声をあげてたくさん泣いたら、

少しだけスッキリした気がする。


思い出は美化されるものだから、

ときどき自分にとって危険なものになる。

忘れていた場面が再び目の前に現れて、

少し正気を取り戻せたかな。


本当に必要だったら、

きっとまたいつか、どこかで交わる。

そうじゃないのなら、

それはただ一瞬交差するべき運命だったのだ。

人生は瞬く間に過ぎていく。

だから、いつでも自分のチョイスだ。

自分のチョイスだけが、

自分の人生を切り開いていく。


うだうだしている時間もたまには必要だけれど、

もうそろそろ十分だ。十分、うだうだした。

だから、もっともっと的確なチョイスをして、

ぐんぐん前に進んでいかなくちゃ。


17日の満月はさそり座でおこる満月。

自分の星座で起こる満月は、

ほぼ一年に一度なんだそうだ。

だから、インパクトもそれなりに大きい。

本当に停滞感満載の3週間だったから、

いろんなことがぐいぐい動き出すといいな。


満月のあとには、新しい自分をスタートさせる、

それくらいの気構えでいこう。

気持ちを入れ替えて、再出発だ。

すごく切ない。

無心でいることの難しさを痛感する毎日。

あーこんなときこそ、ヨガに行けたらいいのになあ。


テストが終わって張り詰めていた緊張が解けて、

心も頭も体も怠けているかんじ。

毎日図書館にいっても、以前ほどの集中力が得られない。

心の底からリラックスして話せるともだちもいないから、

いつもなんだか心にストレスを抱えているかんじ。

無駄に時間があるから、

どうにもならないことをうじうじ考えてしまう。


わかってる。

時間だけが私の味方であるということは。

好きでも好きじゃなくても、

伝えても伝えなくても、

感謝してもしなくても、

笑っても泣いても怒っても、

もうなす術がないことはわかっている。


だから植物に水を与えて命を育てていくように。

私の一度は枯れた心にも、

少しずつ水を与えて回復を待つしかない。

無理やり抜いたトゲの痛みをすぐに消すことはできないのだから、

痛みに耐えつつその傷を癒すしか方法はない。


きっと、これでよかったのだと思える日がくるだろう。

いまは生々しく感じる痛みであっても、

きっといつか痛かったことさえ忘れてしまう日がくるのだろう。


そうやって人は日々を生きて、歩いていく。


わたしも、そうやって、

つよく、つよく、あるいていく。

親友が結婚することになった。
おめでたい。本当におめでたい。
心から喜ぶべきだ、わたし。



彼女は初めてこの人とならずっと一緒に笑っていたい、
そう思えたといった。
初めて、心から好きになれる人に出会えたといった。
それは本当に奇跡のように尊い出会いだ。



ただ、彼女は先輩カップルの関係を壊した。
要するに、仲良くしていた先輩の彼氏を奪ったのだ。
いや、奪ったとは言わないのかな。
彼が彼女に“本当の気持ち”を伝えたのがキッカケだったというし、
奪ったわけではない…んだろう。どうなのかな、いや、
なんだったらどっちでもいいのかな…。


世の中にはそういうカップルがたくさんいる。
それで幸せになっている人だってたくさんいる。
だからきっと、なんでもないことなんだろう。



でも、とにかくわたしはこういうのが苦手というか、なんというか。
世の中にはこんなにたくさん人がいるんだから、
何も人から奪わなくても…みたいな、
なんというかエセ平和的な感情がすごい強くて。
どんな形であれ自分の欲のために誰かを傷つけると、
絶対にその罪はいずれ罰として必ず自分に戻ってくる。
そう信じているから、怖くてそういう大胆なことができない…
要するに、ただの臆病者なのかもしれないのだけど。



おめでとうっていいたい。
後ろめたい気持ちは彼女自身がもうすでにもっているはずだから、
だから何も言わずにただ、おめでとうって言いたい。
ただおめでとうがいいたくて、
私は彼女にメールを送る前にこのブログを書いている。
自分の人生のこともかみ締めるように考えながら。



