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モンゴル8000

青年海外協力隊 2009年、モンゴル・ウランバートル赴任。
モンゴルでの日々の格闘日記です。

モンゴルの学校は、日本とはシステムが少し違う。


小学校から高校までの年代がひとつの学校にすっぽり入っている。

入試は基本的にない(と、思う。)


しかし


学校のランク付けは、ある。

「グンヅキ」と呼ばれる学校はランクが高く、開講されている教科の幅も広い。


日本語を教えている学校は、そんな「グンヅキ」の学校である。

ウランバートルに100以上ある公立学校のうち、わずか9校。


しかも


その学校に入ってさらに日本語を学ぶためには、別に授業料がかかる。


だから


日本語を学んでいる生徒は、基本的に、エリートばかりということになる。



それのよしあしは、見る角度によっていろいろあると思うが、日本で英語を教えていた私としては、


「別に、英語なんか、必要な人間だけ教わればいいじゃん」


と思っていたので、この政策には基本的に賛成である。

言葉を学ぶことによる、世界認識への気付きという基礎教育的側面を持ち出されるとめんどくさいけど。


でも、生徒にやる気がなかったら、語学なんか…意味ないですよね。

語学って、マラソンみたいなもので、継続しないと落ちますから。

そういや…最近、全然走ってないわ。。。




まぁそういうわけで、本日はじめて、日本語の授業にアシスタントと言う形で入ってきました。


チャイムが鳴ると生徒が起立し、先生の「みなさん、こんにちは」の挨拶に続いて


「先生、こんにちは!!」


と、大きな声で挨拶。

まずそこで、びっくり。


自分の自己紹介の後に、何か質問はあるかと聞くと

「どこに住んでいましたか」

「モンゴルはどうですか」

「どんなスポーツが好きですか」

etc...


どんどん質問してくる。

生徒は、16、7歳。日本では高校2年生と言うところだろうか。


…日本の高校生、英語でこんなに話せるかなぁ…


中1で初めて日本語を学ぶ生徒の授業も見たけど、そこは、ひらがなの練習。

まだ文すらやっていない。


だから…4年足らず?で、しっかり話せるようになってる…



コミュニケーション主体の教え方 って、ほんとに喋れるようになるんですね。。。


学校を出るときも、高2の生徒が


「先生、さようなら!」

と、玄関で言ってくれた。




何かを学ぶ



 って、すごく楽しくて、それによって自分が変わっていくことを実感できる、至福の作業だと、僕は今も思っています。


モンゴルで、改めて気付かされるとは…


高度情報化の成れの果てに、「知る」への興味を忘れかけた日本の皆様


もう一度、考えることが必要なのかもしれません。

9月。

入学式の季節。

9月1日は、全国でいっせいに入学式。


巡回先の学校の入学式に誘われて、参列してきた。



3年前…

高校教師1年目の私は、1年D組の担任となり、入学式でクラス全員の名前を読み上げた。

厳粛で、特別な儀式、入学式。

教師としてはじめて聞く国家に、自衛隊時代の思い出が重なり、胸にこみ上げてくるものがあったのを、覚えている。


モンゴルの入学式は、日本のそれとはかなりかけ離れている。

一言で言えば、お祭りだ。



モンゴル8000

在校生、新入生、親、それぞれがごちゃごちゃに校舎の前にごった返し、校長が張りのある声で、新入生を歓迎する。

新入生は、大きな声で、それに答える。


モンゴル8000

在校生(かな?)が、代表でスピーチをする。

このあと、歌がうたわれ、踊りも披露される。



モンゴル8000


校長の「終わり!」の合図で、みんないっせいに散らばる。

恐らく、この日までにそれぞれの先生たちが丹念に掃除した、真新しい教室で先生を待つのだろう。




そんな風景を、少しうらやましく眺めていた。


学校の先生を目指す人はよく

「子供が好きだから」

と、自身の希望を表現する。


私は、この表現に少し戸惑いを、いつも感じていた。

誰だって、子供だった。

そして、大人になった。


「子供が好き」


というその本心は、


「大人が嫌い?」 なのか?


