あーあー。
本当にいつ以来だろう、こんなに落ち着いた気持ちで毎日を過ごしているのは。
しみじみと、ただ穏やかに積み重なる日々に幸せをかんじる。

あと1週間たてば、
またあの拷問のような厳しい毎日が始まるのだけど。
いまはつかの間のおやすみ。

週末以外は毎日バイトに明け暮れて、
肉体的にはヘロヘロだし、
取り立てて素敵なことがあるわけじゃないのだけど。
でも、こころは、すごく澄み切っているかんじ。
きれいな湖の横で、朝の光を浴びながら、
静謐な雰囲気を体の隅々まで感じて、
深呼吸しているみたいなきもち。
心がすごくしんとして、でも少しわくわくしているような。

いまが、いちばん、しあわせ。

昨日、おばあちゃんと電話で話しているときにそういったら、
電話の向こうにいる90歳のおばあちゃんが、とてもうれしそうに、
「すばらしい人生だねえ」と声を弾ませていた。

ほんとにいろいろあって、
いっぱいもがいて、泣いて、迷ったし、
いまもそれは現在進行形で、
ぐちゃぐちゃのまま、ただ進んでいるだけだけど、
自分を、諦めなくてよかった。
信じて、思い切って、がんばってきてよかった。

あーしばらく勉強はお休みしたいよーーーー。
ブログを書くのは本当に、本当に久しぶり。
メルボルンで暮らし始めてからは、これが初、かな。

最近はもっぱらFacebookばかり活用。
海外で暮らす友達も多いから、それはそれですごく便利なんだけど、
やっぱり面識のある不特定多数の人が見ているわけで、
自分の赤裸々な気持ちはなかなか書けない…というのが正直なところ。

誰かに読んでもらったり、リスポンスを受けることよりも、
書くことによって自分の気持ちをリリースすることに重きがある私にとっては、
やっぱりブログであーだーこーだと書くことが、時には必要なのかも。

メルボルンにきてから早いちねん。
月日が流れるのは本当に早い。
通訳の勉強をして、半年。
翻訳の勉強をして、半年。
来月からは、いよいよ大学院に進んで一年間、翻訳の勉強を始める。
勉強するのはこの一年が最後。
本格的な勉強を始めてから、描いていたプランニング通りにここまできた。
最初に通訳の勉強をした半年は要領がわからず、
身になってるんだかなってないんだか、
わけもわからぬままに半年が終了。
ただ、ただ、英語の実力不足に肩を落とす毎日。

でも、翻訳の勉強をスタートしたこの半年は、本当に充実していた。
やっぱり私は書くことに対して、ものすごい魅力を持っているんだろう。
すばらしいともだちにも恵まれて、じぶんでも関心するくらいよく勉強した。
ともだちと一緒に土日は毎週大学の図書館に通いつめて、
宿題と課題の勉強に明け暮れた。
生涯記憶に残るだろうと思うくらい、充実した時間だった。
そして、晴れて卒業、進学。

ホスピタリティーを学びたいと思って働き始めたレストランも、
来月からは2年目に突入。目が回るくらい忙しい時間を幾度こなしても、
完璧なサービスには全然届かないけれど、
でも、全然無知だったワインにも少し詳しくなったりしながら、
できる限りプロとしての姿勢を提供できるよう、がんばっている。

オーストラリア人の彼氏にも出会って、
いまのところ日々笑い合いながら、穏やかな関係を築いている。

日本を出て、なにもかもが不安定だった足元が、
少しずつ定着して、安定して、土台ができてきているかんじ。

いつか、日本に帰ることになるのか。
このままオーストラリアで生活することになるのか。
じぶんの未来はまだなんにも見えない。
どんな仕事をするのか、どういうふうに英語を生かしていけるのか、
ぜんぶ、ぜんぶ、まだ先が見えない。
自分に足りないものや、不安も数えあげればきりがない。

でも、わたしは、一度きりの人生を思う存分謳歌して、
日々を懸命に、まっしぐらに生きていると思う。
家族や周りの人たちに感謝するだけだ。

正しいとか、正しくないとか、そういうものは、
きっとどこにもないんだろう。
わたしはただ粛々と、
目の前に続く道を着実に進んでいくだけ。
わたしはわたしでしかなく、わたしにはわたしなりにしかできない。
だから、できることをがんばる。
そういうまいにち。

