おはようございます。
きょうは 集中豪雨であるとか。
孫娘たちは 河原でばーべーキューとかで、
さて、如何にです。


おはようございます。
絵は 食用オクラの花です。画面をクリックするとおおきく見えます。

徒然ごと
ロンドンオリンピックは 日本を沸かしておわりました。

家にいてたくさんスケッチしました。
日本の若者が競技場のゴミをひろっているという光景の
話題があり わたくしとしては
まず、さわやかな感じを受けました。

*ところでちょっと光の角度を変えてみましょう。
 こういう設問があるとおもいます。
会場のごみを集めるという仕事が現にあって
その人たちのしごとを結果的に奪ってしまったか。
善意でありながら どうしても起こりがちな
ことで あらためて、考えさせらます。
*チップが前提の社会、チップを不要とする社会
ふたつありますね。
*「早起き同盟」という会があって、そこの敬愛する友人から、 
大学生の息子さんの会話の想定発言を紹介されました。
つまり、ごく当たり前のマナーとしての問題で、おおげさにとりあげる
べくもないという情景を引き出していました。
*友人ご本人からは 都市型社会を維持していくための役割の分化、
つまりアウトソーシング論を展開されました。
ただ、世界は都市化社会進展過程のなかで、アウトソーシングの
内容も変わってくるといい、たとえば 介護士にお世話になる
ことに違和感のない日本ではあるが、タイであれば大変な
不徳になる。 代理出産などは、すでに違和感のない国も
あるが、我が国では 違和感があり、そういう社会的な役割
分化(アウトソーシング)に注意を払うべきことを指摘されました。
このアウトソーシング論と説得力があるとおもいました。

*自分で散らかしたものは自分できれいにするというのは普遍性があります。
 自分がそこにいるというだけで何らかの影響を実世界に残すわけですから、
できることはきちんとして、裏方に感謝して辞するということでしょうか。


*あととりとめもなく つぎのことを思いめぐらしました。
キーワードの組は以下の三つを上げてみます。
 有言と不言(:意思表示)、実行と不実行(;関与)、意識と無意識(;関心)というマトリクスが考えられますね。
「不言実行」というのが 東洋的な最高善のように教えられたようにも思います。 (しかし、新約聖書あたりにも 右手のよき行為を左手に語るなというのも思い出します。)
ものごとを変革していくのは、やはり明快な「有言」つまり意思表示が必要ですね。 「実行」か「不実行」は そうとうに思考プロセスが必要でありましょう。 
この辺は 「実行」とはなにかがすこしほりさげなければ
なりませんね。 「関与」、「行為」・・・などでしょうか。アウトソーシングは実行の一形態で
 先進都市社会的でのソリューションですね。
そうして 第三の組:「意識(関心)」、「無意識(無関心」)でしょうか。
 これと意思表示の「有言」と「不言」の2x2のまトリクスで 問題の展開が変わってきます。
       有言    不言
  意識
  無意識

このあとに
       実行(関与) 不実行(無関与)
  有言
  不言
「有言実行」が 世の中に変革のドライブをかけていくのですが
その根底に 「不言実行」が (しずかに)存在していることが前提となっていくということと考えます。



こうみていくと(無意識~ 不言~ 不実行)は 物理的にもつまらない(トリビアル)ですが、
社会的には深刻です。
さきの 競技場のごみをひろってかえったわかものは
(意識~不言~実行)でしたが、他者が それを有言にしてくれた、
つまり このかぎりにおいて美談ということになります。
そして友人とその息子さんとこの老人がそのことを論じているということは
やはり考えるべきインパクトがあったことになります。 
これを(意識~有言~xxx)としてどうみるかですね。
この先はマトリクスの要素をあげるあぞびです。
蛇足ですが、現代社会科学問題としては このあと 「罪」とか「責任」という問題が
 そっと控えていますが
今朝は ここまでとします。
 Thank you, sir.