ものの考え方。
どんな考え方かというと、私は自然に反する考え方ではないかと思うのです。
生命を守り、生命を育んで、楽しませる方向に遺伝子が働くのは、「自然の法則」に合致した時です。
このことから私たちは自然というものを良く観察して、その法則に合致した生き方をすればいい。
ヒトの遺伝子情報を読んでいて、不思議な気持ちにさせられる事が少なくありません。
これだけ精巧な生命の設計図を、いったい誰がどのようにして書いたのか?
もし何の目的もなく自然に出来上がったのだとしたら、これだけ意味のある情報にはなりえない。
まさに奇跡としか言いようがなく、人間業をはるかに超えている。
そうなると、どうしても人間を超えた存在を想定しないわけにはいかない。
そういう存在を私は「偉大なる何者か」という意味で十年位前からサムシング・グレートと呼んできました。
遺伝子の世界は、触れれば触れるほどスゴイと感じてしまいます。
眼に見えない小さな細胞。
その中の核という部分に納められている遺伝子は、たった四つの化学の文字の組み合わせで表される30億もの膨大な情報が書かれている。
その文字もAとT、CとGというふうに、綺麗に対をなしている。
この情報によって私たちは生かされているのです。
しかも、人間だけではない。
地球上に存在するあらゆる生き物=カビなどの微生物から植物、動物、人間まで含めると、少なく見積もっても2百万種、多く見積もると2千万種といわれている=これら全てが同じ遺伝子暗号によって生かされている。
どうしてもサムシング・グレートのような存在を想定しないわけにはいかなくなります。
サムシング・グレートとは「こういうものである」とはっきり断言できる存在ではありません。
大自然の偉大な力ともいえます。
私たちの大元に何か不思議な力が働いていて私たちは生かされている、という気持ちを忘れてはいけないと思うのです。
今科学者は生命について、いろいろなことを知るようになりましたが、それでも一番単純な、わずか細胞一個の生命体である大腸菌一つも作ることはできません。
ノーベル賞学者が束になってかかっても、世界の富を集めてきても、これだけ化学が進歩しても、たった一つの大腸菌すら作れないのですから。
つまり生命を作る事ができないのです。
だとすれば、大腸菌に比べたら60兆という天文学的数値の細胞からなる一人の人間の値打ちというものは、世界中の富、世界中の英知をはるかに上回るといってもいい。
私たちはサムシング・グレートから、それだけすごい贈り物を頂いているのです。
そういう人間を越えた大きな存在によって、私たちは生かされているという事実を、まずしっかり見つめる事が大切ではないか。