私はそういう“どうしても”が貫けない。
子供のころから散々ぱらワガママに育てられて、
親にはいつも“どうしても”ばかりを要求してきた。
でも、大人になってから、
わたしは自分の努力でどうにもできないことがわかると、
そうそうに、身を引く術を覚えた。
だから、親以外の誰にもその“どうしても”がいえない。
これは決して自分を褒めたり、正当化したりしているわけではなく、
ただひたすらに、空気を読むことだけを覚えてしまったということ。


何かに誘ったり、何かを頼んだり・・・
他人に何かしらの反応をうかがったとき
わずかでも“イマイチビーム”を感知すると私はひたすら逃げる。
その場から自分がいなくなることが、
もっともな得策だと考えるようになったのだ。



好きだった人にもそれが言えなかった。
いまもまだいえないでいる。
言いたくて、でも言えなくて、そのまま、わたしは
本当のさようならを迎えることになるんだと思う。
それが怖くて、私は毎日鉛を飲み込んだように、
心がどんよりと暗い。


どうにかしたいと、言うことができなかった。
もちろん、どうすることもできない、
難しさを感じたからでもあったけど。
でも、きっとただの意地っ張りで、
ただ素直じゃないだけなんだろう。
でもよくも悪くも、大人なわたしは、
すべて時間が解決してくれるということを知っている。



どんな形であったとしても、
みんなじぶんの一番大切な人を見つけて、
とても幸せそうに誰かと人生を歩んでいく。
そういう人を見つけられないでいるのは、
周りを見渡すと私だけ、だな。





わたしはいったい、どうなってしまうのかな。

無事、IELTS終了━━━。


5月6日にスピーキングテストを終えて、

翌日にリスニング、リーディング、ライティング。

結果から言えば、相当自信はないけれども笑。


そもそも私はTAFEへの出願のために、

アビレージでの6ポイントが必要。

なんだけど…たぶん最も苦手とするリーディングは、

よくても5.0、おそらく4.5を下回る可能性もあると思う。


実際にテストを体験して感じたことは、

とにもかくにも時間との戦いってことだった。

わかっていたし、それに備えてもいたけれど、

やっぱりもう少し厳しく時間と向き合って、

試験勉強をするべきだったなー。


でも、本当にいい経験だった。

7週間、本当にすごく頑張って勉強したし、

いまできる、自分のベストは精一杯尽くしたので、

気持ち的にはとても満足している。


いい先生にもめぐり会えたと感謝しているし。

なによりもオーストラリアに来て、

初めて自分自身で、英語の上達を感じることができた。

もちろんまだまーだなのは当然なんだけど、

それでもある程度、自分の言いたいことを英語で、

書けるようになったことで、

ものすごく自信を得ることができたと思う。


土曜日と昨日の夜は、久しぶりのアルコールに酔いしれて…。

今日からはのんびり、TAFEへの出願物を準備しようと思う。


あーこれほどプレッシャーを感じていたとは…

じぶんではテストが終わるまで気がつかなかった。

とにかくとても安心した感じがするし、

精神的な芯がすごく凝り固まっていて、

それがほぐれているのを少しずつ感じているような気分。


むふふ・・・・・・・・私はやっと自由な身に戻ったのだ!