子供時代を過ぎて、大人になっていく過程において、私たちは、いろんな経験をして、笑って、泣いて、怒って

ときに裏切られ、どうしようもなく寂しくなって、いろんな傷を心に残しながら


それでも、生きていかなきゃならない。


強くならなきゃ、ならない。



そんな辛さから解放されたいから


「子供が好き?」




なんか、違う。





今日、ウランバートルの街をあるっていたら、公園で、少年と目が会った。

少し後で、少年は、僕の後を走って追いかけてきた。


「日本語の先生ですよね。僕は、92番学校の生徒です。」


握手をしたあと、少年は去っていった。


入学式のときにちょっとしたスピーチをしただけで、まだ授業もしていない生徒。

お互いまだ名前も知らない。

それなのに、彼は僕に、ただ挨拶するためだけに、走って追いかけてきた。



いままで


子供から大人になる過程で


いろんな、出来事があって


もちろん、悪いことだってして


人を信じられなくなることもあって



だけど


子供たちは、そんな大人の背中を見て、生きてるんですよね。





子供が好きー!


なんて、寄り添う前に


子供たちに、しっかり、背中見せられる大人にならなきゃならん、と、思った次第です。



久石譲「海の見える街~魔女の宅急便~」

http://www.youtube.com/watch?v=yGEIPguM7t8

まだ学校は夏休みで、授業が始まるのは日本と同じ、9月1日だから、授業に入る、という仕事は無い。


けれど、この時期は、ウランバートル市内の学校をまわって、日本語教育の普及のための活動をする。


私のポジションは、


「ウランバートル市教育局外国語課 日本語教育担当」


学校へ行って授業へ入るほかに、日本語の先生を集めた勉強会なんかもする。


その勉強会に、できるだけたくさんの先生に来てもらえるように、校長にお願いする仕事。

それが、今週の仕事。



話をするのは、楽しい。


いろんな校長がいたけれど、総じて感じたのは、みな、責任持ってやってる ってこと。


当たり前だけどね。


「考えている」ってこと。いろんなことについて。


当たり前だけどね。



仕事じゃなくって、最近はプライベートでいろいろ余裕をなくす出来事が多い。

外国に住んでいるのだからいろいろややこしい出来事が多いのはわかるんだけど


もっと、考えてやればうまくいくのに。


ということが、多い。




目で見えることだけで、判断してしまう人が、今の世の中には多いように思う。


真意は、その先にあるのに。


目で見えることだけで判断してしまうから


衝突する必要の無いところで衝突し


結局、真意を汲み取れないまま


残念な思いをすることが、多い。



たぶん、僕は難しい生き方をしてしまっているんだと思う。


八方美人でいたほうが、ずっと楽なんだと思う。


でも、自分の芯を折り曲げるような生き方をするならば


自分が自分である必要はないし


わざわざこんなところにまで来ることもない。


ひょこひょことさいころの目みたいに自分を変えながら生きられる人は、それに耐えられる人は


どこかの市役所で事務仕事でもしていればいい。



自分を折り曲げては生きられないから


いろんな場所でいろんなものにぶつかる。


サイズが違うし、もともと、そういうふうにできていない。


自分を折り曲げて生きられないから


すごく歩きづらい。


でも


歩くしかない。


結局


そうやって 少しずつ 前に進んでいくことしかできない。



でも


それで、いいんだと思う。


ぶっつかりながら生きていたほうが


いろんなものの大きさがわかる。


自分の使い方も、覚える。




今日はそんな、深いところまでを、心おきなく話せる友人と話すことが出来た(チャットだけど)

thank you.



新しく、ギターで練習している曲

ショパン「別れの曲」 以下は辻井伸行さんの演奏。

http://www.youtube.com/watch?v=bx-C-p3gl8A

村上春樹さんが、エッセイの中で少し触れていたけれど、昔の新宿は、大きなのっぱらがあるだけだった。

彼はいま60歳くらいだから、たったの40年前の日本は、そんなふうに、大都会でも空き地だらけ、という場所だったんだろう。


それが、この40年で建物を造り、道路を整備し、高速道路を建て、地下鉄を作り…ものすごい大掛かりなことをやって、今の東京があるんじゃないかと思う。

そしてその過程においては、大気汚染だとか田舎からやってくる人たちの犯罪だとか、そういった必然的に発生する、人にとって好ましくないものもある程度許容せざるを得なかったんじゃないかと勝手に思っている。