日本に帰国してあっという間の1週間。


紆余曲折を経て、

無事、大学に合格したので、

26日に再度、オーストラリアへ戻る。


これからが私のほんとうの勝負だ。


英気をたっぷり養って、

本当に素敵な時間をたくさんすごしたけれど、

ママやパパ、大好きなともだちと離れるのは、

やっぱり寂しい。


次は2年間、会うことができなくなる。


でもすべては自分のためだ。



残り一日も素敵な時間をすごそう。

自分を信じてただ待つこと。

執着しないこと。


私がいま、もっとも自分に課したい二大鉄則。


たとえ心がたくさん揺れても、

その感情に執着しないじぶんでありたい。


人生に訪れるふとしたタイミングを、

心穏やかに、静かに待っていられる人でありたい。


焦燥感を手放すことが、

そのどちらをも満たす方法だ。

今日はふたご座で迎える新月。


せっかちな私にとって、

いくつもの段階を踏まえて、

待って、待って、待ち続けた3月からのプロセスは、

本当に長くて、忍耐を強いるものだった。


いかなる答えであっても、

私には受け入れるしか術がない。


だから、次々と扉が開いていくように、

明確な答えをもらって、

自分の人生を、

早くリスタートできるといいな。


願わくば、

それが私の望むものであってほしいけど。

Im just wana say sorry.

I didnt wana injured you.

Just I wanted to say truth of my mind.

Cuz I thought i will regret if I didnt say to you anything.

But I was wrong.


You were incredible fo me.

We spent together awsome time, didnt we?

So I thought you can allow me.

But its ridiculous.

Im so sorry.

Plz come back for your friend.

I will never contact you.



So please............................

恋が実らなかったのに、

こんなにすがすがしい気持ちなのはなぜだろう。

初めて使ったI love youは、

とても照れくさかったけれど、

でも、この世で一番甘く、

美しい響きを持つ素敵な言葉だと思う。


それにしても、オーストラリアにきて、

本当によかったなあ。

私はとても幸せだ。


うまくいかないこともたくさんあって、

気持ちが落ち込むときは、

いつも家の目の前に続く、

海沿いのエスプラネードを歩く。

この道がいつも私を励ましてくれるんだ。

考えたいことがあるとき、

胸が無性に苦しいとき、

ここにきて、この道を歩けば、

心のなかのもやもやが少しずつ晴れていく。


ケアンズでは、この道がいつも私のみかた。

ここを歩くだけで私の気持ちは落ち着く。

伝わらなかったI love youも、

たくさんの想い出も、

なかなかうまく進まない道のりも。

とりあえず、また歩き出そうと、

とにかく前に足を踏み出そうと、

そんなふうに思わせてくれる私の大切な場所。


やすだぐらし

こんな気持ちになるなんて、

再会を果たすまでは思ってもみなかった。

こんなふうなきもちで、

誰かをいとしく思うようになるなんて。


Hong。

私がGriffithに住んでいたころ、

無口な彼とはさほど親しくなかった。

ただ、初めて一緒に飲みにいったとき、

無性に彼に惹かれたのはほんとうだ。

全然喋らない人だったのに、

なぜ、だったんだろう。

ただ、人の痛みがわかるような、

何か大きな痛みを抱えた人だけが持つ、

強さみたいなものを感じた…ような気がする。


あるとき、私は付き合っていた彼とその時点で、

ほぼ別れたような状態に陥っていた。

それこそ毎日のように泣いてばかりいて。

私はあくまでも、“先輩の彼女であり唯一の日本人”

だったから、みんなもちろん、

とても優しくしてくれたのだけど。

でも、元彼の存在抜きに、

仲良くしてくれるともだちなんかいるはずもなく、

そんな毎日に私は悲しくなるばかりだった。


そんな頃、ふとしたことをキッカケに、

ホンを含む数人の男の子たちと一緒に、

飲みに行く機会があった。

ある男の子が「彼氏にするなら誰?」

と話題を振ってきたとき、

なぜか私はホンを選んだのだ。

なぜ…だったのかな。


あの夜はただただ、本当に楽しかった。

いまも、忘れられないくらいに。

みんなでベロベロになるまで飲んで、

帰り道にケンタッキーによって、

ハンバーガーを食べたんだっけな。

みんなたいした英語の実力を持っていないから、

単語を並べるだけのような会話だったけど、

それでも、きもちを通わすことはできて、

本当に、本当に、楽しかった。


そしてその夜、ホンが私に言った言葉。


「You are our friend. So dont worry!

