親友が結婚することになった。
おめでたい。本当におめでたい。
心から喜ぶべきだ、わたし。
彼女は初めてこの人とならずっと一緒に笑っていたい、
そう思えたといった。
初めて、心から好きになれる人に出会えたといった。
それは本当に奇跡のように尊い出会いだ。
ただ、彼女は先輩カップルの関係を壊した。
要するに、仲良くしていた先輩の彼氏を奪ったのだ。
いや、奪ったとは言わないのかな。
彼が彼女に“本当の気持ち”を伝えたのがキッカケだったというし、
奪ったわけではない…んだろう。どうなのかな、いや、
なんだったらどっちでもいいのかな…。
世の中にはそういうカップルがたくさんいる。
それで幸せになっている人だってたくさんいる。
だからきっと、なんでもないことなんだろう。
でも、とにかくわたしはこういうのが苦手というか、なんというか。
世の中にはこんなにたくさん人がいるんだから、
何も人から奪わなくても…みたいな、
なんというかエセ平和的な感情がすごい強くて。
どんな形であれ自分の欲のために誰かを傷つけると、
絶対にその罪はいずれ罰として必ず自分に戻ってくる。
そう信じているから、怖くてそういう大胆なことができない…
要するに、ただの臆病者なのかもしれないのだけど。
おめでとうっていいたい。
後ろめたい気持ちは彼女自身がもうすでにもっているはずだから、
だから何も言わずにただ、おめでとうって言いたい。
ただおめでとうがいいたくて、
私は彼女にメールを送る前にこのブログを書いている。
自分の人生のこともかみ締めるように考えながら。
私はそういう“どうしても”が貫けない。
子供のころから散々ぱらワガママに育てられて、
親にはいつも“どうしても”ばかりを要求してきた。
でも、大人になってから、
わたしは自分の努力でどうにもできないことがわかると、
そうそうに、身を引く術を覚えた。
だから、親以外の誰にもその“どうしても”がいえない。
これは決して自分を褒めたり、正当化したりしているわけではなく、
ただひたすらに、空気を読むことだけを覚えてしまったということ。
何かに誘ったり、何かを頼んだり・・・
他人に何かしらの反応をうかがったとき
わずかでも“イマイチビーム”を感知すると私はひたすら逃げる。
その場から自分がいなくなることが、
もっともな得策だと考えるようになったのだ。
好きだった人にもそれが言えなかった。
いまもまだいえないでいる。
言いたくて、でも言えなくて、そのまま、わたしは
本当のさようならを迎えることになるんだと思う。
それが怖くて、私は毎日鉛を飲み込んだように、
心がどんよりと暗い。
どうにかしたいと、言うことができなかった。
もちろん、どうすることもできない、
難しさを感じたからでもあったけど。
でも、きっとただの意地っ張りで、
ただ素直じゃないだけなんだろう。
でもよくも悪くも、大人なわたしは、
すべて時間が解決してくれるということを知っている。
どんな形であったとしても、
みんなじぶんの一番大切な人を見つけて、
とても幸せそうに誰かと人生を歩んでいく。
そういう人を見つけられないでいるのは、
周りを見渡すと私だけ、だな。
わたしはいったい、どうなってしまうのかな。