2024年6月 長野県北地域の三大修験道場を巡ってきました。
その①-1 小菅神社里宮 です。
飯山市瑞穂にある小菅神社は北竜湖の南側にあります。県道38号から東に少し入った所に社号標と石灯籠が建っています。
灯籠の横には石仏や石碑がありましたが、風化して文字はよく読めませんでした。一番左のは、里社へ十二丁 奥社へ○○、という感じの道標でした。
社号標の先に木造のニノ鳥居があります。一ノ鳥居はありません。
ニノ鳥居から道なりにまっすぐ東へ行くと、突き当たりに元隆寺仁王門がありました。門のすぐ後ろに石垣があって、その上は畑になっていました。
金剛力士像は、二体とも仏敵を退散させる金剛杵を持ち、赤く彩色されています。
仁王門の右奥にまっすぐ行くと、すぐ左側に小菅神社里宮の社務所があり、少し奥まった所に鳥居が建っています。
鳥居の先の参道をまっすぐ行くと石段があります。
石段を上ると壁のない神楽殿があります。
神楽殿の後ろに大きな杉が二本あって、その後ろに里宮の本殿があります。
拝殿はありませんが、大きな本殿の内部は、寺院の内陣と外陣のように分かれている感じで、奥の祭壇に神様が祭られています。
本殿の横には謎の玉垣があります。
反対側にも玉垣があり、小さな社殿が付属していました。
神楽殿の並びに神輿殿があり、そこから下ると元隆寺の講堂があります。
講堂には入れませんが、中をのぞくと阿弥陀三尊像が見えました。
里宮から東にまっすぐ坂道を歩いていくと、大きく「下馬」と書かれた石碑があり、その先に鳥居があります。
この鳥居が奥社への参道の入り口です。
鳥居の右には幕末に築かれた石垣が続いています。
石垣に沿って砂利道を行くと石段があります。
石段を上ると大聖院の境内です。大聖院は明治の廃仏毀釈で廃寺となり、現在は奥に護摩堂があるだけです。
護摩堂の向背には注連縄が掛けられていました。
護摩堂へ行く途中の右側に小さな石橋があり、その向こうに石碑がありますが、盛者必衰というか、何となく寂しい感じです。
大聖院から来た道を戻ると、途中右側に小管山菩提院(真言宗)があります。
本堂の周囲には足場が組まれていました。
本堂の前を奥へ行くと墓地の中に観音堂が建っています。
内陣の格子には金網が張ってあって、奥の馬頭観音像は見えませんでした。
【北信の三大修験 ①-2:小菅神社奥社】パワースポットを巡る夫婦旅 に続く・・・