前回もお話したように 企業全体でビジネス・クリエーションを図るのは シリコンバレーで起業するのは別にして すでに エスタブリッシュメントとして何らかのビジネスでそれなりに実績のある企業では、倒産状態になり すべての ステークホルダー(株主・社員・お客様など)からの同意があり なおかつ 経営陣を総とっかえすることなくしては 無理があると考えています。

ただ、そのようになっていない企業でも ビジネスモデルは 日々 変化しており 3年もたてば賞味期限は限界を超えています。 賞味期限が切れたビジネスモデルでも ただ 生きるためだけであれば しばらくの間は 命を長らえることができるため ほとんどの場合 辛抱しながら耐え忍んでいます。 当然ながら、経営陣も社員も 賞味期限が過ぎていることは気がついていますが 新しいビジネスモデルに対して成功する保証がないため 余裕のある範囲で 思いつきの分野にジャブを出すことはしますが 現在のビジネスモデルを守ることが前提になっていて 腰が引けているため 効果的なヒットには繋がりません。 そのうち、ゆでガエル状態が どうにもならなくなり ジャブを出す余裕もなくなり 企業としての寿命を終えます。

これは ほとんど自然の摂理ともいえるようなもので 企業だけでなく 自然界で生きとし生けるものすべてに あてはまるものだと考えています。 それに対して、生物は環境に順応するために 一挙には 無理だとしても 個々が変化に対応するために 全力を尽くしています。 これが ”生きる” ということです。

企業人が、”生きていく”ためには 誰かが 企業の変化をお膳立てして遂行してくれるのを座して待っているのではなく 個々人が 変化に対応するために”自分自身が生きているビジネスモデル”を 変革して(改革までは無理だとおもいますが)、ビジネスの変化という環境に順応する必要があります。

そのためには、”自分自身が生きているビジネスモデル”は何なのかということを 明確にすることが その第一歩になります。

そして、そのビジネスモデルの現時点での競争優位分析を行うことにより 賞味期限の確認は行えるでしょうし、今後 変化していくベクトルを予見(予測は、神のみぞ知る世界ですが)し、SWOT分析を活用し 機会のある分野を確定し、自分の強みを生かしながら生きていく道を探り、リスク対策を講じるわけです。

次回からは、私が 日本の大手製造業のIT部門の中堅管理職のリーダーシープ研修のお手伝いをしたときに使用した方法論に基づき もう少し 具体的にお話していこうと思います。

今回から しばらくの間 ビジネス・クリエーション人材育成についてお話します。

今までもお話してきましたが、日本はこれまで 2番手商法で 随分 成功してきました。 これは、過去に誰かが発明・発見したものを改善することにより競争力を発揮し、閉鎖的な農耕民族特有の勤勉・均一な労働力を効率的に発揮させる 長期雇用・年功序列という制度を活用することにより日本特有のマネジメント制度も相絡まって競争力を維持してきました。

しかし どんなに素晴らしいシステムでも 表と裏の側面があり、長くなればなるほど 裏の側面の弊害が助長され 制度疲労を起こし、寿命を迎えます。

最近、政治について 批判が多く聞かれますが、経済においても同じことが言え、日本の社会全体が ある種の制度疲労に陥っているように思います。

2番手商法では、”やるべきことや方法”は ある程度 決まっていて、あとはこれをいかに上手に効率よくできるかという点に重きが置かれます。 そのため、ビジネスの一番 最初の部分であるアイデアやデザインは どちらかというと軽視され、決まったものを大量生産することのほうが重視される傾向があります。 日本は、これまでは コスト・アドバンテージと質の高い労働力によって この面での競争力を維持してきました。 また、中国や東南アジアを中心とする発展途上国が自立するまでの間は その安い労働力を活用することにより、競争力の維持を図りました。

しかし、それらの安い労働力を欧米各国も利用することになると、彼らは徹底してEMSのような形態で活用できるのと比べて、日本の場合 これまで長らく維持してきた長期雇用・年功序列制度が足を引っ張り スピードとカバレッジの側面から後れを取るようになってきました。 これの解決のためには、日本での製造に従事していた労働力を破棄するか、コストを10分の1にするか、生産性を10倍にするかしかないわけです。

これらのいずれの方法も 現実的ではなく 立ちすくんでいるのが 現状だと思います。

また、韓国が 日本と同じモデルを もっと徹底的に、なおかつ 長期雇用・年功序列制度を 労働者レベルに広げることを避けながら展開してきているために、余計 日本のシステムの制度疲労が目立つことに繋がってきています。

また、ビジネスの入り口であるアイデアやデザインを軽視する傾向は変わっていないため、そのような人材に眼をつけた韓国や中国などに かなり多くの日本の人材が高処遇で活用され、それが 競争力低下の原因ともなってきています。

優秀な学者の多くも 日本では処遇されないばかりか研究にも支障をきたすような状況を嫌い 欧米各国に活動の拠点を移すようなことが起こっています。

日本では、現在 このような これからの日本にとって重要だと思われる人材の処遇が グローバル・スタンダードからみて 低く抑えられ、工場労働者・農業従事者・サービス従事者などの処遇が グローバル・スタンダードから見て突出して高くなっています。

