私が中学時代に、限られた小遣いの範囲で購入できた数少ないエフェクト・ペダルのひとつです。これは、渡辺香津美のMarmaid Boulevardを聞いて同じ音が出したくなり、これまた音楽雑誌をくまなく読んで、代用できそうな記述の本製品を購入した次第です。しかし、購入したら全然音質が違いました。
MAXON 日伸音波製作所 D&S Distortion&Sustainer ディストーション・サステイナー
このペダルは、私が中学生の時、生まれて初めて購入したエフェクタです。小学生の時は、当時所有していたACE TONEというメーカーのアンプに内蔵されていたDistrtion回路で満足していたのですが、中学生になると他の楽器をプレイする友達と演奏することが増えた結果、より良いサステインが欲しくなり、Music LifeやYoung Guitarの情報を頼りに購入しました。お茶の水の石橋楽器で購入したと思います。当時、お茶の水の石橋楽器は私にとってとても重要な場所でした。欲しい楽器を目にし、最新の情報を仕入れ、試奏もできるとても意義深い場所でした。
私は、中学高校と、このディストーションを愛用しました。Deep PurpleやLed Zeppelinはこれで十分雰囲気が出せました。
| MAXON 《マクソン》 D&S
11,385円
楽天 |
港区のイベントライブ@Kホール (2016年9月)
9月4日(注:2016年のお話)港区のイベントで、Kホールにドラムレスのトリオでライブ出演した。主催者から、Kホールには駐車場がないとの情報が提供されたため、全員電車で参集することにしていた。台風が近づくとの情報もあり、ギターとアンプをビニールで完全被覆し、大きな傘を手に持って出陣。周囲の視線の痛さも無視して、T駅にやっとの思いで辿り着いた。
私のアンプは80Wで重量16KG。これは電車でハンドキャリーできる限界ではないか。幅が44cmあるが、これだと自動改札の標準幅(拡張幅の機械は余裕でOK)ぎりぎりであり、通過時に極めて不快な思いをする。実質持ち上げなければならないのだ。
やっとのことで目的地最寄りの山手線T駅に到着。エレベータで階下に降り、ホッとしたところで路上の凸凹に乗り上げてアンプを路上にぶちまけた 。カバーが破れて、アンプの角が無情にも削れてしまった。悲しむ心の余裕もなく目的地を目指す。
這々の体で会場に着き、そそくさとリハ。休憩時間中に何とも言えない虚無感に襲われる。もうハンドキャリーのイベントは40分位長い時間くれなければ出演しないことに決めた。これ何度も誓ってるんだけど、今回は本気です。
少し前に書いた記事の続きです。
学生時代、Wes Montgomery氏に傾倒しだした私は「Incredible Jazz Guitar」から入り、お小遣いの入手ペースで「Full House」と買い足していき、Wesの凄さというのが揺るぎない技術と知識に裏打ちされたものであることを確信していきます。
私はWesに取り憑かれ、次々にアルバムを購入していった。「So Much Guitar」では、評論家のI氏がライナーノーツでWesが19才の時にCクリスチャンを聞いてギターをマスターしたことを書いている。続いて超名作の「Smoking At The Half Note」を買う。評論家I氏のライナーノーツにはニュースがなかった。この人物はレコード会社の資料を斜め読みしただけなんじゃないか。さらに「Guitar On The Go」を買うと、I氏が曰く、「ウエスは19歳の時に故チャーリークリスチャンを聞いてギターが好きになり、ほとんど独学でギターをマスターし、ウエスのトレードマークであるオクターブ奏法、オクターブプレイを完成、これをもってジャズ界に躍り出た」。ふむふむ、やはりそうなんだね。I氏の情報に感銘を受けた私をさらにひきつけたのが、「ジャズ批評」におけるT井氏の記事である。61ページの記述では、明らかにウェスが19歳で初めてアンプを買ったという事実が紹介されており、「このころからウェスは開眼の兆しを見せている。23歳前後には前人未到のオクターブ奏法を殆どマスターした」とある。それだけではない。日本のジャズ評論家の情報を総合すると、
・WesはHigh School卒業後すぐにラジオ工場に就職
・工場で働いたお金で、19歳で初めてギター、アンプを購入
・同じく19歳で結婚、5人の子持ちとなった
・Wesは昼間は家族を養うために工場で働き、退社後、ターフ・バーという地元のクラブで朝までギターを弾くという過酷な生活を送っていた
・その鬼のような鍛錬の結果、23歳にしてオクターブ奏法をものにした
ここまで聞いて、1950~60年代の黒人のアメリカ公民権運動の話などを変に知っていた自分は、完全に状況を呑み込んだ。黒人は白人と同じ蛇口から水を飲むことも許されない虐げられた過酷な状況に置かれていた。Wesも多かれ少なかれこの厳しい世相に晒されていたに違いない。Wesはこれほどの天才なのに、ギターを自ら働くまでは手にすることができず世に出るのが遅れたのだ。しかも、そのようなハンディの元、23歳にはあのオクターブ奏法を完成させていたとは!Wesは何と苦難の道を歩んでギターをマスターしたのか。
それに引き換え、小学生の時にギターを買い与えられた自分は6年も取り組んでもまだWesのコピーさえままならないのだ。思春期のわけわからん精神不安が、Wesに申し訳ない気持ちを妙に高揚させたのだった。本当に情けなくて目頭が熱くなったことも一度や二度ではない。恵まれている自分が不甲斐ないのだが、なぜかわからんがWesに申し訳ない、Wesが可哀想という気持ちも大きかった。
時はたち、Wesのコピーもある程度こなせるようになっても、Wesへの特別な思い入れは変わることはなかった。が、インターネットが普通に見られるようになり、私の勘違いとジャズ評論家のテキトウな取材や安易な記述が明らかとなる。サラギは、インターネットでWesの情報を発信する複数のサイトを発見し、社会人になり仕事で英語を日常的に使用する強みでどんどん読破していった。
