共依存とは、

自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存しており、その人間関係に囚われている関係への状態(アディクション)を指す。

共依存は相手がすでに目の前(直接的に接点がない)場合になっても継続する。

 

共依存者は、相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、そして相手をコントロールし自分の望む行動を取らせることで、自身の心の平穏を保とうとする。

 

共依存の二人は、自己愛の未熟な人間が多いと言われたり、パーソナリティ障害であるケースが多いと言われているが、これはアルコール依存症やアダルトチルドレン、それにパーソナリティ障害の精神病理から導かれたところが多い。その理由として、共依存者も被共依存者も、他者の価値に依存する傾向が多いということが言われている。(近い関係の人が偉くなったから自分も偉くなったと思い込む、憧れのアーティストの真似をする)

 

共依存の問題点は、被共依存者が回復する機会を失うことだけでなく、共依存に巻き込まれた者がストレスを抱え込み、精神的な異常を訴えたり、さらには関係性に悩み、自殺する場合もある。よって、共依存を引き起こさないためには、医療関係者、専門家、援助者が、共依存を引き起こす者と接する場合には一定の距離を取り、個人的な関係にならないことが必要である。

 

共依存の原因となるパートナー(被共依存者)への対応としては、一定の距離を置きながら援助される。被共依存者は、援助が少ないことに見捨てられた気持ちを抱く可能性もあるが、「自分の人生は自分で切り開いていくしかない」と気づかせることが、結果として被共依存者の回復につながる(底付き、直面化)。被共依存者は支援を受けることに感謝し、関係者を操作することなく、自分自身の置かれている境遇を受け入れることが、回復の第一歩である。

 

 

 

 

記者を蔑む人(B)=蔑み自身の価値を保つ。自身と周りの人間と共通の認識を持って関係性を強化し孤独を防いだりその中心にいたりするようにする。

 

蔑まれた記者(A)=蔑まれた事で自身の価値が下がったと認識してしまう。価値が下がったと認識してもそれに反抗しようとする新しい価値観が芽生え、反抗を続けることに意義や価値

=美徳 を持ってしまい、相手にも更にそれを潜在的に望んでしまっている状態(エネルギーを使ってしまう)。価値が下がってしまったと認識してしまった事に対して、自身の心の平穏を保とうとしている状態。

 

=(A)と(B)の共依存

 

 

共依存の根本的にあるものと共依存によって失われるもの

嫌われる事を恐れて良い関係性を創ろうと自分に嘘をつき、その(B)や第三者に対しても同様に蔑まれない様、その人に従ったり繕ったりしてしまう(エネルギーを使ってしまう)。

共依存によって生まれた記者(A)の新しい価値観、美徳、その嘘や取り繕いによって記者(A)が本当にしたい事や自分自身(本当の価値や思考、行動力、あるいは未来)が失われてしまう。またそれによって本当に大事にしなければならない人物に危害が及ぶ。

 

記者(A)の現在の状態

相手方は既に関係性は無くなったが(A)は未だ共依存によって生み出された価値観にとらわれている。

 

記者(A)が本当は何をしたいのか

共依存によって、他人に良い顔をしなくてはならない、その人に従って自分を犠牲にしなくてはならないという、美徳や自己犠牲の歪んだ価値観から脱して、あるがままに生きたい。