🙏 締めの祈り
天のお父様。
今日もあなたの御言葉を開き、あなたが造られた小さな生き物たちを通して、大きな知恵を学ばせてくださったことを感謝します。
主よ。
蟻が夏のうちに食物を備えるように、私たちにも**「時」を見分ける知恵**を与えてください。
備えることのできる時に備え、祈ることのできる時に祈り、御言葉を蓄えることのできる時に蓄え、悔い改めるべき時を先延ばしにすることがありませんように。
刈り入れの時が来ることを忘れず、今日という一日を大切に歩ませてください。
主よ。
岩だぬきが自分の弱さを知り、岩を避け所とするように、私たちにも自分の弱さを知る知恵を与えてください。
自分自身を強い岩にしようとするのではなく、岩なるイェシュアのもとへ逃げ込ませてください。
危険が迫った時、どこへ逃げればよいのかを悟らせてください。
あなたが「山へ逃げよ」と言われる時には、荷物を取りに戻らず、後ろを振り返らず、あなたの声に従うことができますように。
主よ。
王がなくても隊を組んで進むいなごのように、私たちにも共に歩む知恵を与えてください。
それぞれが自分の目に正しいことだけを行うのではなく、互いに仕え、互いを支え、一つの身体として歩ませてください。
人間を絶対的な王とするのでもなく、自分自身を王とするのでもなく、
ただ、
イェシュア・ハ・マシアハを私たちの頭として歩ませてください。
そして主よ。
手で捕らえられるほど小さなやもりが、王の宮殿にいるように、
私たちも人から大きく見られることより、王であるあなたのそばにいることを求めさせてください。
人に知られなくても構いません。
目立たなくても構いません。
王宮の片隅で、誰にも知られず祈る者であっても構いません。
ただ、
あなたの御前から離れない者
としてください。
そして主よ。
ヤモリが命を守るために尾を手放すように、私たちにも手放す知恵を与えてください。
悪いものだけではありません。
大切なものであっても、必要なものであっても、それがあなたのもとへ進むことを妨げるなら、
手放す勇気を与えてください。
何も失わない人生ではなく、
何を失っても、キリストだけは失わない人生
を歩ませてください。
そして最後に、主よ。
私たちが宗教という器を、あなた御自身より大切にしてしまうことがありませんように。
制度を守るために御言葉を曲げ、伝統を守るためにあなたの声を退け、組織を守るために羊を傷つけることがありませんように。
私たちが握るべきものを、取り違えさせないでください。
宗教という「尻尾」を守るために、キリストという「本体」を見失うことがありませんように。
必要ならば、
私たちが握りしめているものをあなた御自身が示してください。
そして、それを手放すべき時には、従う勇気を与えてください。
主よ。
私たちは小さな者です。
弱い者です。
だからこそ、
蟻のように時を知り、
岩だぬきのように岩を知り、
いなごのように共に歩み、
やもりのように王のそばにいる者としてください。
私たちが大きな者になることよりも、
小さくても、あなたの御前で賢い者となること
を願います。
そして最後の日まで、
岩なるイェシュアの上に立ち、
王なるイェシュアのそばにとどまり、
頭なるイェシュアにつながり続ける者として、
私たちを守り導いてください。
すべての感謝と賛美をおささげし、
私たちの王、救い主、
イェシュア・ハ・マシアハのお名前によって祈ります。
アーメン。