このようなシステムが 日本全体の購買力を上げ発展に寄与してきたことは事実ですが、それが長く続く間に そのひずみが大きくなり 経済および社会システム全体が 制度疲労を起こしているように思います。

これを 一挙に バラ色の社会に転換することは 現実には起こりえません。 当然ながら、今までのシステムで利益を被ってきた人たちほど大きな痛みを伴う変化が必要とされてきます。

企業においても 今までのビジネスモデルを一挙に改革するようなことは 現実的ではなく、部門ごとに 改革の芽を生み出し、育てていく必要があります。

これは 部門において改善しか今までやってこなかったマネージャーを 変革(改革とまでは言えないとしても)を主導するリーダーに変えていく必要があるということです。

変革を通じてこそ これからの ビジネス・クリエーションは図られるのであり、変革なくしては 企業の成長は図られないと思います。

もう今までのシステムは、制度疲労を起こしているのですから。 

最近、デジタル家電の苦境が よく話題になりますが、各社が 色々と対策を発表しています。

そのことに関連して 私の私見ですが 改善と改革についてお話します。

日本では 昔から 改善については色々な成果が上がっており、改善活動を経験した もしくは 現在も継続中の企業も多いと思います。 これは、現在のビジネスモデルを是として 無駄なものを排除したり、方法論を改善して効率化を図るものです。 最近 発表された アップルの iPad-3 も 私には 改善にしか見えません。 スティーブ・ジョブズが亡くなる前に 4-5年間の製品計画を アップルに残したと言われていますが、スティーブ・ジョブズといえども 神ではありませんから 4-5年にわたる社会の変化を読み切って それぞれの時点でお客様に ベスト・フィットする改革的な製品計画を残したとは思われません。 残したものは、彼でさえ 現状の延長線としての改善製品にすぎないのではと思います。

私の定義では、改善は 世間の70%以上の肯定的評価を得て 成功への道を歩みます。 それ以下の肯定的評価しか得られないものは、自己の正当性を防御するための 似非改善であり 一般的によくみられるものです。

ただ、70%-30%の肯定的評価の場合、企業における継続性を維持したいという本能から 企業内ではサポートされますし、外部からも 皮肉的な批評はあったとしても 短期的にはあまり厳しい評価を受けることは少なく、長期的退潮モードに入っていきます。(ゆでガエル状態)

30%以下しか肯定的評価を得られないような 偽改善アイデアは、健全な企業では日の目を見ることはないでしょう。 ただ、社内の実力者が 彼の思い込みで強引に突っ走って大きな穴をあけることは 決して 珍しいことではありません。 

革新とは、そのアイデアに対して 世間から肯定的評価を 30%以下しか受けられないものです。 それを、ボトムアップで遂行するのは 基本的に無理があります。 トップダウン以外では、実現可能だとは思いません。

企業が いったん エスタブリッシュメントになったあとは、企業として 大規模な改革を企業内に取り込む事は ほぼ 不可能です。 私が調べた限り IBMが ビジネスモデルをサービスに変化させたことぐらいしか 私は知りません。(不勉強なのかもしれませんが) トップといえども、企業のメイン・ビジネスモデルを改革によって変化させることを 社内外のステークホルダーに納得させることが容易だとは思えません。

それゆえ、シリコンバレーでベンチャーが起業するとき以外は企業規模での改革は起きないと考えるのが妥当だと思います。日本で 再生した企業として話題になった 日産やJALも 全部 改善です。 

私は 改善が悪いと言っているのではありません。 企業全体として考えた場合、改革は非常に難しく 選択肢として改善しか残されていないことをよく理解する必要があることを言っています。

ただ、企業の部門においては 部分的な改革(変革というのが正しいのかもしれませんが)は 部門トップの責任において可能だと思っています。 その場合、その部門トップは 担当範囲を軽く凌駕するような実績を上げ、企業トップおよび社内関連部門からの信頼も厚く、なおかつ 実力・説得力・突破力・度量などが 傑出していることが前提となります。 そのような人材が、企業各所で 新しい変革に取り組むことにより 企業全体の改革にまで届かなくても 企業の変革を通じて競争力を維持することができると考えています。

世間の肯定的評価が10%以下の場合、部門においても企業においても よほど 天才的な人材と それをサポートする人材(例えば、フェースブックの戦略おばさん、名前は忘れましたが)、および その人に惚れるエンジェル・ファンドなどの幸運に恵まれない限り 実現は難しいと考えたほうがよいでしょう。

企業において 変革をリードする人材について 待望論は 良く聞かれますが、その育成をどのようにするのかということは あまり語られませんし、体系的な議論もあまり聞きません。

次回は 私が 日本の大手デジタル家電のIT部門の リーダーシップ研修をお手伝いした時のことを 参照にして、その模索についてお話したいと思います。