そして、ある程度の都市化が収束して、空気の改善、車の排ガス規制だとかホームレス対策だとかいうことに取り組んでいる。


つまり、都市化というプロセスの中には、順を追って優先すべきものがあり、「しょうがない」という理由で無視されることがある。



途上国の「首都」に住んでみて、感じること。


その場所を「都市」にするために、まずは、建物。次に道路。道路といっても歩道は後回し。そうして、たくさんの人の住環境が整備できたら、システムの改善。交通網のシステム、税制のシステム、警察のシステム、教育のシステム。


ウランバートルは、まだこの過程にある。どこを歩いても、なんらかの工事をしている。

歩道はほとんど整備されていない。

車が大量に街を行き来し、空気はひどく悪い。

しかしながら、市場へ出向くと、活気であふれている。もちろんスリなどの犯罪も多いが、活気付いている。


いまここで、「大気汚染を止めよう」なんて叫んでも、誰も気に留めないだろう。

それは、まだ、その段階ではないから。

今は、多少の犠牲を払っても都市化していく段階にある。

空気とか、公園とか、「住みやすい環境」は、まだ先なんだろう。



日本から来た私は

「そんなに急いで都市化する必要があるの?」と疑問を持つ。


しかしそれは愚問だ。

都市化し、経済力を持たなければ、ロシアや中国、韓国に市場を押さえられ、この国の行く末は厳しい。

輸入物に頼らず、自前の商品を流通させなければ、国内は外国に食い荒らされてしまう。


都市化し、経済発展させるのは、急務なのだ。




けれど


モンゴル8000

草原で見た青い空



モンゴル8000

旅人を温かく迎える人々



モンゴル8000

おおらかに生きる毎日


それこそが、モンゴルの魅力であり、観光客をひきつける源であると思う。


モンゴルに来て、2ヶ月が経った。

もうすぐ、長く厳しい冬が始まる。

たぶん、誰でもそうなんだろうけれど


ある程度、スケジュール、一日の時間の割り振りが決められていたほうが、人はそれを有効に使うことが出来ると思うんです。


自分で計画を立てて、時間割を組んで、自分で自分をコントロールする っていうのは、それが出来る人は、なかなか多くない。


正直私は、それを10日間やれと言われて、やれる自信がありません。

やはり、凡人なんだろうなぁ、と感じます。



現在の生活で、やっておかなければいけない、と自分が考えていることは

・モンゴル語を勉強する

・英語を勉強する

・大学院の勉強をする(修士論文含め)

・体を動かしておく


です。モンゴル語、英語、大学院は毎日なんとか時間を作ってやれていますが、ここのところ、できていないのが、「走ること」。


なにしろ外へ出れば交通渋滞、歩道なし、空気は悪いという状況。

それに加えて、現在は水道のお湯が出ない。


走れていません。

私の筋肉たちは、

「なんだ、もう、いいのか」

とでも言わんばかりに弱っていく・・・んだろうなぁ。

どうにかして、日々の作業にトレーニングを組み込んで、それを自然にしていかないといけません。



「誰も見ていないとき、誰もやっていないときに、やる」


これが成功の秘訣であり、成功者に共通する資質ですよね。


まだまだです。

健全な肉体に、健全な精神は宿る。


まずは、健全な肉体を取り戻さなくては。



さて、タイトルは、ゴンチチというアーティストの、ギターソロソングです。


日本語教育の現場でも使うときがあるだろう、と、私、ギターを持ってきています。

このギターがいまは暇つぶしの道具になっており、毎日少しずつ、この「放課後の音楽室」という曲を練習しています。


毎日の積み重ね、というのはまったくすごいもので、はじめは曲を聴いてギターを弾いてみたものの


「こんなの、絶対出来ない!!」


と思っていたのですが、今日ようやく、少しまだ楽譜を見ながらですが、弾ききることができました。



放課後の音楽室の次は、『世界の車窓から』に挑戦しようかなぁと考えています。


『放課後の音楽室』

http://www.youtube.com/watch?v=MIi2M93JiDk

お楽しみください。



<おまけ>

久石譲「Summer」

http://www.youtube.com/watch?v=sHhtFOVSC0k&feature=related

What a beautiful song.

and what a wonderful world we are.