孤独だ。

孤独すぎて下ばかり向いて歩いてしまう。


オーストラリアにきた理由。

これまで過ごした日々。

考えたこと。

口にした言い訳。

与えられた愛情。

失ったもの。

会えなくなったひと。

再会したひと。

英語を話すこと。

テストの心配をすること。

勉強すること。

さりげなく、傷ついたこと。

思いやりの裏側にある損得。

無邪気な強さ。

弱さしか見えなくなったとき。

流したなみだ。

ぼぅっとすること。

日本語を話すこと。

家族やともだちを思い出すこと。

一緒に飲んだお酒。

笑いあった日々。

傷つけあったこと。

駆け引きをしたこと。

どうでもよくなったこと。

忘れられないこと。

思い出すこと。

想い出の場所。

失えない日々。

戻りたい過去。

未来への期待。

努力の疲弊。

そして本当に、さようならを言うときがくるということ。


疲れた。ただ、毎日に疲れた。

あれほど強くなりたいと願い、

異国の地に飛び出してきたのに、

あたしはいつの間にか、

そばで守ってくれる人たちに甘え、

挑戦し、冒険し、体感することから、

少しずつ距離を置いていたのかもしれない。


つい先日、ともだちが子供を産んだ。

そのブログをちょっと引用しつつ…。


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子供なんて好きじゃなかったし、

自分の子でさえ可愛いと思うのか不安だったけど。

『うちの子、すごくかわいいのよぅ』
とかそんなんにはならないけど。

あんなに小さいのに一生懸命で愛らしいな、

とは思います。

そして、この子には私しかいないんだという責任感?

みたいなものが芽生えつつあるかと…。
ぼんやりとだけど。
なんとなくちゃんとしよう。
守ってあげよう。
とか、なんかうまく表せないけども。

この気持ちについて、

深く考えたりしてなかったんだけど、

旦那様が面会に来て、
『よし!3人で頑張っていこう!』
って、私と赤子をぎゅうっとして言ってくれた時に
なんだかすごく心底ホッとしたんだよな~。

『ああ、自分1人だけじゃなく、

この人にも頼っていいんだ…』って。
旦那様的にはなんてことない発言だったみたいだし、

私もすごく悩んだり考え込んでいたわけじゃないんだけど。

しかも本当に頼れるかは怪しいもんだけど(笑)

でも、たぶんそこにいてくれるだけで、

私は頑張れるような気がする。


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あぁこれから家族を作る人たちって、
こういう気持ちになるんだなあって、
ものすごくストンと腑に落ちたというか…。

家族ってきっと、
生活感にまみれているものだから、
なかなかそのキラリとした部分て、
みつけられないものだとおもう。
でも、
頼ったり、頼られたりすることを超越して、
与えることが当たり前で、
なんのお返しをしなくても、
なんの約束をしなくても、
いつまでもみんながみんなの味方であるっていう、
そういう美しさをたたえているんだと思う。

誰かがそこにいてくれるだけで、
頑張れる気がするっていうのもまた、
人間にとって何よりの原動力。
きっとその存在がいつの間にか、
いつの日か、
苦しんで産み落としたベビちゃんになるんだろうな。

あたしは家庭を持ったり、
子供を育てたりすることがまだまだできそうにないけど。

でも、3年後の自分はどうなっているんだろうと想像した時。
1年前の自分には想像さえできないような、
未来が待っているだろうと思うだけで、いまはワクワクする。
だから、ほかの人とはちょっと違うかもしれないけど、
でも、そういう自分なりの人生を、
もっといっぱいいっぱい謳歌しようと思った。
私は自分のことを本当に幸せ者だと思えているから。
だからこそ、強くあるために、
私もきっと、頑張れると思う。
がんばらなくちゃならないのだと思う。