すると、今まで得ていたイメージが全然違って、遅咲きジャズ・エリートのWesの人物像が浮かんできた。やはり、Wesの原文インタビューが複数残っていたことで、実像をつきつけられた。Wesの一家は音楽一家で、Wesは子供の頃からテノールギターを弾いていて、もちろん親御さんはギターを与えていたこと。それを弾く気を起こさなかったのは偏にWes自身の選択であったこと。特に、兄弟のうちピアニストのMonkは音楽的なリーダーであり、Wesに知見のすべてを授けていたこと。どんどん今までの誤解が解けていく。これなら譜面に弱くても天才に育っておかしくないわ。
当時のわれわれは、ジャズ評論家の爺らに吹きこまれていた。Wesが「私は譜面を読めない」と周囲に言っていたこと、WesがMilesにバンドに誘われた時に一人だけ音楽を正式に学習したことがないことを引け目に思って「私は(ColtraneやEvansのように)難しいことはとてもわからない」と言ったとかなんとかWesを貶めるようなゴシップ記事を。たとえば、Wesは譜面が読めないと周囲に言っていたが、これはあくまで”強くない”とうことで、むしろオーケストラと一緒にレコーディングするときに謙遜で言ったのではないか。そうならWesの性格とも相俟って腑に落ちる。本当に読めないなら、スタジオでもジミヘンのように本人の前に譜面台も置かれないはず。ジミヘンは証拠写真が複数残っているが、レコーディングの時はジミだけ本当に譜面台が置かれていない。潔いというかなんというか。
ジミヘンついでに言えば、日本の爺ロック評論家はジミヘンのことでも誤った人物像を日本のファンに植え付けていて、ジミヘンがある時「悪魔が俺にギターを弾かせている」といったことを事あるごとに伝えていたが、ジミはTVに出演した時に、どうしてそんなにギターが上手いのかと聞かれて「I'm NOT a good guitar player. I make a lot of mistakes.」と言っている。こんな人が「俺のギターは悪魔が弾かせてるんだぜへへへ」なんてことをいうわけがない。全く評論家という人種は。
たとえば、Wesはあるインタビューの中で「私はとても腕のいい溶接工だったんだよ。この国では腕の良い溶接工は給料がとてもいいのさ。もしギタリストになっていなければ、そのまま溶接工として一角の親方になったと思うよ」と述べている。じゃあ、生活費のためにジャズを演るということはなく、自分の探究心からだったんだとわかる。また、WesのDVDに収録されているベルギーのあるTV番組での打ち合わせの時に、Wesが他のメンバーに曲を教える時の説明の仕方を見ていると、音楽理論は完璧に把握していることがわかる(理論上の呼称technical termは知らないかも知れないが)。こうしていろいろとわかってくると、Wesが多くの録音で、曲の終わりやイントロでやたら理論に基づいた解釈でのチャレンジングすぎるプレイをするのも頷ける。Wesが譜面が読めないから本能だけで弾いているような誤解を与え続けた、爺評論家は考えを改めていただきたいものだ。
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今日、久しぶりにGeorge BensonのThe World Is A Gettoを聞きました。躍動するリズム感がすご過ぎて、改めて身震いが出そうになりました。驚くような音遣いをしなくても、卓越したリズム感だけでこれだけソロがかっこよくなるというエビデンスの最たるものであります。
思えば、私がジャズギターを始めたのもBenson氏のWeekend In LAというアルバムを聞いたのが契機であります。それまでROCKしか聞いていなかった自分は、どんな曲でも弾けるつもりになっていました。しかし、Benson氏のアドリブに合わせて弾いていると、途中で音が外れてしまう。ロックでよくあるやり方、6弦ROOTポジションのペンタから同フレットの5弦ROOTポジのペンタに切り替え、をしても無駄でした。当時、兄貴に相談すると、それは転調ってものをしているせいだと思うから、ジャズってものを勉強しないと弾けないんじゃないか?と指摘され、勉強したらなんとか音を外さずにプレイできるようになったというわけであります。
しかも、Benson氏は「I Remembr Wes」という曲をアルバムに収めるほど、Wesを敬愛しており、この事実が私をWes Mongomery氏の楽曲へと誘ったのであります。Wes氏の音楽には筆舌に表し難いほどの衝撃と感動を受けて来たサラギYでありますが、それ以上に、多感な青春時代にWesをめぐる大いなる勘違いをしたことが、何とも言えない甘酸っぱい思い出となっております。このことについてはまた別の機会に。
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ライブ活動していると、時々あるのが、「自前の機材持ち込み」という条件です。来月、とある港区のホールでライブをすることになりましたが、主催者の都合で楽器は自前のものを持ち込むようにとのこと。そこで、これを機に調子が悪かったアンプを買い換えることにしました。
明日海外出張に出発するのですが、今日は六本木の某店でライブです。もちろん、ライブが先にブッキングされていて、後から出張が入ったわけです。サラギはただでさえスケジュールの制約が多いので、身体が辛くなりそうだというような軟弱な理由では仕事もライブも断らないようにしなければなりません(泣)。
編成はベース、ドラム、ギター私のトリオ。ドラムは何年も前に一度だけ共演したことがあるアメリカ人です。このドラマーとスケジュールが合わずリハができないので、今日はスタンダード中心に演奏する予定です。18時入りの20時オンステ。深夜に帰宅したら、明日はシンガポール出張です。
明日のリムジンバスは手配済みだけど、コンビニに行って発券し、ネットでタクシーも予約しなくては。今回は行先がアジアだから荷造りは帰宅してからでもいいかな。