We are friend!!!」


あの言葉は私を本当に救ってくれた。

心の底から嬉しかった。


それ以来、

私たちは毎日一緒にテニスをしたり、

たまにプールで泳いだり、

一緒にご飯を作って食べたり、

お酒を飲みにいったり、

私は彼氏抜きで遊びに出かけることが増えた。


彼らの国民性は本当に独特で、

たいして仲が良くない人とはほとんど、

口もきかない。

その一方で、親しくなったと判断した人とは、

とにかくお酒を酌み交わして、

自分たちの関係性の強さを強調する。


それでも、ホンと交わした会話の数は、

そんなに多くなかったと思う。

でも、時折みせる驚くほどの優しさに、

私は何度も救われて励まされた。


私が勉強のために、

Griffithを離れることになったとき。

私と彼らで最後の一席を設けることはできなかった。

仕事場自体が少し複雑な状況になっていて、

私は彼らとの距離感を図りかねていたのだ。

だから、少しだけお酒を一緒に飲んで、

ハグを交わして、そして、さようならを言った。


でも、私がケアンズに戻って以来、

誰よりもこまめに連絡をくれたのが、

誰であろう無口なホンだった。

勉強ばかりで毎日寂しく感じるとこぼす私に、

「近いうちにまた会えるから大丈夫!」

と慰めてくれたり、

いつも勉強の様子を心配してくれた。


「あと3日後にはまた会えるんだよ!

信じられる? 本当に楽しみ!」


そんなメールをくれたにも関わらず、

再会したときのホンは、

相変わらず無口だったけど。でも…

1週間毎日、毎日、一緒に過ごす日々の中で、

私たちはじゃれあい、たまにののしりあい、

まるで兄弟のように近しい関係になった。


ホンの優しさを見たのは、

チョコパイがキッカケだったんだよなあ。

髪の毛を邪魔くさそうにすれば、

ゴムを渡してくれたり。

ちょっと危ない場所にいけば、

手を引っ張ってくれたり、

重たい荷物を全部持ってくれたり。

自転車に私を乗せて家まで送ってくれたり。

いつもいつも、隣に座れと手まねきをしたり。


最後の夜。


「オレも同じように泣きたい気持ちでいっぱい。

でもその気持ちをただ、飲み込んでいるだけだよ。

オレは英語がちゃんと話せないから、

この気持ちを十分に伝えることができない。

韓国語が通じるなら、

もっとちゃんと説明できるのに…」


明日、きっと空港で泣いてしまうと思う。

そういった私にホンが返した言葉。

私はなにもいうことができなくて、

ただただ、だまっていた。

一緒にたばこを吸いながら、

同じ星空を見つめながら。


男と女でもなく、ともだちでもない。

私とホンだけの特別な関係。

そんなふうにしか説明できないような、

ものすごくスペシャルな関係を、

私たちは築けたような気がした。


オーストラリアで交わった出会いは、

貴重で刺激的だからこそ、同時にもろくもある…

と、私は少し寂しい気持ちを含みながら思う。

お互いがそれぞれの国へ帰って日常に戻れば、

この儚い時はきっと毎日の中に埋もれてしまう。

歳を重ねたからこそ私は、

時間が味方になってくれることも、

無常なほど私たちから想い出を奪ってしまうことも、

知っている。

だからこそ、

ホンとのさようならは本当に辛かった。


絶対に連絡はとり続けること。

誰かの結婚式には絶対全員出席。


私たちが交わした約束。


“絶対”はこの世に、

存在しないのかもしれないけれど…。

でも、信じたいな、やっぱり。

守っていけるといいよね、いつまでも。


いつまでも、終わりなんて訪れないような、

いつか会えることをずっと信じていけるような、

そんな関係であれるといいね。


そんなふうに思わせてくれて、

ありがとね、ホン。



やすだぐらし

テストが終わったタイミングと同時に、

Griffithで一緒に働いていて、

仲の良かった韓国人の男の子たちが、

旅行ついでに私の暮らしている街に会いにきてくれた。


5月17日~24日までの1週間、

とにかく毎日一緒に遊んで飲んだ。

スキューバーダイビングにいったり、

ラフティングにいってみたり、

BBQをしてみたり、

レンタカーで川に泳ぎに行ってみたり。


それと同じタイミングで、

ちょうど、18日に別れた彼氏が、

日本経由で韓国に帰ることになっていて。

私はまるで家族のような存在だった彼が、

オーストラリアを離れることにひどく動揺していた。


ところが、

韓国ボーイズたちとしたたか飲んで、

彼らのホテルでグロッキーになっていた18日の早朝、

突然、元彼から電話がかかってきて、

これからケアンズに向かうから、

お昼ごはんだけ一緒に食べよう!と。

急遽最後の再会に。

少しだけセンチメンタルな気持ちになったけど、

私を救ってくれたのは正真正銘、

その韓国ボーイズたちだった。


以後、彼のことを思い出す余地さえなく、

わたしは彼らと過ごせる時間を心底楽しんだ。


薄情? 節操なし?