だれかのために頑張る日がいつかくることを信じて。
いまはじぶんのために精一杯がんばるよ。

人は人のちからで簡単に幸せになれたり、

簡単に不幸になれたりする。


ひとりぽっちだと思っていても、

誰かが歌をうたってくれたり、

誰かが笑わせてくれたり、

誰かが私を思い出してくれたり、

誰かが電話をくれたり、

そういうことで私のこころはやすらぐ。

なぐさめられる。


なぐさめって、絶対必要だ。

1年くらい前までの自分はいつも、

仕事に追われてキリキリしていて、

「なぐさめあったって仕方がない」と、

頭から角をはやしていた気がする。


でも、いまは思う。

なぐさめって絶対必要だ。

肩をポンとたたいてもらったり、

腕をさすってもらったり、

ハグを交わすだけでときどき、

涙がでそうになる。

それってわたしの心を潤わせている証拠だ。

日本人は愚痴を聞くことを筆頭に、

言葉とか思いやりでそういうことを表現できる人種。

こっちの人たちは体を使ったなぐさめがとても上手。


どっちもうまくできる人になって、いつの日か、

自分のそばにいる人を、

少しでもなぐさめられるようになるといいな、と、

そんなことを考えるフライデーナイト。


わたしはとても幸せだ。

しあわせな毎日をいきている。

うまく宿題がはかどらなかったり、

授業の内容が全然理解できなかったりするから、

「あーうー」となって暗い気持ちが消えない近頃。


でも、昨日は色々と救われるできことがあって。


パパからの電話で思ったのは、

人を受け入れることや、許すことの大切さ。

誰かを憎んだり、嫌ったりする感情って、

絶対に自分のなかでくすぶらせておくものじゃない。

できるだけ早く自分から手放してあげないと、

その醜い感情に支配されるのは自分自身だから。

自戒の念をこめて、パパを見習おうと思う。


昨日はお互いの勉強を後回しにしながら、

ベスと一緒によく話した夜でもあった。

人種差別や、戦争や、世界の歴史…と、

内容がすごく深かったから、

カタコト程度の英語力の私は、

なかなか思いが伝えられずもどかしかったのだけど。


最近のお互いの毎日についても話をして、

ガールズトークの大切さは万国共通だなと思ったり。


じぶんのすきなこと(いまは勉強)だけに没頭して、

自然の豊かさに日々小さな感動を覚えながら、

穏やかにくらす毎日。

一緒に暮らしているのは、

思いやりがあって、ファンキーでキュートな、

たいせつなたいせつなともだち。


私の日々は、ほんとに幸せだ。

当たり前の毎日に、ちゃんと感謝しなくちゃ。

なんだかモヤモヤとした気持ちが抜けきらない今日この頃。

1週間に一度は、パーっとお酒を飲んだりともだちと遊んで、

できるだけストレスを発散することに決めた。

もちろん勉強が一番大事なんだけど、

たまには自分を甘やかしてあげなくちゃ。。。


んで、ケアンズに戻ってから初めて、昨日はお酒を飲んで。

それなりに楽しかったんだけど、

ストレス完全発散とまではいかず。

あーこのモヤモヤ、どうにかしたい。


いろんな不安があるからこんな気持ちなんだろうか。

いまは自分の道を信じて、進むしかないとわかっているのに。


オーストラリアにくることになってから、短期間でも、

必ず住もうと思っていたメルボルン。

私が短大に入学して、

翻訳コースの勉強をしたいと思って色々調べたら、

アデレードとメルボルンにしかそのコースはなくて。

TAFEに入ればメルボルンで生活できることが発覚し。


勉強がしたくてメロン工場をやめたいけど、

タイミングがつかめなくてどうしようかと悩んでいた矢先、

辞職希望者を募ってくれるタイミングを迎えたりして。


戻ってきたらテストに向けた勉強ができる学校を紹介してもらい、

生徒数たった3人の少人数の中で勉強ができたりとか。


いまは自分の向いた方向のドアがどんどん開いて、

誰かに背中を押されてその道を進んでいる気分。

だから、授業の内容とか全然わかんなくて、

もちろんガッツーンと落ち込んだりもするのだけど、

でも、だいじょうぶ、なんとかなるよ、なんて、

根拠のない自信が自分を支えていたりもする。


いまはなにも心配せず、ただ目の前のことに、

精一杯取り組んで前に進んでいけばいい。

そう、わかってはいるのだけれど。


孤独を感じること自体が私の一番の敵。

でも、強くならなくちゃいけない。

負のスパイラルに巻き込まれないように、

自分の考え方自体を上向きにもっていかないとな。


さあ、気持ちを切り替えてまた勉強するとするか!