🙏締めの祈り
― 見えない御手に気づくために ―
天の父なる神様。
今日も御言葉を開き、あなたについて共に考える時間を与えてくださったことを感謝いたします。
私たちは人生の中で、たくさんの人と出会い、たくさんの場所を通り、たくさんの出来事を経験してきました。
その多くを私たちは、「たまたま」「偶然だった」と言って通り過ぎてきたかもしれません。
けれど神様。
もしその中に、あなたが置いてくださった出会いがあったのなら、
もしあの日、あの場所で、あの人から聞いた一言の中に、あなたの御手があったのなら、
どうかそれに気づく目を与えてください。
私たちには、未来を見ることができません。
今起きている出来事の意味さえ、分からないことがあります。
なぜこの人と出会ったのか。
なぜこの道を通っているのか。
なぜ今、この言葉を聞いているのか。
分からないまま歩いていることもあります。
それでも、
私たちには見えないところで、あなたが働いておられることを信じる心を与えてください。
神様。
かつて誰かによって蒔かれた小さな種を、どうか忘れないでください。
人が忘れてしまった言葉も、
届かなかったように見えた祈りも、
実を結ばなかったように見えた働きも、
あなたの御手の中で、必要な時まで守ってください。
私たち自身もまた、
誰かの人生に小さな種を蒔く者として用いてください。
その結果を、自分の目で見ることができなくても構いません。
自分が蒔き、
別の誰かが水を注ぎ、
そしてあなたが成長させてくださることを信じて、
与えられた役割を忠実に果たす者としてください。
そして今、
この学びを読んでいる方の中に、
「神よ、本当にいるのなら、私にも分かるようにしてください」
と心の中で叫んでいる方がおられるなら、
どうかその方に、あなたご自身の方法で触れてください。
人との出会いを通して。
御言葉を通して。
何気ない出来事を通して。
あるいは、誰にも説明できない静かな確信を通して。
あなたが生きておられることを、その人自身が知ることのできる道を開いてください。
そしていつの日か、
人生に散らばっていた無数の点を振り返った時、
それらが一本の線となっていたことに気づき、
「偶然だと思っていたあの時にも、あなたは共にいてくださったのですね」
と告白する日が来ますように。
私たちがあなたを探し始めるより前から、
あなたが私たちを知り、
愛し、
呼びかけてくださっていることを感謝いたします。
すべての出会いと、すべての時を、
あなたの御手にお委ねいたします。
私たちの救い主、イェシュア・ハマシアハ、イエス・キリストの尊い御名によってお祈りいたします。
アーメン。