私も自分自身の気持ちがわからなかった。

ただ、一つだけ確信したのは、

わたしはこうして彼のことを忘れていけるのだということ。

それは意外なほど私に安心感をもたらした。

未来のない彼にいつまでも気持ちを引きずられるのは、

絶対に嫌だった。思い出を美しく感じすぎるのが私の弱点。

だから、忘れられるのだということがわかって、

私は安心したんだとおもう。


私が試験の結果を受けた20日も、

彼らがいてくれたから、

笑って乗り越えられた。

家に帰ってベスと一緒に泣いたけど、

それでも私は前向きな気持ちを失うことはなかった。

本当に夢のような、楽しい、たのしい、時間だった。

だから、彼らがケアンズを去ってしまったいま、

また自分自身がからっぽになったような気分だ。

次々にいろんなことが起こって、

私はさまざまな感情を整理できずにいる。


彼のことを思い出さなかった1週間。

固執して、執着していたあの気持ちは、

いったいなんだったのだろう。


そして、韓国ボーイズたちとの別れを経て、

もう誰かにさよならを言うのは本当に嫌だと思った。

ふつうのともだちだった彼らが、

ほんの一週間で恐ろしく近しい存在になった。

別れるのが本当に辛く感じた。


人生はさようならの連続だ。

出会った数のぶんだけ、

私はさようならを言わなくてはならない。

オーストラリアでは特に。

私たちはきっといつでもまた会えるけれど、

このはかない瞬間はもう二度と得られない。

これからいくつのさよならが待っているのかと思うだけで、

胸が締め付けられるような気分になる。


人生は本当に簡単じゃないなあ。

試験の結果も。

さよならの連続も。

続いていく道のりも。


とにかく、ちゃんと気持ちを整理して、

また改めていまの自分を書きとめよう。


5月7日、初トライしたIELTS。


■結果


・Writing・・・・・・・・・・5.5

・Reading・・・・・・・・・4.5

・Speaking・・・・・・・・5.5

・Listening・・・・・・・・6.0

-----------

平均点・・・・・・・・・・・5.5



見事な惨敗。。。


私としては平均点6.0が必要だったのと、

何よりもリーディングの4.5がかなり痛い…涙。

ライティングも6.0はとりたかったところなので、

結果としては本当に残念に終わった。

がっくし・・・・。


語学学校の先生のアドバイスを受けて、

その後すぐに直接TAFEに電話をして、

この結果をもってしても、

願書の提出ができるかどうかをたずねたところ、

先方から「No problem!」の返答が出たのでひとまず送付。

昨日、資料が届いているはずなので、

6月くらいまでには返事がくるだろう。


うーん、やっぱり7週間の勉強では、

自分にとって不足だったのか。

とりあえず、泣いた。

語学学校の先生には毎日、

エクストラの宿題を見てもらっていたし、

ベスの友達はスピーキングの練習をしてくれた。

Exボーイフレンドは私の学校資金作りのために、

生活のすべての面倒をみてくれた。

気ままな海外生活に快く協力してくれた両親、

いつもいつも勉強の調子はどうかと尋ねてくれたともだち、

結果を出せなかった自分がとにかく情けなかった。


精一杯の努力をしたつもりだったけど。

やっぱりもっと勉強するべきだったとか、

積極性が足りなかったかもしれないとか、

いっぱい後悔した。

このままTAFEにいけなくなってしまったら、

私は一番の目的にすえていた道を閉ざされてしまう。


私の人生はいったいどうなるんだろう。

そんなふうに絶望的に思う瞬間が、

いまもたびたび訪れる。


この結果は正当だということを、

自分自身が一番よく理解している。

まだまだ、勉強が足りないのだ。

そしてもっともっと時間が必要だ。

早く学校に通って勉強がしたい。

だから、神様、どうか、どうか、

入学のチャンスを私にください!

今は祈るような気持ちで、

学校からの返答を待つしかない。