験という印象が残るだけです。」
なんていう、とても身に覚えのありすぎることを仰ってくださいました。
歌うことに対して、歌詞を伝えることに対して真面目な人ほどこの症状が出やすいのだとか。
うーん。そんなに真面目だった覚えは無いのですが、自分の思想や自分の作った物語を人に押し付けるように生きてきたところはあるかもしれないので、それが原因なのかな。
…なんとなく言葉のチョイスが自罰的ですね笑
良くない。

とにかく、何が原因か分からなくて途方に暮れていた日々はようやく終わりを告げました。
この症状に陥ったアーティストも、調べるとたくさん出てきましたが、本当にみんな良くなってる。
なので僕も、あとは良くなるだけでしょう。
頑張れば。

これからも僕は、こうやって弱っているところを隠せずに皆様に吐露してしまうことでしょう。
様々なシンガーの方々がいますが、この症状を公表せずに、人から下手くそだ下手くそだと言われながら活動を続けている方もたくさんいるのだと思います。
僕にはそれはできませんでした。

締めの言葉が、見つからない。
でもあれだ。4人でスタジオに入って新曲を仕上げていくのはやっぱりとても楽しいです。
これが楽しいと思えていれば、まだ大丈夫な気がします。
また、何か書きます。それでは。