少年時代の思い込みはたいへんなものがある。少年時代、Wes Montgomeryをライナーノーツの情報から事実以上に不遇と思い込んでいたことを、以前に書いた。反対のケースで、私は渡辺香津美氏をとても恵まれた人だと思っていた。
「TOCHIKA」という作品で初めて聞いた香津美氏はそれまで聞いたことのある日本人ギタリストとは違っていて、耳当たりの良いフレーズを全面に押し出しながらも世界のどのギタリストも寄せ付けないと思われる難解な部分をまとった極限まで魅力的なパフォーマンスをしていた。
そして、氏の情報を求めていくと、すごいセレブであり、ジャズ・ギターの英才教育のお手本のような半生だと思った。というのも、当時得られた情報では、氏は渋谷の宮益坂に生まれ、小学生の時に開校した”近所の”道玄坂のYAMAHAに入り浸り、ご母堂のコネでナベサダ経由で中牟礼貞則氏に弟子入り。名門暁星中・高に通い、在学中にジャズベーシストの井野信義氏が同級生で切磋琢磨したという。そして17歳で3BlindMiceからデビュー。自分の親が、楽器一つまともに弾くことができず、ジャズのジの字も知らず、ジャズもフュージョンも理解しようともしないことと引き較べても、自分が救いようもなくジャズが下手なのも仕方ないのだなと思った。
そんな時に、氏の「KYLYN LIVE」というアルバムに出会った。その中に「Inner Wind」という曲が入っており、私は石で頭を殴打されたくらいの衝撃を受けた。たいへん穏やかで滑らかな楽曲がコーラスの終わりに近づき、ブリッジに差し掛かったその瞬間、突如曲調が変わり、激情を爆発させたようになる。ペンタトニックと半音ずれを用いた極めてテンションの高いJerry Berganziのような旋律が炸裂する。そして、コーラスを追うごとにブリッジにおける香津美氏の変貌は印象を更に増していく。
私はこれを聞いた時に、自分の置かれた環境を打破して抜け出したいと思っている私のような人間への香津美氏からのプレゼントだなと思った。また、香津美氏がMcLaughlin好きであるとの情報も得て、このブリッジ部がマハビシュヌ・オーケストラの「内に秘めた炎(The Inner Mounting Flame)」をイメージしているのではないかなどと思ったりした。当時はもちろん、「Mouting Flame」がけんかを見ながら燃え上がったBコブハムのドラムソロにちなんでいるとは知らなかったので。
ところが、その後、その認識が少し変わった。香津美氏の作品を聞き進めるうちに、「Olives Step」というアルバムで演奏される「Inner Wind」を聞いたのだ。そこにはあの狂気のブリッジはなく、ただただ爽やかな曲だった。もしかして、香津美氏はジャズ・ギタリストとしてのスタイル追求を期待する周囲の人間の意見と、自分自身の内なるより荒々しいスタイルの演奏への欲求との戦いを表現したかったのかもしれない、などとも今は思う。